第20話 処刑人
「亜人が! 僕の友を、貴様らと同じ化け物にするな!」
ナイルズが怒声を発し、エーリスに飛びかかる。
「残念。時間オーバーです」
エーリスは棒立ちでそれをただ見つめるだけだ。
剣が迫る。
ギン!
ナイルズが振るう刃は、エーリスに届く前に止められた。
突如姿を現した漆黒のコートに身を包むゼファーによって。
「――処刑人?!」
ゼファーとナイルズを強引に引き剥がすように、炎が二人の間を走る。
ナイルズは咄嗟に後ろに下がって炎を躱す。
「また格好つけた登場の仕方をして」
エーリスは呆れながら高い屋根の上に立つ、カレンを見上げた。
彼女も漆黒のコートに、さらに顔を隠す仮面をつけたキュレーターの正装をしていた。
ポテンっと、仔猫がまた頭に戻ってくる。
「余計なのまで帰ってきた」
うんざりしながらエーリスが肩を落とす一方で、ナイルズは気が気でない様子だった。
「嘘だ! 僕の仲間は……僕の仲間をどうした処刑人!」
そうナイルズがここに来る前に、二人の処刑人の相手はクランの仲間に任せて来たのだ。
なのに仲間は誰も来ず、カレンたちだけが現れたとなれば答えは一つしかないだろう。
「安心してください。死んではいませんわ。ただ、もう二度と剣を持つ事は出来ないかもしれませんが」
カレンが感情を捨てた声を出す。
「クソ! そんな事があるわけない! あっていいわけがない!」
喚くナイルズを無視し、ゼファーも黙って仮面をつけた。
「僕たちは……僕は理想の上に立っているんだ。理想は実現する為にあるんだ。でなければ――でなきゃ彼女の死に報いる事が出来ないだろ!」
ナイルズがゼファーに向かってがむしゃらに剣を振り回す。
が、硬いリザードマンの鱗に傷一つつかない。
「悪いが、お前はお呼びじゃないんだ」
ただ強くこぶしを握って、ゼファーはナイルズを殴った。
空中で一回転して、二度跳ねてナイルズは地面に倒れた。
「……アル、ク」
手を伸ばす先は、ずっとエーリスを睨み続けるだけの友。
「アルク・ローディアンですわね。貴方には、亜人を使っての死傷罪。そしてその罪をなんの関係もないエトランジュになすりつけての殺人。その他諸々、世界の均衡を崩した行為によって、粛清しますわ」
高らかに言葉を紡ぐカレンだったが、アルクは鼻で笑う。
「ハッ、なんだそれ? 身に覚えがないんだが? そこのちんちくりんがさっき言ってたな。証拠はどこにあるんだ?」
「やだなー、つい今しがた、私を冤罪で殺そうとしたじゃないですか? もう忘れたんですか? それに見ましたよ、気持ち悪い亜人たちが宿屋を襲ってるの。ここの冒険者ギルドがずいぶんと仕事が早いですね。町中で抜刀する許可は国営のギルドしか出せないんですよ。緊急クエストでも受注したんですか?」
エーリスがクスクスと笑って見せれば、さらにアルクの視線が剣呑になっていく。
「……町の為を思っての行動だ。ギルドもわかってくれるだろ」
「それはなんとも高貴な考えですね。で、ならここで魔法を使うのもギルドはわかってくれますね。さぁ、貴方が人間だという事を証明してくださいよ」
「馬鹿らしい! 俺の姿を見ればわかるだろう。どこからどう見ても――」
「人間だって言うのはやめてくださいよ?」
エーリスはグイっと指で唇を横に広げる。
「わひゃし……私だってこの牙が見えなければ、普通の人間ですよ。それに残念ですが、人間は魔法を使わなければモンスターと戦えない。筋力も、反射力も、なにもかもが劣っているから。冒険者になれる条件は魔法使いですからね。それは世界の常識ですよ」
「……いいだろ。そんなに俺の魔法が見たいなら見せてやるよ! 『アクセル』!」
加速の呪文を発して、アルクは瞬く間にゼファーを通り越し、エーリスに接近した。
そのまま流れるように剣を振り上げた。
「――!」
服や皮膚を通り越し、肉と骨を斬られてエーリスは血の海に沈んだ。
「亜人が、これで俺が人間なのがわかったろ」
「あらあら、残念ですわ。これって現行犯ってヤツですわよね」
「そうだな。確かに俺も無防備なエトランジュが斬られた所を目撃した」
「貴様ら!」
「あら、目撃者はわたくしたちだけではありません事よ。ここは街中なのですからね」
アルクはハッと我に返り、周囲を見渡せば遠巻きに見る人の視線をやっと感じた。
「違う! これは、罠だ! どう見たって、こんな格好しているヤツらの方が怪しいだろ! 俺は街を守る為に!」
弁明を叫ぶアルクだが、逆に人々は関わるのを恐れて逃げていく。
「待て! クソ! ナイルズ! なにやってんだ! こいつらを殺して、俺たちの潔白を証明するんだよ!」
アルクは倒れているナイルズに駆け寄り、無理やり立たせようとする。
が、ナイルズはゼファーの一撃で気を失っていた。
「起きろ! おい! この愚図ナイルズが! お前はいつもそうだ。肝心な所でいつも役に立たないのに、誰も彼もがお前を慕う! 俺の方が優秀なのに……アイツまで!」
叫んだアルクは、それでも起きないナイルズから手を離した。
意識のないナイルズはまた地面に倒れる。
「フフ、ハハハ! こんなヤツを頼ろうとする事自体が間違いだったな。俺の前に立つ邪魔なヤツは、俺の思い通りにならないヤツは、いつだってこの手で始末してきたんだ。今回もそれをやればいいだけだな」
剣を構え直して、アルクは眼光鋭くゼファーを睨む。
「あら、やっと覚悟が決まりまして? 変身中は攻撃してはいけない、みたいなお約束を守って見てましたけど、流石に棒立ちは疲れますのよね」
「ほざけ! 亜人が! その減らず口を、このチビのようにして黙らせてやる!」
アルクの姿が消えた。
瞬きする暇もなく、アルクはカレンの眼前に移動していた。
「――あの距離を一瞬で?!」
驚くカレンだが、それでもアルクの一撃を防げたのは、エーリスに追いつく為に高速移動での戦闘をずっと研究していたから。
だが、それも結局は反射だけであり、アルクの速度に対応しているわけじゃない。
「遅いんだよ!」
強烈な蹴りがカレンの腹に直撃する。
「ゴフッ!」
口から血を吐きながら、カレンは地面に落ちる。
「死ねよ! 亜人!」
そこにアルクが追撃を仕掛けるが、ゼファーが庇うように蹲るカレンの前に立った。
ギン!
アルクの刃と、ゼファーの鱗がぶつかりあう。
「グゥゥッ!」
力負けしてゼファーが膝をつけば、アルクは更に掴んでいる剣に力を込める。
ツーっと、ゼファーの腕から血が流れる。
咄嗟にゼファーは残った腕を槍に変質させてアルクを突き刺す。
「なんだそれ? まさか攻撃のつもりか亜人?」
腹を貫かれたのに、アルクは平然と笑ってさらに刃をゼファーに押し込む。
刃は腕を半分侵食したところで、炎がアルクを包んだ。
「ゴホッ、誰か忘れてるんじゃなくて?」
口の血を乱暴に拭きながら、カレンが立ち上がってアルクを睨んだ。
流石のアルクも、剣を手放して後ろに下がるが、
「温いな。これが処刑人の力か。なら、さっさと死ねよ」
肉の焦げる臭いがする中で、アルクの涼やかな声が広がった。




