第2話 本社研修
王都アムルタは北に王城を、そして東西南に門を構える巨大都市だ。
その門の近くにはギルドの支部がそれぞれ置き、それを統括する本社ギルドは王城近くにあった。
高台でもないくせに、入口まで無駄に作られている階段を登れば、六段目ですでに膝が悲鳴を上げる。
それでもゼエゼエと息を切らして登りきれば、
「なんだ、またお前かエリリン」
呆れた声で警備の衛兵さんが声をかけてきた。
「エリリン……って、呼ばないでくださいよ。とりあえず、お茶と甘いもの……ください」
「……あるわけ無いだろ。ここは茶店じゃないんだからな」
渾身のお願いは素っ気なく流されて、貰った物は冷たーーい視線だった。
「そんな、毎回言ってるのに、なんで優しく出してくれないんですか……もう、ダメ死ぬ」
その場にへたり込むエーリスだけど、衛兵さんの表情は変わらない。
「まったく、たかが二十段の階段でよくそんなに疲れる事が出来るな。しかも常連のクセに」
「きゅ、吸血鬼をナメないでくださいよ」
「日の下にいる時点でなに言ってるんだよ。仕方ない、ほら」
衛兵さんは懐から小さい小袋を出してエーリスに向かって放り投げた。
小袋は放物線を綺麗に描いて、それを目で追うエーリスの額に命中する。
「あぅ!」
「せめてキャッチはしろよ」
そんな衛兵さんの声を無視して、エーリスは、
「飴だ! でも全然足りない~。でも、甘い」
なんて言いながら、小袋を開けて中の飴玉を口の中で転がした。
「ほら、甘い物を出してやったんだからさっさと行け。そんな出入り口のど真ん中で座り込まれても邪魔だ」
「えー、お茶は?」
「……」
衛兵さんは無言で早く行けと手を払う。
「ぶー、次は用意しといてくださいね」
なんて、やっと息が整ったエーリスはそれでもふらふらと本社の中に入っていった。
内部は支部と変わらない風景が広がっている。
クエストボードに受付カウンター。
ただ、無駄に広いって言葉がつくけど。
ここでクエストを受けられるのは、ギルドが決めたランク上位者だけ。
まぁ、エーリスにはまったく関係ないので、さっさと横切って関係者専用のドアをくぐった。
長い廊下を、ギルド職員たちが忙しそうに歩いていた。
それを横目に、エーリスは奥に向かって歩く。
色んな部署の前を通り過ぎ、何回か角を曲がり、階段を下っていく。
「うぅー、せっかく登ったのに。下りる階段作るくらいなら最初から地面に建ててよ」
そんな事をブツブツと言いながら、たどり着いたのは大きな魔法陣が書かれている部屋だった。
ここは緊急のクエストで、地方に上位ランクの冒険者が必要になった時に使われる転移部屋。
「いらっしゃい、『闇』。遅かったわね。『影』はとっくに来ているわよ」
この部屋を――魔法陣を管理しているライナが声をかけてきた。
「その『闇』ってやめてよ。恥ずかしくて悶絶死しそうになるんだけど」
「コードネームに関しては、つけた本人に言ってくれる。それにエトランジュはそういうのが好きって聞いてるけど? 『影』なんてノリノリで名乗ってるじゃない」
「…………アイツが厨二病全開なだけで、私はもう違うから」
「? よくわからないけど、のんびり話してる場合じゃないわよね。局長を待たせるわけにはいかないものね。送るわよ」
「ちょ、待って! まだ心の準備が――」
慌ててライナを止めようとするエーリスだったが、当の彼女は、
「え? やだ」
にこやかに笑って魔法陣を起動させた。
強い光が部屋を満たしていく。
その光が収まる前に、
「遅いわよ、エーリス・ノクターナル!」
一番聞きたくない女性の声が静かに響いた。
完全に光が消えれば、そこは転移部屋ではなくなっていた。
ここは裏職員――通称『キュレーター』を統括する局長の事務室。で、大きな仕事机の前で、腕組みをしながら仁王立ちしてるのが、その局長のクラウ・ディーヴァだ。
「……別に時間の指定はなかった気がするんだけど?」
つまらそうにエーリスが言えば、クラウの目尻が斜めに尖る。
「また減らず口を。わかったわ、なら今度から時間も記載してあげる。一秒でも遅れたら給金減額だからね」
「な、それはいくらなんでも横暴だからね。私はちゃんと仕事をしてるんだから、それに見合ったお給料を貰うのは当然なんだから!」
そのエーリスの言葉に、クラウは勝ち誇ったように笑顔になった。
「あら、調査員の報告では貴女、仕事中によく寝てるらしいじゃない。それが貴女のちゃんとした働き方なの?」
「それは……私が悪いんじゃないもん」
一気に分が悪くなって、エーリスは不機嫌に飴を砕いて飲み込んだ。
「なんでも良いが。俺を呼び出したのは、こんなくだらない漫才を見せるためか? 局長。だったら帰らせてもらいたいんだがな。俺にも表の仕事があるんだ」
今まで黙っていた……というか存在すら忘れてた影ことトウマ・スケアクロウが、冷めた顔でソファーに座ってエーリスたちを侮蔑していた。
「あぁ、トウマくん居たんでしたっけ。影が薄いからわかりませんでしたよ」
「それは、お前の目が曇ってるからだろ」
互いに冷笑して見つめ合えば、
「漫才してるのは貴方たちでしょ。良いわ、さっさと仕事の話に移りましょう。エーリスも座りなさい」
急に真面目な顔になったクラウに促されて、諸々言い足りないエーリスだったが、黙ってトウマの隣に腰を下ろした。
それを見届けたクラウは、机に体重を預けるようにして、置かれていた紙をソファーの前のテーブルに投げる。
トウマがそれを確認するように取れば、エーリスは横からそれを覗き見る。
「エーリスに『影』、今回貴女たちにやってもらう仕事だけど。いつもよりは簡単よ。ただのドラゴン退治だから」
クラウの言葉に、露骨に嫌な顔をしたのは当然エーリスだ。
「ドラゴンか。俺は戦闘が楽しめればそれで良い」
隣で厨二病を拗らせているトウマは無視して、エーリスが説明を求める。
「えー、そんなの冒険者の仕事じゃない。受付嬢の私がする事じゃないよ」
「そうね。普通なら貴女たちの出番じゃない。けれど、今回はちょっと特殊なの。まぁ、詳しい事はその紙に書いてあるから、後で読みなさい。今もドラゴンの脅威に怯えている人たちがいるの。これ以上、無駄な時間は使えないわ。今すぐ向かってもらう」
クラウはそう言うと、指をパチンと鳴らした。
途端に天井に隠されていた転移魔法陣が浮かび、光が溢れる。
「じゃ、任せたからね」
軽く言うクラウの言葉を引き金に、光が全てを満たした。




