第18話 同胞
突如現れた影に、ゼファーは為す術もなく壁に押し付けられた。
そのまま壁をぶち破って、外に放り出される。
地面に激突する前に体勢を整えたいゼファーだったが、ガッチリと掴んでくる腕を振り払えなかった。
落下速度に、自分と相手の体重が加わった衝撃が背中を襲う。
「ガハッ!」
痛みにブラックアウトしかけるが、それでも追撃を避ける為にゼファーは反射で体を転がして距離をとった。
クラクラする視界で相手を睨めば、そこに立っていたのは象の顔をしたベヒモスだった。
「……なるほど。お前なら、強引に人体をバラバラに出来るな」
痛みが体の反応を鈍らせる。
最初の最初で、ずいぶんなダメージを負った事に、ゼファーは内心で舌打ちする。
「…………」
ベヒモスは何故か黙ってゼファーを見つめるだけだった。
ざわざわと周囲がざわめく。
なにかあった時の予備部隊か、襲撃者の残りが遠巻きに二人を囲んでいる。
「なにやってる! さっさと奴を殺せ!」
「そうだ。ホントに愚図な亜人だな!」
誰かが口を開けば、追随して胸糞悪い言葉が次々と上がる。
「……ミ、ミル……ナ。オデヲ……ソンナ目デ……」
使えない亜人だと、襲撃者たちがベヒモスに憎悪を含む目で睨む。
襲撃者からしたら、ベヒモスもゼファーも、どっちも敵の亜人なのだろう。
ベヒモスはそんな視線から逃げるように、体を震わせ、頭を彷徨わせていた。
ゼファーは悩む。
目の前のベヒモスを相手にするべきなのはわかっている。が、遠巻きに野次しか飛ばせない奴らを、今すぐにでも黙らせたい感情が溢れてくるのだ。
「……俺も、まだ甘いな」
それはきっと同情である。
「ミルナ……オデハ…………オデハ、ニンゲンダーー!」
ベヒモスが叫び、その鼻があり得ないほどに伸びて横薙ぎに全て払う。
ゼファーは咄嗟に地面に這いつくばる。
轟音が頭上を何度も往復する度に、襲撃者たちの怒声が悲鳴に変わり静かになった。
長い長い鼻でベヒモスは襲撃者たちを一纏めに掴み、ギリギリと縛る。
すでに襲撃者たちは死んでいるのに、ベヒモスは止まらない。
最後は皮の中を全部ぶちまけて、人だったモノは残骸に変わった。
「ハ、ハハハ……ホラ、中身はオデト、イッシヨデネェカ……」
ベチャッと、ベヒモスが鼻を緩めて残骸が落ちる。
「オ、オメェモ、ソノ目デミルカ? オデト同ジ、バケモンノナリシテルノニ?」
ベヒモスの荒んだ瞳がゼファーを捉える。
ゼファーはゆっくりと立ち上がった。
最初のダメージはまだあるが、体は自由に動く。
「……同じ化け物か。まぁ、否定はせん。俺もリザードマンだ。人とは違う姿をしているからな。だが、お前と違って、人を殺す事に喜びを感じてなどいない」
「ヨロコビ? ダトモ、オデト同ジダト……ワカレバウレシイニキマッテルベ」
「……」
「ムコウデモ、オデハ、キラワレモノダッタ。愚鈍ダト、醜イト、人アツカイサレナカッタ……」
ベヒモスは落とした人だったモノを踏みつける。
「コッチサ来テモ、ソレハ同ジダッタ。エブリートサ、言ッタンダ。ナラ中身を確カメレバイイ、ト。同ジ赤イ血と肉ガ詰マッテレバ、同ジ人間ダト。ソレヲミナニ見セレバ、人間サ扱イシテクレル……テナ」
それは真実なんだろう。
ゼファーから見ても、ベヒモスは愚図だと、嘘をつく知能すら持ってないと思う。
だが、確かに荒んだ瞳の中に、力を振るう事に喜びの光があるのをゼファーは見つけていた。
本来の世界でも、こっちの世界でも、ベヒモスは迫害されていたのだろう……だからこそ、その抑圧されていた負の感情を、エブリートなる奴が強引に、しかも一番最悪な方向に開いてしまったのだろう。
そして運が悪い事に、エトランジュ、そのスキルは簡単に人を殺せてしまうのだ。
「憐れだな。それでもお前を愛してくれた人がいるかもしれない。そんな可能性すらも、忘れてしまっているんだな」
記憶が穴だらけになる世界を渡る代償。
せめてなにを捨てるかくらいは選べたら、目の前の男も、違う道を選べたのかもしれないのに。
「アワレ……違ウ! オデハ、オデハ、アワレデネェ! アワレナノハ、人間ニ媚ビヘツラウダケノ貴様ダ!」
ベヒモスが鼻を伸ばす。
ゼファーは自分の左手を刃に変えて、鼻を打ち落とした。
「グァガァァ!」
ベヒモスが痛みに吠える。
「流石に斬れないか……」
それを静かに見つめて、ゼファーは懐から小さな布を取り出す。
バッと広げ、漆黒のコートに変わったそれに袖を通す。
「ギルド所属『擬態』。お前を粛清しよう。
憐れな同胞よお前はこの世界では生きられぬ。なれば、せめて次がある事を願って、俺が負の引導を渡してやる」
ゼファーのスキルは、自分の体を自在に変える事が出来る能力だ。
けれど質量は変えられない。
自らの体をベヒモスのように筋骨隆々にしても、パワーが上がる事はないし、逆に筋肉をなくしても体が軽くなる事もない。
「フザケルナー! オデハ、コノ世界デ、人間ダト今度コソ証明スルンダー!」
鼻が、両腕が際限なく伸び、ゼファーだけでなく周囲を襲う。
ゼファーは自分の体を小さく擬態させ、鼻と腕の隙間を縫うようにベヒモスに近づいた。
「伸縮系のスキルか? いや、ゴムという事もあるな」
「コッチサ! クルデネェ!」
叫ぶベヒモスだったが、ゼファーはすでに懐に入り込んでいた。
両腕を戦斧に変えて、ベヒモスのざらついた肌を切り裂き駆け抜ける。
が、その後に鼻が迫る。
「チッ、速いな」
掴まれる瞬間に、ゼファーは体をスライム状に変えて回避する。
そのまま動きたいが、流石にスライム状では身動きが出来ない。
回避と同時に姿を戻し、体勢を強引に擬態で戻すと、自分の鱗を引き千切って投げつける。
鱗は細い針に変わり、ベヒモスの体に突き刺さり体内で鱗に戻る。
「――――!」
ベヒモスが声にならない悲鳴を上げて暴れる。
「まるで台風だな。近づくにも一苦労だ」
ゼファーが苦々しく呟いた時だった。
宿屋の屋根から赤い閃光が降り注いだ。
ベヒモスの体が白煙をあげて切断されていく。
「なんだ?! なにが起きてる?!」
落ちてくる瓦礫を避けながら、ゼファーが空を見上げれば、カレンと何者かが戦っている姿が見えた。
けれどそれはすぐに歪む蜃気楼で隠されてしまった。
向こうも強敵とやり合ってるらしいが、カレンならなんの問題もないと、ゼファーは感慨もなくベヒモスに視線を戻す。
ベヒモスは死に体だった。
自慢の鼻も、剛腕も、体から切り離されて、大地に立つ足も片方をなくしていた。
「ナンデ……オデ………タダ寂カッタダケナノニ……死ニタクネェ。死ニタクネェヨ」
ベヒモスの瞳がゼファーを見る。
けれど、その瞳は濁りすぎて、なにも映していなかった。
「眠れ同胞よ。せめて良い夢を」
ゼファーは腕を変化させる。
極細の刃に変えて、ベヒモスの首を両断した。




