第17話 エルフとして
視線だけをベッドに向けて、カレンは心配するような、それでいて安心するような……まぁ、呆れる感情を乗せて見る。
「ここじゃ、踊るのには狭すぎますね」
そんな事を言って高く飛ぶと、頭上に空いた穴から屋根の上に立った。
「フフッ、ずいぶん仲間思いですね。まぁ、その茶番に付き合ってあげますよ。あんなちんちくりんよりは、貴女の方が好みですしね」
フワリとエブリートがカレンを追って屋根に舞い降りる。
月光の下で、カレンは冷めた目でエブリートを見つめる。
最初の一撃は防がれた。
しかも手段がわからない。一見、『風』だと思えるような事をしてきたが、その確証はない。あんな事はやろうと思えばカレンも出来る。
どんなスキルでも万能じゃない。
出鱈目過ぎるエーリスのスキルだって、右手を噛んで血を飲まなければ発動しないのだ。
「フフ、どうしたんですか? 勇ましいのは声だけですか?」
エブリートが挑発してくる。
彼はわかっているのだ。エトランジュ同士の戦いは情報戦だという事を。そして、今自分がアドバンテージを持っている事も。
二人の間で、カレンの能力だけがハッキリとわかっている状況なのだ。
「そちらこそ、なにをもたもたしてらっしゃるのかしら?」
カレンはわざとらしく、自分の右肩をさらけ出し、
「わたくしの血を吸いたいのでしょ? この首筋を咬みたいのなら、早く来てくれません? それとも吸血鬼ですものね、陰キャの奥手くんだから、自分から動けませんの?」
逆に挑発をし返す。
「ポッと出のエルフ風情が……分を弁えろ! お前が来い!」
引っ張るようにエブリートが手を振る。
それだけでカレンはグンっと強制的にエブリートに飛び込む形になった。
「――引き寄せられる?! チッ、面倒なスキルだ事!」
「これが至高のスキルだ!」
エブリートが両手を広げた。
でも、それはもう見ている。
カレンは瞬時に自身の周囲の熱量を上げた。
そこに赤色の閃光が走る。
閃光はカレンが生み出した蜃気楼によって、明後日の方向に軌跡を描いて消えた。
カレンは引き寄せられるままに――その力すら利用するために屋根を強く踏んで、烈火の剣を振り下ろす。
バチン!
見えない壁にまた炎の刃が阻まれるが、カレンは不敵に笑った。
「電磁力……ね」
「わかったからなんだ! SFの古典たる電磁能力が、ニワカの貴様に敗れるはずがない!」
今度は反発力が生まれ、カレンは踏ん張る事が出来ず後ろに押し戻される。
「残念だが、もう貴様の攻撃はオレに届かない。電磁と炎では立っている位置が違うんでな!」
高らかに笑い、エブリートは電磁レーザーを無作為に放つ。
屋根が、近くの建物が、エブリートの攻撃で壊れ、崩壊していく。それでも、カレンは涼やかに立っていた。
「貴方、ずいぶん不様な戦い方をするじゃない。それが至高の戦い方ってわけなのかしら?」
「不様? 無差別広範囲こそ、美学だ! まさか! 高貴なるハイエルフともあろう貴様が! 人間などを気にしてるわけがないよな!」
「そうね。わたくしは高貴なるハイエルフよ。だからこそ、下々を守る責務があるの!」
カレンとエブリートを中心に、世界が歪む。
ヴァンパイアから放たれる閃光は真っ直ぐ進む事も出来ずに輝きを残して霧散していった。
「フフ……ハハハ! 馬鹿な女だ! 貴様だって、願望があったからこそ、そんな格好をしているのだろ! この世界に来る異邦人どもは、全て己の願望を形にして落ちるのだ! なのに、我慢をするとはな!
ここはオレの望みを叶える、神が与えてくれた箱庭なんだからな! この世界にいる全ては、オレを引き立てるだけの人形よ!」
「底の浅い男ね」
エトランジュたちは己の願望を形にしている。
それは確かにエブリートの言葉も一理はあるのだろう。カレンだって、この姿は自分の望んだモノだと胸を張って言える……けれど、まったく望んでない姿になって、ただ生きる事に苦労しているエトランジュがいる事も、カレンはちゃんと知っている。
「いいわ。貴方は排除するべき対象のようね」
カレンはスカートのポケットから、小さく折りたたまれた布を取り出すと、勢いよく広げた。
それは漆黒のコートに変わり、カレンは流れるように袖を通す。
「ギルド所属、キュレーター『炎』、お前をこの世界から排除する」
カレンの周囲に豪火の花が咲き乱れる。
炎の花弁が渦を巻き、エブリート目掛けて飛んでいく。
「無駄だ! 無駄だ! 無駄だ! オレのスキルは至高で最強! 貴様程度の低俗なスキルでは突破出来んわ!」
炎は全て、エブリートが作る電磁バリアによって防がれてしまう。
「では、次はコチラからだな!」
カレンを真似るように、エブリートが電磁力を手に集めて刃に変える。
ブォンと音を鳴らし、エブリートが屋根を駆け出す。
カレンも烈火の剣を携えて走り出す。
互いに刃が交差する――はずだった。
「炎で電磁は斬れぬわ!」
「だから……貴様は底が浅い」
断ち斬られたのは電磁の刃だった。
「何故だ!」
驚愕するエブリートに、炎の刃が迫る。
咄嗟に反発力を使ってカレンを後ろに飛ばす事で難を逃れるが、その顔にはあり得ないという文字が浮かんでいた。
「良いことを教えてあげますわ」
綺麗に着地したカレンが、自慢の髪を掻き上げる。
「炎の原子配列を揺らめきなく並べれば、如何なるモノだって斬れる剣になりますの」
言って見せびらかすように、カレンは持っている剣を軽く振るう。
それは烈火の炎ではなく、確かな形を持った、月光に輝く透き通る刃に変わっていた。
「懐古厨では理解出来ないでしょうね。これは最新のSFでしてよ」
「ふざけるな! 原点こそ至高だろうが! オレは認めんぞ!」
エブリートがカレンを引き寄せようとするが、音もなく、彼女が振る刃が力場を両断する。
「クソ! クソ! クソ! オレは最強なんだ! 神に選ばれた夜の王だ!」
すでに無力化された電磁レーザーが、世界をただ明るく染める。
音速を超えようと瓦礫が宙に浮くが、炎がそれをプラズマ化する前に灰燼に変える。
エブリートの如何なる攻撃も、カレンにはもう届かなかった。
「フフ、さらに良い事を教えてあげるわ。わたくし、この世界の最強を知ってますの。貴方がどれだけ足掻こうと、わたくしがどれだけその背中を追おうとも、決して届く事のない最強をね」
「馬鹿な、この世界は、オレの……」
寂しそうに笑うカレンとは対照に、エブリートは呆然と虚空を見つめる。
自分が最強だと、自分のスキルに敵う者はいないと、そう思っていたはずなのに、今目の前にいる少女はそれを簡単に超えていってしまった。
なのに、そのカレンですら届かない相手がいるなど、エブリートの心はそれを認める事が出来ずに、思考は停止してしまう。
「これで終わりですわ」
カレンは炎で弓を作り出すと、透き通る一本の矢を番える。
「最後くらいは、エルフとして振る舞ってあげますわ。ヴァンパイア」
矢が放たれる。
エブリートの電磁バリアを容易く突破して、無防備に立ち尽くすエブリートの胸に刺さる。
ゴウゥゥ!
「――!」
悲鳴すらあげる暇もなく、エブリートは消し炭になった。




