第16話 古典と出涸らし
「え? それ真面目に言ってますの?」
宿屋に帰って早々に、エーリスはドン引きしたカレンの視線を受ける。
「うん。変な事を言ってる?」
逆にそう問い返せば、カレンは困ったようにゼファーを振り向くが、彼は関わりを持ちたくないと本を広げてしまう。
「いや、だってですわよ。お金出したくないから一緒の部屋を使わせてくれってのは、100万歩譲って理解できますわ。でも、でもですわよ、それでなんでわたくしと一緒のベッドで寝る事になるんですの?」
「そりゃ、床で寝るのがイヤだからだけど? 流石にお金を出してる二人に床で寝ろは、私だって言えませんよ。だからってゼファーくんと一緒はちょっとね。鱗とか痛そうだし。なら、残るはレンレンと一緒に寝るしかなくないです?」
「……なんですか、その、一見正しそうに思えるイカれた理論は?」
ドン引きすら通り越したのか、頭痛そうにこめかみを押さえるカレン。
「まぁまぁ、私、小柄だから全然大丈夫ですよ。って事で、おやすみなさい」
エーリスはそれをガン無視して、ベッドに寝っ転がった――瞬間に「スー、スー」と寝息を立てる。
「早い!」
「……あれだけ飲んでれば、そりゃな」
ゼファーが横目でそんな事を呟くが、危機察知能力が働いたのかいきなりベッドに潜り込んで狸寝入りをしだす。
キッとカレンが睨んだ時には、なにもかもが手遅れだった。
「……もう、私の負けでいいですわ」
フラフラと窓まで歩くと、カレンはカーテンを開けて窓を開く。
夜気がスルッと流れ入ってくる中で、ため息を吐きながら夜空を暫く見上げていた。
「虚しいですわね」
振り返ってベッドを見れば、ど真ん中に大の字で寝るエーリスが見える。
「どこが小柄で大丈夫なんですのよ。仕方ない。これは、仕方ない事ですわ。にしても、なんか凄く眠いですわね」
足取り重く、カレンはエーリスに占拠されたベッドに上がると、抱き枕よろしくエーリスにしがみついた瞬間には眠りについていた。
――。
――――。
すっかり三人が寝静まった時間に、ギジリと廊下の軋む音が静かに響く。
ガチャリと部屋の鍵が外される。
ギギっと、これでもかというくらいに遅く、ドアが開いていった。
入ってきたのは数人の武装をした連中だった。
一人が開いてる窓まで忍び足で歩くと、外に向かって手を振り合図をする。
その間に、残った奴らは、ベッドを取り囲むようにして抜刀した。
ジリジリと距離が詰まっていく。
ゴクリ。誰かが唾をのむ音がやけに大きく聞こえた。
エーリスたちは、眠ったままだ。
「薬が効いてるようだな」
一人が確認するように小声で喋る。
「あぁ、いかに強大なスキルを持ってようが、使えなきゃ雑魚でしかないな」
嘲笑するような別の一人の声に、一瞬だけ空気が弛緩した。
――その時だった。
暗い部屋を煌々と照らす炎が出現する。
「な、なに?!」
誰かの叫びと同時に、窓にいた奴がそのまま外に吹っ飛んでいった。
「まさか、罠に嵌めたと思ってはいませんよね?」
侵入者たちが状況を理解して身構える前に、いつのまに起きたのか……カレンが髪を掻き上げながらベッドに腰をかけて悠然と笑っていた。
「まったくだな。俺らも甘く見られたものだ」
ユラリと窓の近くの風景が歪むと、そこにはゼファーが立っていた。
「どういう事だ! 貴様らは、薬で寝てるはず!」
「まったく馬鹿ですの? あんな公衆の面前で、律儀に作戦会議なんてするマヌケがいるわけないじゃないですの。わざわざ窓を開けて姿を見せたのも、ちゃんと部屋を間違えないようにさせる為ですわよ」
「なるほど。一杯食わされたのは、こっちだってか……」
侵入者のリーダーだろうか、一番逃げやすいドア付近に立っていた男が苦々しく呟く。
「えぇ、最初からね。そもそも、この宿屋すら疑っていたのよ。襲われるエトランジュたちは、みんな外から来た人たちなんですものね」
「ふん。やはり亜人は賢しいな。が、所詮は児戯よ。オレらがなんの準備をしてないと思ったのか?」
リーダーはドアの外に顔を向ける。
「出番だ。金の分くらいは仕事をしろよ、亜人」
ゴン!
ドアをぶち破って、黒い影が部屋に侵入してくる。影はそのまま一直線にゼファーに向かい、窓すらぶち破って外に消えた。
「まったく、姿が野蛮なら行動も野蛮だな。ご機嫌よう、お嬢様。今宵、貴女の血を貰いに参上させていただきました。卑しい、この吸血鬼にお恵みを」
壊れるドアから姿を現した、長いマントを纏った青白い男が優雅にお辞儀する。
「悪いですけど、吸血鬼は間に合ってますわ」
部屋を照らしていた炎を握り潰し、カレンは烈火の剣を作り出した。
他の侵入者達が後退り始める――が、吸血鬼が手を広げマントをはためかすと、鋭利な刃に切り刻まれたように全員がバラバラになった。
「な、貴様……うらぎ…………」
下半身をなくしたリーダーが吸血鬼を力なく睨む。
「裏切る? フン、ワタシが下等な人間を利用する事があっても、協力するなんて事があり得るはずないでしょ。それに、乙女とのダンスを無粋なゴミどもに見せるのは勿体ない」
グチャっと、吸血鬼がリーダーの頭を踏み潰した。
「貴方、ずいぶんと悪趣味ですのね」
「おやおや、貴重な情報源をなくして申し訳ありませんね。ですが、その礼として極上の夢を与えてあげますよ。ワタシの妃としてね」
「あら、残念ですけど。わたくしドSですの。殿方をわたくしの足下に跪かせるのが好きなのですわ。ですから、妃でなく、わたくしの下僕にでもしてあげますわ!」
一足飛びで、カレンは吸血鬼に詰め寄った。
烈火の剣が赤線を描いて横薙ぎに払われる。
が、それは吸血鬼に届く前に見えない壁に進行を止められてしまう。
「おやおや、せっかちなお嬢様だ。まだ、互いに名乗ってすらいないのに。では、ワタシから、夜の王たるヴァンパイア、エブリート・ヴラドを以後、お見知り置きを」
一歩下がって、吸血鬼、エブリートは芝居がかった礼をもう一度する。
「フン! 良いですわ。森と共に生きる高貴なるハイエルフ。カレン・ファンタビュラス、貴方に朝をプレゼントしてあげますわ」
「ハハッ、森と共に生きるクセに、炎のスキルとは笑わしてくれますね。もっと設定は練らないと」
肩を震わせてエブリートが笑う。
「これだから俗物は、自分というモノを持ってないですわ。そんな典型的なヴァンパイアなんて出涸らしすら出ない無味無臭だという事を知るべきですね」
カレンも口の端だけを上げて笑う。
「ほざけ! 古典こそが、至高なんだよ! エルフが!」
エブリートが叫び、渦巻く風が壁を屋根を吹き飛ばす。
荒れ狂う風を纏って、エブリートはカレンに向かって突っ込んだ。




