第15話 囮役
ペンテグルネでも一、二を争う高級レストラン。
多くの客が夕食を楽しむ中で、ある一つのテーブルだけは重たい雰囲気に満ちていた。
チラチラと、席を並べる客たちが気まずそうにそのテーブルを窺うのは、そこに座っているのがエトランジュだからというわけでもなさそうだった。
「で? 結局エーリスはお酒を飲んできただけで、ゼファーはお散歩をしただけだと?」
優雅にナイフとフォークを使って、カレンはステーキを小さく切って口に運んだ。
「いや、ちゃんと敵を釣る事は出来たんだがな」
ゼファーが豚の丸焼きをバリバリと食べながら言い訳をすれば、
「結果の出ない行為なんて、なにもしてないのと一緒ですわよ」
カレンに冷たくあしらわれてしまう。
「だが、スキルを使った俺を認識出来るほどの実力を持っているのがわかったのは、僥倖ではないか?」
「そうですわね。ソイツが私たちの仕事に関係すると、絶対に言えるのならですけどね。ただの出歯亀という線もあり得ますわよ」
ワインで喉を潤しながら、カレンは身も蓋もない事を言う。
「……それは、そうだがな。だが、そんな事を言ったらなにも始まらんだろう。ここは高い可能性として、判断するべきだ」
「可能性ですか……で、もしソイツが敵だとして、わかったのは鼻か耳が良いかもしれない。エトランジュか、ただの人なのかはわからない。これでなんの可能性を論じろというのです?」
豚の頭をゴリゴリと、骨を噛み砕きながらゼファーは味ではなくカレンの責めに唸る。
「ならどうすると言うのだ? 結局は手詰まりで、大物が釣れるまで、エーリスの囮を続けるのか?」
「……残念ですが、エリリンは凡俗過ぎましたね。こんなちんちくりんの女の子を襲おうとするのは、小物だけですわ」
「……なら、いっそ、俺がクランに潜入するべきか?」
「それこそですわ。可能性を論じろと言ったのはゼファーですわよ。完全な隠密が出来ない貴方では、もう荷が重すぎですわ」
「だが騒動を起こす事は出来る。藪を突かなければ蛇は出てこないが、今欲しいのはその蛇だろう?」
「確かにそれはそうですけど。ゼファー、勘違いしないでくれますか。わたくしたちは、人殺しですが、無差別殺人者ではありません事よ。その行為で、判別がちゃんと……って、いい加減貴女も話に参加しなさいよ!」
「ふぇ? 私?」
急に声をかけられたエーリスは、二十五本目のワインをグラスに注いでいた手を止めた。
「そうですわよ! ってか、どれだけ飲むつもりなんですか! もう他の人の視線が痛くて迷惑なんですけれど!」
「大声出すと、他の人に迷惑ですよ、レンレン」
表面張力ギリギリまで注いだグラスを持って、エーリスが真面目な顔でカレンを諭せば、
「ムキー! 貴女が! 常識を! 語るなですわ!」
「まぁまぁ、落ち着――」
ゼファーがフォローに入るが、カレンはそれだけで人を殺せそうな目で黙らせた。
目が言ってた。お前も、もっと上品に飯を食えと。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息をするカレンは、落ち着くように深く呼吸をしてから、ワインで気持ちを切り替えた。
「で、エリリン。貴女の能力なら、クランの中を覗けるんじゃなくて?」
「無理ですね」
そこでエーリスは一旦言葉を切ると、ウエイターに追加のワインを頼む。
「確かに視えるし、聴こえはするけど、判別するには情報が足りなさ過ぎるもの。なんでもかんでも視えて聴こえたら、私の頭はパンクするからね。カクテルパーティー効果ってヤツ?」
「……そう。なら、どうするべきかしらね」
カレンが困ったように天井を見上げる。
「まぁ、様子見で良いんじゃない。私は今日、この街の人をスキルで傷つけた。なら、私を害する大義名分は出来たはず。エトランジュ、というか諸々を嫌ってるなら、たとえちんちくりんでもころころしに来るでしょ」
「なるほどな」
頷くゼファーだが、カレンは微妙な顔をする。
「それでは時間がかかり過ぎますわ。貴女の前に、もう何人ものエトランジュが列を作って害に遭っているのです。わたくしは、その数を減らしたいですわ」
「面倒くさい女ですね。なら、そこのトカゲに亜人にでもなって貰えばいいんですよ。そういうスキルなんだから。前と後ろから、攻めれば良いんですよ」
「だが、匂いはどうする?」
「こっちも面倒くさいな。ゼファーくん、ちょっと顔を貸してください」
「うん? こうか?」
顔を近づけるゼファーの頭に、エーリスは届いたばかりのワインの瓶を逆さまにした。
「匂いなんて、上からなにかつければ誤魔化せますよ。こんな感じで」
「ちょ、エリリン!」
慌てるカレンだったが、ゼファーは気にした素振りをみせなかった。
逆にスッキリした顔をする。
「ハハッ、どうやら俺は少しは頭に熱が籠もっていたようだな。自慢のスキルを看破されたと、気にし過ぎていたらしい」
ウエイターが走って持ってきたタオルを受け取り、ゼファーは追加のワインを頼む。
「話はわかった。俺が亜人となり、エーリスを襲えば良いって事だな。お前なら殺しても簡単には死なん。ならば、下手な偽装をするよりは迫真に迫れるだろうからな」
「……痛くしないでくださいよ」
「ハッ、ワインの礼程度にしとくさ」
ニヤリと笑うゼファーに、エーリスはドン引きしながら、冷めたパスタを口にした。
「ねぇ、それって、わたくしはなにをすればいいんですの?」
そんな二人のやり取りを見ながら、カレンがポツリと呟いた。




