第14話 昼酒
パンを千切ってスープに浸し、それを口に運ぶ。
頬をパンパンにしてから、大ジョッキのエールを一気に空にして、エーリスは至福の表情を浮かべた。
「はぁ~、昼間から飲むエールは美味い」
グダグダで終わった説明会の後、エーリスは一人で飲食店にいた。
本当は宿屋でお昼を食べようとしたのだが、どうやら朝と夜しか食事は出来ないらしく、仕方なくこうして足を使う羽目になったのだ。
――まぁ、エーリスは宿屋に部屋を取ってないので、そもそも食事は出来ないんだけど。
「……でもな」
エーリスは周囲を見渡す。
お昼時は過ぎているからだろう。店内にいる人は少ない。
エーリスの表情が暗く曇った。
「やっぱり、エールよりお酒だよね」
一気に真面目な顔になって、エーリスは手を上げた。
「お姉さーーん! お酒、ちょうだい!」
ウエイトレスをしている女性に声をかければ、「は、はい……」と、含みのある感じで返事が返ってくる。
満足げにテーブルに置かれている別の大ジョッキのエールを喉に流しながら、エーリスは自分に突き刺さる他の客の視線にうんざりした。
(どうやら布教は順調な感じだね)
まぁ、辺境の方に行けば、まだエトランジュを嫌っている人たちが普通にいるが、それでも規模が町にでもなればそれは少なくなる。
なにせ、エトランジュがもたらした知識によって、この国、いや世界はそれなりに楽に、豊かになった事を肌で感じる事が出来るから。
「お、おまたせ、しました」
ウエイトレスのお姉さんは、エーリスの銀の腕輪をチラチラ見ながら、徳利に入ったお酒をテーブルに置くと、そそくさと席を離れていく。
パアっと目を輝かせながら、エーリスは下げていたポーチから朱色の盃を取り出した。
そこになみなみと酒を注ぐと、一気に呷った。
「……ふぅー、美味い」
酒が胃を通って全身に巡れば、エーリスの体はゆるくダラっと椅子にもたれかかるようになる。
そんな人としてどうなんだ? みたいな格好に、大半の客は飽きて視線を外したようだった……けど、ほんの少数だけは、ギラギラした殺気を放つようになった。
(……あれ? これもしかして狙われてる?)
そんな事を考えながら、エーリスは追加でまたお酒を頼む。
結局、十回おかわりすれば、ギルガルドからふんだくった財布はずいぶんと軽くなってしまった。
「あ、領収書お願いします。宛名はクラウで」
ほろ酔い気分で外を歩けば、ウザったい視線は変わらずついて来た。
「さて、どうしよっかな」
このまま宿屋まで連れてったら、絶対にカレンが怒る。宿代を払う気がないので、今日からカレンと一緒に寝ようと目論んでいるエーリスとしては、それは流石に遠慮したい。
けど、せっかく飲んだお酒を、自分の血で台無しにするのはもっとイヤである。
悩みながら、テイクアウトした酒瓶を一口。
不意に頭をポンっと叩かれた。
けど、近くには誰の姿もないし、気配もない。
……でも、知ってる匂いが通り過ぎた。
了解といった感じで、エーリスは酒瓶を高く上げた。
「昼酒、サイコー!」
そのままフラフラと人気のない方向に進んでいく。
角を曲がって、裏路地に。
気づけば目の前には壁がそびえ、行き止まりに出てしまった。
クルッと振り返れば、
「これはまた、お約束の定番みたいな状況だね」
数人の男が、剥き出しの刃をこれでもかと見せびらかしながらエーリスの前に立ちはだかった。
「この亜人が! 街から出ていけ!」
「そうだ! これ以上は俺たちの街で、デカい顔をさせねぇからな!」
一人が叫べば、他も追従して、喋らないヤツは震える手で剣を構える。
「……で?」
エーリスがつまらなそうに聞く。
「なっ! 貴様! 馬鹿にするなよ! コレが見えないのか!」
ブン! と男Aが剣を振る。
「腰が入ってないなー。練習不足だよ。日々の訓練を大事にしてください」
「ふざけんじゃねぇぇえぇぇ!」
男Bが斬り掛かってくる。
「カルシウム足りてないんじゃないです?」
なんて言いながら、エーリスは指鉄砲を作ると、
「バン!」
と、指を振るった。
二テンポ遅れて、男Bが後ろに吹っ飛んだ。
「な、なんだよ! それ!?」
男Aは驚愕し、CDEは黙って後ずさった。
「なにって、私はエトランジュですよ。ならスキルを持ってるに決まってるじゃないですか。私のスキルは『念動力』。念じれば、この程度の事は出来ます」
また指鉄砲で、「バン、バン」と二回指を振れば、CとEが吹っ飛んでいく。
「うわーー!」
と、Dは剣を放り出して逃げ出してしまう。
その背中にエーリスはロックオンするが、撃たずに指をAに滑らせる。
それだけでAの顔が恐怖に歪んだ。
「で、覚えました?」
「な……なにが…………だよ?」
「顔をですよ。私は覚えました。貴方も、覚えといてくださいね」
男の返事を待たずに、「バン!」と指を振る。
が、今度はなにも起こらない。
けれど男Aは、それを合図に失神してしまった。
「まったく、遊びがすぎるな。人を勝手にスキルにするな」
なにもない虚空から、ゼファーの疲れた声が聞こえる。
「そっちこそ、人を勝手に囮にしないでくれます。で、追わないんですか? 一人逃げましたよ?」
「見るからに一般人だからな。なにも知らんだろうし、友釣りには丁度いいだろう。今度はもっと大物を頼むぞ」
「チッ、ほざけですよ」
エーリスは酒瓶を呷ろうとして、手を止める。
「気づいてますよね?」
小さく囁けば、
「あぁ、見られているな。しかも、俺の存在すら認識してるようだな」
ゼファーが固い声で返す。
姿と気配を消せるミミックのスキルだが、万能のようにみえて実はそうでもない。
動けば当たり前に音が出る。
が、それは技術でほぼ無音にする事が可能ではある……のだが、意識ではどうにもならない『匂い』だけは消す事が出来ない。
エーリスは風下を視線だけで見る。
「ミミックくん、ちゃんとお風呂に入った方が良いんじゃないですか? それとも腕が鈍りました?」
見られているのはわかるのに、どこからなのかがまったくわからない。
「アホな事を言ってるな。嗅覚ならまだいいが、聴覚なら笑えないぞ」
「フフ、そうですね」
軽く笑いながら、エーリスは酒を飲むふりして右手を口に運ぶ。
が、そこで気配は消えてしまった。
「チッ、ここで捕まえれば話が簡単だったのに」
「簡単なのなら、俺とフレイムだけで終わってる」
「ふん。いい迷惑ですよ。まったくね」
エーリスは酒を一口飲み、いつの間にか姿を現したゼファーに酒瓶を向けた。
「好きな酒を経費で落とせるんだから、感謝してほしいがな」
ゼファーは酒瓶を受け取って、一気に酒を飲み干した。




