第12話 三人のキュレーター
のほほんとしたライナの顔がそこにあった。
「お帰り。怒られた?」
魔法陣の上に座ったまま、エーリスはライナを見上げて、
「うん。なんとか許してもらえたけど、お陰で仕事の説明はほぼ皆無になった」
「へー、大変だね」
完全に他人事なライナだったけど、彼女はそういう性格だとわかっているので、エーリスも特に気にしない。
「うん。マジで大変。ねぇ、ペンテグルネって街知ってる?」
「さぁ? 知らない」
考える素振りすら見せずに言い切るライナ。
「軽いよ~、ライナ~。転移魔法陣を管理してるんだから知ってるでしょ~」
「えー、でも、知ってたら送れって言うんでしょ。局長に禁止されてるって説明するのダルいから、知らない事にしてるんだけど」
「全部言ってんじゃん。送ってよ~、こっちもダルいんだって~」
「あ! ホントだね」
カラカラと笑うライナに、エーリスは涙目だ。
「うぅ、歩きたくない」
「仕方ないなー、そんなダークネスの為に、これをあげよう」
ライナは制服のポケットから一枚の紙を取り出して、エーリスの前にポテっと投げた。
エーリスはそれを拾いながら聞く。
「なにこれ?」
「なにって、地図に決まってるじゃない。これで迷わないね」
「いらねー!」
で、空に向かって放り投げた。
そのままエーリスはゴロンと仰向けに倒れる。
「うわー、邪魔なんだけど」
「なら私をペンテグルネに送れよー」
駄々をこねるエーリスを、ライナは完全に無視して、なにか思い出したみたいに手を叩く。
「そうだ。本社の力でダークネスの謹慎を解いて、研修って形を取るらしいよ。よかったね、給料が出るよ」
「もう! 研修、研修って、私は窓際さんじゃないってのー!」
そんな叫びから三時間後、エーリスはすでに疲れた顔をして家の鍵をかけていた。
パンパンに膨れたボストンバッグを肩に下げて、ふらふらと東門に向かって歩き出す。
「ぐぇ、重い。やる気が削がれる」
いつもの如く、どこからか猫が降ってくる。
けど、今のエーリスにそれを気にしている余裕はなかった。
ダラダラと足を引きずる感じで、東門にある検問所まで来た。
銀の腕輪と、ギルドが発行している身分証を提示する前に、
「お? エリリンじゃないか。どうした大荷物を持って、夜逃げか?」
顔見知りの門番さんが声をかけてきた。
「エリリン言うな。こんな太陽が高い時間に夜逃げする馬鹿がいるわけないでしょ」
「そうか? 俺はてっきりツケが払えなくてしょうがないから、最終手段に出たのかと思ったわ」
ガハハと笑う門番さん。
「そう思うなら今度奢ってよ」
「おいおい、流石に一日で月の給料をなくす度胸は俺にないわな。が、一杯くらいなら奢ってやるよ」
一瞬だけエーリスは顔を輝かせるが、すぐに消沈する。
「嬉しいけど……今からペンテグルネ? ってところに行かなきゃなんだよね。だから帰ってきたら奢ってよ」
「おいおい、ペンテグルネって。まさか徒歩で行くつもりか? 馬車ですら一ヶ月はかかるんだぞ?」
驚く門番さん。
けどエーリスは特に反応を示す事はなかった。
「へー、そんな遠いんだ。まぁ、なんとかなるよ。馬車を使うお金もないしね」
「……そ、そっか。まぁ、無理するなよ。どんな理由で行くのかは知らんが、駄目なら帰ってこい。二杯くらいなら奢ってやるからよ」
絶句する門番さんを横目に、エーリスは門を通過していく。
門を行き来する人の流れから抜け出して、エーリスは人気のない方向に進んでいく。
完全に誰もいなくなった所で、ガブリと右手に噛み付くと、一歩踏み出して、遥か上空に軽く移動した。
「さて、東だったわね」
言ってさらに一歩踏み出せば、王都アムルタは遥か後方に消えていた。
数分進んで、エーリスは悩んでいた。
いい感じの街や村を通り過ぎて、今さらペンテグルネがどれなのかわからなかった。
街や村に降りて確認すればいいのかもしれないが、いちいちそれは面倒くさい。
「ライナの地図、思いっきり手書きじゃない。これでなにがわかるのよ。子供でももっと上手く描くと思うけど?」
考えていれば、頭上の仔猫がニャーと鳴く。
「確かにお腹は減ったわよね。もうお昼過ぎてるし」
「ニャー」
エーリスの言葉を肯定するように、仔猫はもう一鳴き。
「しょうがないわね。『視て』『聴く』か」
エーリスの紫瞳の色が深く濃くなっていく。
見える風景の距離感が変わった。
足元に広がる街、そこに行き交う人々の表情すらハッキリと見えるようになった視界と、その雑踏すらも聞こえるようになった聴覚で、ペンテグルネの文字と言葉を探す。
「見つけた。ついでに、面倒くさい奴の声も聞こえたけど」
気乗りしないが、エーリスが一歩踏み出せば、どこぞの宿屋の一室にたどり着いた。
「うわ! なんですの! いきなり!」
部屋にいた少女が驚きに騒ぐ。
「うるさいな。少しは淑女の嗜みってのを身につけなさいよ、ドリルつけてるんだから」
エーリスはわざとらしく耳を塞ぎながら、少女、カレン・ファンタビュラスを流し目で見る。
「なっ! 突然現れて、ずいぶんな言い草をするじゃないですか。エリリンのクセに生意気ですわよ」
カレンが心外だとそっぽを向けば、彼女の特徴的なツインテドリルがフワリと揺れる。
「まったく、エリリンなんてあだ名を広めないでくれない。どいつもこいつもエリリン、エリリンってウザったくて仕方ないわ」
「いいじゃないの。エリリン、可愛くてよ。貴女、愛想がないんだから名前くらいは愛嬌がないとね」
「……チッ、なら、カレンは今日からレンレンでいいわよね。高慢ちきなアンタにも愛嬌は必要だもの」
「冗談じゃないですわ。パンダにつけるようなあだ名なんて願い下げですわよ」
「それはパンダに失礼だと思うわよ。まだあっちの方が見てて心が和むもの」
「ぐぬぬ、エリリンのクセに!」
「馬鹿の一つ覚えね、レンレン」
互いに横目で睨み合えば、
「他の客に迷惑だ。二人とも、少しは常識を覚えろ」
抑揚のない平坦な声が仲裁に入った。
エーリスとカレンが同時に声の方を向けば、そこにはベッドに腰をかけて本を読んでいるリザードマンがいた。
「ふん、わたくしをエリリンと一緒くたにしないでくださいまし、ゼファー」
「まったくね。レンレンよりも常識はあるつもりなんだけど」
二人にそう責められて、ゼファー・アトレーは読んでいた本をパタンと閉じて、爬虫類の瞳でエーリスたちを見る。
「フッ、リザードマンからしたら、人の区別なんかつくわけないだろ」
それは彼にとっては渾身のギャグだったりするのだが、エーリスやカレンからしたら、突っ込んで良いのかすら、反応に困るモノでしかなかった。
「……やめた。馬鹿らしいですしね」
気が抜けたエーリスの姿が普段のものに戻る。
「……そうですわね。これ以上は時間の浪費ですわね」
カレンも白けた感じで頷く。
「おい、せめて笑えよ。ちゃんと二人の区別は出来るって」
ゼファーが小さくボヤくが、やっぱり反応はなにもなかった。
「で、ダークネス。ここに現れたって事は、今回の仕事に参加するという事かしら?」
変な沈黙が広がる前に、カレンがそれを切り裂く。
「そ。でも、『炎』と『擬態』がいるなら必要ないと思うけどね」
「それは否定しませんわ。わたくしの炎から逃れられる者なんていませんし。ゼファーのスキルがあれば隠密も問題はありません。
が、残念な事に、わたくしは高貴なエルフですし、ゼファーも人目を引いてしまいますからね、凡俗な貴女が来てくれて助かりますわ」
しゃあしゃあと言うカレンに、エーリスは無言でボストンバッグを投げつけてやった。




