第11話 裏のお仕事
息も切れ切れに、エーリスはギルド本社の中を歩く。
「まったく、ホントに、エスカレーターくらい作って欲しいよ……」
今日は休み……というか仕事中に酒を、しかもリセエンヌにも飲ませた事がバレて謹慎になったので、仕方なく裏の仕事をしに来たのだ。
「なんで謹慎食らったのに、制服着て歩かなきゃ……いけないんだろ?」
いや理由は単純明快で、私服でギルド内部を歩けないからなんだけど、問題はそこじゃないのだ。
「あら、ダークネスじゃない。謹慎中って聞いたけど?」
なんで本社にいるライナがそれを知ってるのか、小一時間ほど問いただしたい気持ちになったエーリスだけど、そんな気力はどこにもなかった。
「そうだよ。だから、こうして顔を出したんじゃない。なんか仕事だって呼び出されたんだけど?」
聞いてないの?
そう問えば、ライナはフッフッフと笑う。
「聞いてる。ダークネス。酒代を局長にツケたんだって。めちゃくちゃ怒ってたよ。顔を出したら〆るって言ってたもの」
「……やっぱり帰る。大人しく謹慎してるべきだよね」
「フフ、もう遅いわよ」
脱兎の如く転移部屋を逃げ出そうとするが、その前に魔法陣が発光する。
「頑張ってね~」
軽いライナの激励を最後に、エーリスの全ての感覚が一瞬消えた。
「やってくれるわね、エーリス」
感覚が戻ってくるなり、背筋が凍えるような冷たい声が耳を襲う。
恐る恐る目を開けるなんてする必要もなく、仁王立ちするクラウとバッチリと目が合っていた。
「…………え? なんの事ですか? 私ー、わからないですー」
「気持ち悪い喋り方しないの」
体感温度がさらに五度くらい下がった気がした。
「うぅ、ごめんなさい。出来心だったんです。お金払ってください~、今月厳しいんです~」
泣きながらエーリスがクラウに抱きつくが、
「鬱陶しい」
素っ気なく振り解かれてしまう。
力なく床にへたり込むエーリスだったが、クラウはまったく気にしてない感じだった。
(チッ、この手は使えないか)
そんなエーリスの内心は、クラウには見透かされていたようだった。
「まったく、貴女は。嘘泣きするなら、もっとちゃんと泣きなさいよ。せめて涙は流しなさいよ」
「……以後、善処します」
ダメ出しを食らったエーリスは、モッサリと立ち上がるとソファーに座り直した。
「ホントに今回だけだからね。まったくもう」
項垂れて座っていれば、クラウが諦めたように呟いた。
「もちろんです! もうしません!」
「そのセリフ、聞くの何回目だと思ってるのよ、貴女」
「えへへ」
「照れるな。その代わり、きっちり働いて貰うからね」
途端に、エーリスは心底嫌そうな顔をする。
「フフ、返事は?」
「……はぁーい」
でも、睨まれて仕方なく頷いた。
暫くクラウはエーリスを睨んでいたが、疲れた感じで重いため息を吐く。
「はぁー、変身してる時は頼りになるのに」
エーリスに聞こえない程度の声でそんな事を呟いてから、顔を上げた。
「さて、なら仕事の話をしましょうか。今回、貴女にやってもらうのは冒険者の調査と、場合によっては粛清よ」
真面目な顔になったクラウが、そのまま説明を続ける。
「貴女は白銀の翼ってクランを知ってるわよね?」
「え? 知らないよ。王都で活動してるクランなら把握はしてるつもりだけど、聞いた事ないよ」
そうハッキリ言えば、何故かクラウは頭を抱えだした。
「……貴女、もうそのメンバーと一度出会ってるはずなんだけど? ドラゴン退治の時に」
「ん? …………あー、あー、あー、ね?」
「もういいわ。そういうクランがあるんだけどね」
まったく思い出せないエーリスに、クラウはとうとう匙を投げる。
「うん。うん」
「真面目に聞きなさい。でね、その白銀の翼ってのは、どうも純血主義の集まりのようなの。別にどんな思想を持とうが構わないけど、それを持って他者を害する行為は認められないわ」
「別に普通の事だと思うけど? 自分たちとは違う生物を、いくら姿形が似てるからって許容できる方が異常だと思うし、自分の身の安全を考えるなら排除だってしたくなるでしょ」
「貴女みたいに、誰もがノーテンキなら世界は平和で済むんだけどね」
クラウはそこで一瞬だけ小さく微笑んだ。
「問題は、それで害される者に力があるって事よ。私はエーリスを信じているわ。でも、貴女が本気を出したら、この王都なんて半日も持たないでしょ?」
「まぁ、ね。でも私、サバイバルは好きじゃないからやらないけどね」
「フフ、そうね。お酒がなくなったら大変だものね。でも、つまりそういう事よ。エトランジュが持つ力は千差万別だけど、私たちの常識を軽く超える力を持ってる人がいるのも事実。なら、その力の矛先がこちらに向かわないようにしなければいけない」
「だから、エトランジュに害をなす人間を殺せって?」
「違うわ。エトランジュだろうが、ハーフだろうが、人間だろうが、誰かに害をなす者は排除するの。この世界は全ての生き物の絶妙なバランスで成り立っているの。だから、その均衡を崩そうとするモノが対象よ」
淀みなく、クラウはそう言い切った。
エーリスは目を細め、黙ってクラウを見つめていた。
「な、なにか言いなさいよ」
エーリスの視線に耐えられなくなったクラウが、照れ臭そうにそっぽを向いた。
「なにも感想がありません。クラウがそうしたいなら好きにすればいいよ。私は、まぁ、居心地が良い間は付き合うよ」
「フフ、そうね。エーリスはそれでいいわ。貴女が私の側にいる事が、一つの指針だものね」
「人を勝手に羅針盤にしないで欲しいけど……にしても、純血主義のクセに白銀の翼とはね。命名した奴は馬鹿なの?」
エーリスは自分の左腕、そこにある銀の腕輪を見る。
途端にクラウの顔が曇った。
「元々はエトランジュの為のクランだったらしいの。エトランジュの人が腕輪なんてしなくてもいい。そんな理念を掲げた人間の冒険者たちの集まりだった。でも、彼らは亜人によって……」
「ふーん、善意が憎悪に変わったって事ね」
(にしても勝手に善意を押し付けて、嫌な事をされたから憎みますとは、どの世界でも人は傲慢だねー)
「まったく、身も蓋もなさすぎて言葉を失くすわ」
そんな事を言うクラウだったが、暗い表情が元に戻っていた。
「というわけでね。詳しい事は現地にいるキュレーターたちに聞きなさい」
「え? というわけもなにも、まったく説明されてないんだけど?」
どこで説明があったんだろう、困惑しながらエーリスは話を振り返る。が、やっぱり調査と粛清しか聞いてなかった。
「うるさいわね。貴女が馬鹿な事ばかりしてるから、私の時間がなくなっちゃったのよ。場所は、王都から東のさらに東の街、ペンテグルネよ。そこが白銀の翼の本拠地になるわ。エーリスの能力なら一日で着くわよね。あ、もちろん私服で行きなさいよ。でもキュレーターの制服は忘れちゃダメだからね。街についたら、まぁ、すぐわかるだろうから頑張ってね」
早口で言うだけ言って、クラウは指を鳴らす。
「さ、流石にそれは、投げっぱ――」
転移魔法陣が容赦なく発動した。




