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第9話 過ち

コイツ・・・


「もしかしたら、私の小指には錦さんとの・・・」


こうなったら・・・


「赤い・・・」


 手を後ろに組む。


「私、お付き合いしている人がいるの」


「え?」


 視線が少しずれる。


「その方はどの方ですか?」


「えっと・・・」


 私にそんな人いない・・・けれど・・・


「錦さん、アナタね」


「大将」


 とっさにでた名前・・・


「大将・・・どなたかしら?」


 あなた、同じクラスでしょうが。


「桜大将くん!」


「ああ~あの人か・・・」


 なんだ、この反応・・・


「私、あの方とお付き合いすることになったので」


「錦さんって、嘘つくときに腕後ろに組むよね」


 え。


「ええ・・・な、んのこと?」


 こいつ、見抜いてやがる・・・


「いま、嘘と認めれば許してあげるけど?」


 は?


「嘘じゃない!」


 手を目の前に出す。


「もう一度、言います。今、嘘と認めれば許してあげる」


「アンタが許さないことで私に何かするとでも?」


「ええ、あなたが一番されたくないことをしてあげる」


 動揺するな。


 指。


私はギターが好きなんだ。だから・・・


「もうアンタには囚われない!」


「認めないということね」


「ええ」


「そう・・・」


 指をいじる。彼女の指にはたくさんの絆創膏が貼りつけられている。


「必ず後悔させてあげる」


 言葉が出なかった。彼女の真っ直ぐな瞳の前に私は成す術がなかった。私は今もなお無力のままなのか?


「さようなら」


 これが、今の私ができる精一杯の抵抗だった。そして、彼女の返事は・・・


「ではまた」


 再開を示唆するような言葉を残し、黒百合は去っていった。


「ごめんね、大将君。勝手に彼氏にしちゃって」


「うんうん。全然、大丈夫!てか、オレはむしろ・・・」


「そっか、ありがとう!」


「それで、重ねてごめんなんだけど・・・」


「うん?」


「彼氏のフリをしてほしいの」


 こんなことをしても意味がないかもしれない。


「うん!任せて!」


「ホント、ごめんね」


 やって後悔した方がマシ。


「それで・・・錦さん・・・」


「じゃあ、よろしくねー」


「錦さーん」


 彼女はどこへ。


「恋人のフリねー」


 出る。


「盗み聞きとは悪趣味な」


「いやー面白そうで」


「おい!」


「それよりさ」


「お前、それでいいの?」


「何が?」


「お前、恋人のフリってどういう意味か分かってるのか?」


 要するにお前に興味はな・・・


「錦さん、オレのこと好きなんかな?」


「え?」


「錦さん、オレに彼氏役を頼むってことは・・・」


 首を怒った馬くらい横に振る。


「なんだよ」


「心配なさそうだわ」


「え?」


「いや、そんなにポジティブ思考ならこの後、何があっても受け入れられそうだな」


「ん?まあ、ありがとう」


「で!」


 瞬き。


「どうやって、錦さんと距離を縮めるわけ?」


 顎をさする。


「まあ、二人とも音楽好きだし。話題には困らないだろ?それに錦さんってギターやってて、お前もギター詳しいしさ」


「話さない」


「え?」


「錦さんと音楽の話題で話す気はないよ」


「どうして?」


「オレは彼女と話題づくりのために音楽を好きになったわけじゃない」


「いや、それはそうだろうけどさ」


「音楽は・・・ギターは何かを語るために弾くものじゃない」


 コイツ・・・


「お前、そんなこと言っていたら一生、彼女作なんてれね―ぞ」


「マジ?」


「いや、そうだろ。錦さんはギターやってるんだし、ギターとかそういうの話したいだろ。好きなバンドとか・・・どんな音楽が

 好きとか」


 手を振る。


「は?」


「錦さんが言うのは良いよ。というより、相手からなら良いよ。」


 何言ってんの?


「これはオレが決めたことだから」


「つまり、お前からは話さないってことか?」


「いや」


「オレは話さない」


「じゃあ、お前は一方的に相手の話を聞くってこと?」


「そういうこと!」


「馬鹿か、お前は!」


「え?」


「それじゃ、会話できねえ!」


「そっか・・・」


「例えば!」


 頷く。「


「相手の女の子が映画好きでお前と映画を観たいと言った!」


「おう」


「お前も映画が好きで意気投合したと女は思って、映画に誘った。映画終わりに女の子が“あの映画どうだった?”と聞いてきた。

お前はそんな時どうする?」


「話を聞く」


「一方的に?」


「ああ」


 それじゃ、ダメなんだよ。それじゃ・・・


「人とは付き合えない」


 人が個で生きるには限界がある。ましてや恋愛など・・・


人が人を好きになるってことは・・・個性を捨てて初めて・・・


「気を遣うことからは逃げられない」


 人は分かり合えない。


そう思うオレは・・・あのときから、何も変わっちゃいない・・・


 過去。


「オレは人を好きになったことがない」


恋とは病である。体温が上がる熱のようなものだ。


 学校。


「先輩!」


 振り返る。


「ずっと前から好きでした!」


 瞬き。


「私と付き合ってください!」


 大して好きでもない異性からの告白。


「いいよ、オレでよければ」


 それでも、うれしいもんはうれしい。


「先輩~部活終わるまで待ってます!」


 服を触る。


「いや、今日練習遅くまでやると思うから」


「全然、待ちますよ」


「それに、練習終わりは汗臭いし」


 オレはいつものように気を遣う。


「だから・・・」


好きでもない異性に対しても。嫌われるのが怖いのだ。


「大丈夫です!」


オレは人を好きになったことが・・・


「先輩のことが大好きなので!」


 ない・・・


「その~・・・」


「どうしたの?」


「今日!先輩のお家にお邪魔してもいいですか!」


 いつもより心臓の鼓動が早い。心拍数が上がり、全身に血液がめぐる。体温が上がる。


「先輩!」


「ちょっと、腕を組むのは・・・」


これが恋なのか?いや、違う。オレは人を好きになったことがないんだ!


 それから4か月が経過した。


「今日、早く部活上がれそうだからさ・・・その・・・」


 ポケットに手を入れる。


「一緒に・・・」


 どうやら、オレは本気でこの女性を好きになってしまったらしい。でも・・・


「今日は友達と用があるから」


 どうやら、彼女の熱は冷めたらしい。


「ねえ、今日は・・・」


「今日も友達と用があるから」


 それから、自然と・・・


「先輩・・・別れてください」


 こういう流れになる。


「そう・・・」


こんなときでも、オレは・・・


「そっか、ごめんね。オレが不甲斐ないばかりに」


 また、人に気を遣う。ここで、もしみじめったらしく・・・


「お前から告白してきたくせに!それで、熱が冷めたからポイかよ!都合よすぎやろ!」


 などと吐き捨てられる勇気と行動力がオレにあれば・・・

こんなに苦しまずに済んだのかもしれない。その苦しみは桜が咲く頃にやっと・・・


「ごめんね。オレのせいで」


きっと、オレには桜が散る様子を見ることしかできないのだろう。


「だから、ダメなのよ」


 桜。


「はーい、チーズ」


 音。


「ありがとう」


 目。


「新天地での生活。それでも、オレは変わらない。オレは一生、他人に気を遣いながら生きていくのだろう」


 そう一人でぼやいていたとき。


「恋愛相談に乗ってくれよー」


 お前と出会った。


「で、オレと小学校から同じの錦桃さんっていう人がいるんだけど」


「う、うん?」


「その子ことが好きなんだよね」


「そんな、オレみたいなやつに好きな人のこと言って大丈夫?」


「どうして?」


「どうしてって。だって、オレたちまだ友達でもなんでも・・・」


 そう、まだ友達ですら・・・


「友達だから話せるってわけでもないだろ」


「いや、確かに友達だからって何でも話せるわけじゃない。けど、それにしたって君とオレはまだ何も・・・」


 目を合わせる。


「雄二!」


「はい!」


 指を差す。


「お前は気を遣える奴だ」


 いきなり、呼び捨て・・・


「クラス写真の時、お前・・・隣のやつが落ちそうになっているところを支えてたろ?」


 ああ、そういえば。


「アイツ、端っこで落っこちそうになってんのに先生たちが気づかないもんだから」


「君が無理に撮影を止めていたら僕が悪目立ちしていたかもしれない」


「君は何も言わず、ぼくを支えてくれた」


 確かに、あった。でもそれも・・・


「それをみて。ああ、こいつは気の遣える奴だって」


 そう。あのときから・・・


「と思って、聞いたんだけど。参考になりそうな情報は得られずか」


 何も変わっていないんだな。


「ごめん、力になれなくて」


「なぜ、謝る?」


「いや、こんなオレに話して・・・」


「何もオレだって好きな人を口外されたくはないさ。ちゃんと、人を選んだつもりだ」


 結局、都合のいい相談相手だってわけね。


「気を遣われながら話して楽しいか?」


 そう、きっと彼女もそうだったはず。


「楽しいも何も、楽しくはないさ」


「え?」


「オレは真剣に恋愛相談をしているんだ!」


 なんだ、コイツ。普通、出会って3日のやつに恋愛相談するか?


「あの人はとても聡明で・・・」


それに、錦さんを知らないオレにどうアドバイスしろと?


「うーん。まあ、とにかく相手のことを知るべきなんじゃないかな・・・何か錦さんについて知っていることは?趣味とかさ」


「彼女はギターを弾いている」


「じゃあ、そのギターを」


「知る必要はない」


 一瞬、声色が変わった。


 今。


「そういえば、あの時もそんなこと言ってたな。こいつも変わらないなー」


 あと、何を話したっけ?


「人は矛盾の中で生活している生き物なんだ」


「矛盾?」


「これは絶対、守るって誓った約束事を平気で破る」


「それは、何もみんながみんなって話じゃないでしょ」


「そうでもないさ」


 彼の言っていることはよくわからない。けれど・・・


「人はそう完璧ではない」


 それはなんとなく分かる。


「人は誰しも思想や理念をもつ生き物である。だが、人と人が交流するときその理念のままでいられるか?

お互いの理念がぶつかり合う!はたして、それだけの生き物なのか?否!そうではない。なぜなら、人は倫理観や行動抑止力を

保有しているからだ。“映画面白かったねえ”・・・と投げかけられたら“うん、そうだね”と返す。ここで、面白くないと否定したら場が冷めてしまうから。嫌われてしまう、人として良くない、そう考え、踏みとどまる」


「それでも、“この映画は面白くないと吐き捨てるやつだっている!”」


「だが、雄二。お前はどっちだ?」


「それは・・・」


「どうやら、雄二。君は勘違いをしているようだ」


「何を・・・」


「君は特別ではない」


 間。


「人に気を遣ってしまうことで自分を表に出すことができない・・・なんて君だけがもつ悩みでもない。人なら誰しも」


「別に、オレは自分のことを特別なんて思ってたわけじゃない」


「そう?」


「それに・・・」


「なぜ、自分の個性から逃げる?」


「個性?」


「ああ、そうさ。普通のことで悩める」


「喧嘩売ってる?」


「雄二は他人のことで悩める優しいやつ。そして、自分を疎かにしてしまう哀れな奴。それがお前。“糸井雄二”という人間なんだ」


「オレという人間?」


「ああ、それがお前だけの個性だ」


「オレだけの・・・」


「だから、無理して変わる必要なんてありはしないんだよ」


「そうか、オレは・・・」


いつも“人への配慮”こそが悪癖だと思っていた。だから、変わりたいと思っていた。でも、できなかった。


「それが、お前の・・・」


けど、変わるだけじゃないんだな。


「人の進化は」


変わるだけじゃない。変わることが成長とは限らない。


「君の名前はなんていうの」


 息を吐く。


「同じクラスなんだから、ちゃんと把握しとけよ」


 悪態をつく男の名前は。


「桜大将だ」


「おう!ダイスケ!」


「お前・・・」


 オレは案外自由に生きていたのかもしれない。


「もう、先輩とは別れます」


この矛盾した世界で。


 今。


「そうか・・・」


大将自身あの時から何も変わっていないんだな。


「オレは音楽を話題作りの道具にするつもりはない」


 自らを戒めることで何が生まれるのか?そんなの、自尊心の保護でしかない。それでも、彼は止まらない。

自分を曲げるのが嫌なんだ。これは、恋愛ごとだっていうのに・・・全く、お前は・・・


「CHRRY BOYが」


「はあ!」


 こんなやつでも。


「誰がCHRRY BOYだあ?」


オレに・・・


「そのままでいいと言ってくれた」


だから・・・


「オレも精一杯の配慮でお前を助けてやるよ」


 配慮とは?今、そう聞かれたらこう答えてやる。


「オレの個性だ」


「何だそれ?」


 小さく笑う。


「何でもないさ」


「じゃあ、明日にでも対策マニュアル作ってきてやるよ」


「討伐対象みたく言うな」


「そうだな・・・」


 錦桃か・・・攻略難度が高そうだな。


「じゃあ、おれ、行くわ」


「おう」


 オレは雄二を見送る。


 後。


「あのー」


 髪をかき上げる。


「君は・・・」


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