第7話 割る者
「ただいま、帰りました」
無言が広がる。
「当然ね」
親はこの時間、仕事に行っているのだから・・・
私は親の帰りを利口に待つわけではなかった。
画面。
つける。
「いーや、そんなこと言いなはれてもなー」
観る。
「いいや、春奈じゃねーよ!」
笑う。
しばらく、テレビとにらめっこしたのち音が私を現実に引き戻した。
時計に目を向ける。
針が明後日の方向を指していた。どうやら、番組に夢中になっていたらしい。すぐに、音の震源地へと向かう。
「おかしい」
帰ってきてからずっとテレビを観ていたというのに。この音が鳴るのはおかしい。それからもう一度、時計に目をやる。
頭を手でおさえる。
「時計の針がありえぬ方角を指している」
すかさず、スマホで時刻を確認した。帰ってきてから、まだ2分しか経っていなかった。その驚愕の事実とともにもう1つの疑問が解消されていないことに気が付いた。あの音。「ピピピピ」とは我が家のお風呂が沸いたことを知らせる音だ。だが、私はお風呂を沸かしていない。一体、誰が?答えは明白だった。
「お母さん・・・」
私が帰るタイミングに合わせてお風呂が沸くよう設定していてくれたのだ。
目を閉じる。
母は私を愛している。
「そんなことあらへんねん!」
「あ」
ひょうひょうと立ち上がり、キッチンへ向かう。「カタッ」と冷蔵庫からサランラップで包まれた皿を取り出し「ガシャン!」とレンジの中へ突っ込む。
「いーや!近藤春奈じゃねーよ!」
テレビに目を向ける。そして、「ブーン」とレンジの中で凍った食材が温められる音を聴きながら私はこう思う。
「私の冷え切った心もこのレンジで温められたら良いのに」
でも、そんなことはできない。だって、私の心は金属でできているもの。音が鳴る前に中身を取り出した。
「私にはこれで十分」
独り言をぶつぶつ言いながら飯を食らう。
「いただきます」
返事はない。ただ、1人静寂の中で私は箸をかき混ぜた。
「・・・じゃねーよ!」
観る。
「いや、私は一人ではない」
「いや、角野卓造じゃねーよ!」
小さく笑う。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
皿を洗う。キッチンで食器を洗うのだが目線の先。窓にへばりつく蛾。
蛾は外についているので「トントン」と指を弾けば「パタパタ」と自身の背に抱える羽を伸ばし、どこかへ飛び立っていく。
まるで、ドラマのワンシーンのような光景にうっとりしていた。夫を家事で支える妻のキッチンでの様子。あの光景に私は恋焦がれている。
音が響く。
そのあとすぐに「バタン」という地響きが床を介して聴こえてきた。
「ただいま、百合」
私の親が帰ってきた。
「お母さん、帰ったよ~」
私の・・・
「おかえりなさいませ」
たった、1人の親が。
「おお~私の愛しき娘よ~」
時計をみる。
「お母様、今晩のお夕食はどうされますか?」
今日はずいぶんと帰りが早い。
「うーん・・・簡単なのでいいよ」
「そうですか・・・では、野菜炒めを作ります」
「ああ~ありがとうー」
どうして、私の母は。
「ぷはー」
私を煙たがらない彼女が不気味で仕方ない。
リモコンを触る。
「お母様が好きなテレビドラマの再放送がやっておられましたので。事前に録画しておきました」
「あ~うれしい~流石、私の娘!」
彼女の笑顔はとても凛々しい。
「百合、先にお風呂に入ってきていいわよ」
床をみる。
「では、お言葉に甘えまして」
浴槽へ向かう。
「どうして・・・」
私より先に体を水で洗い流したいだろうに。
「分からないわ」
電話が鳴る。
「おかあ・・・」
音が止まる。
どうやら、母が受話器を取ったようだ。
「何を・・・」
電話で何を話しているのか知りたかったけど、母が小声で話すせいでここからは聞こえない。
でも、おおよそ予想はつく。私には彼女の背中をみるだけで充分だった。
「お風呂、上がりましたので私は自分のお部屋に・・・」
「百合、ちょっとこっちに来なさい」
「え」
「髪乾かしてあげる」
「ですが」
「いいから」
間。
「最近、学校はどう?」
「何の問題もありませんわ」
「そう・・・それはよかった」
母は俯いている。
「あの、私無理して学校に通う必要は」
握る手が少し強い。
「お母さん、頑張るから・・・」
逸らす。
母との会話から少し時が経ち。
母がお風呂に入っている。その隙に。
襖を開ける。
ある物を眺める。
「ねえ、お父さん」
「今、アナタはどこにいるの?」
私はお父さんに会いたい。
「私は父親との思い出がない」
父は私が物心つく前に家を出たと母から聞いた。
「私は母から逃げ出した理由が分かる」
親不孝な娘だからね。
「ギターに溺れたあなた」
どうやら、私は父の血が強いらしい。それでも・・・
襖を閉じる。
「百合~」
「お母様・・・私・・・」
「なあに?」
「いえ、なんでもありません」
私は母の子だ。




