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第20話 無意味

「私はただ、ギターが好きな人でありたかった」


「だって、それだけで特別だもの・・・」


 それだけで。


「錦はまた、平均点か」


 強さも弱さもない。


 教室のドアを力強く開ける。


視線はない。これが、普通だ。普通の人間が特別になんかなれやしない。私は静かに幽霊のように自分の席につく。


 そして、私の少し後に。


 同じく静かな動作でドアが開く。


「あ!野花―」


「おはよう」


 音。


「佐藤さんだ」


 視線が集まる。


「野花―後で勉強教えてー」


 唇を噛む。


「うん」


「またねー」


「また」


 観る。


観ていないと私は存在できないから。


次の日も。


「おはよう」


「おはよう」


 人の交わす挨拶を横目で見る。


 気配。


 足音。


「野花ちゃん、おっはー」


「おはよう」


「野花―」


 机に頭を伏せる。


「明日は野花の誕生日だね」


「ねえ」


「みんなでお祝いしよう」


「の、野花ちゃんは何か欲しいものあ、あるのかな?」


「はあ、何それ?アンタ媚びるんじゃないわよ」


「ご、ごめんなさい」


 ホント。


 ほんと。


 鐘。


「後で話そ」


 くだらない。


「あ、うん」


 視線。


 ノイズ。


 上を見上げた。


「私は今日も私は存在できなかった」


どうすれば存在できる?どうすれば。


「ギターだよ!」


 勢いよく声のした方向へ振り返った。


「ギターは人を特別にする力があるんだ」


「お前、声でけえよ」


「雄二、お前にだけは言われたくない」


 ギター・・・


「で、そのギターが人をどう特別にするんだ?」


「ギターはな!」


 耳を傾ける。


「ギターを弾ける人はそれだけで特別だよ!」


 特別。


「もし、この学校にギターを弾ける人がいるとするならばその人は」


 耳に手を添える。


「唯一の存在だ!」


 唯一。


「どうして?」


「だって、ギターを弾ける小学生なんて早々、いないだろ?」


「まあ、こんなにギターについて熱弁する誰かさんもギター弾けないしなー」


「うるせー。オレは弾けないんじゃなくて、弾かないの」


「はいはい」


 特別。その言葉に駆られ思わずその場を飛び出した。


 視線。


「なあ、あの人って」


「ああ」


 少し笑う。


「錦さんだよ」


「錦桃さん」


 慣れない足取りで家へと向かう。汗を拭う。音が邪魔をしている。


「お母さん!」


「あら、どうしたの?桃」


 見る。


「そんなに息を切らして」


 母は不思議そうに私を見つめる。


「おじいちゃんってギター持ってたよね?」


 首を傾げる。


「でも、今はどこにあるのか」


「ありがとう、お母さん」


「ちょっと、桃―」


 桃の表情。


「何かあったのかしら」


 前。


「けれど、あの子の顔はどこか」


「ふふ」


 嬉しそうだった。


「おじいちゃんは今どこに。ギターはどこに」


 分からない。


 分からない。


「はあはあ」


 笑う。


「今、一番生きてる心地がする」


「おじいちゃん!」


「なんじゃ、桃」


「ギター」


「ギターかい?」


 桃は急いで頷く。


「桃、ついにギターに興味を持ったのかい?」


 おじいちゃんは照れ臭そうに言った。


 だから、私は精一杯の笑顔をして見せた。


「よし、待ってなさい。今からじいちゃんのテクを見せて」


「場所だけ教えて」


 おじいちゃんは少し寂しそうにしていた。でも、うれしそうでもあった。


「ギターはあの蔵じゃよ」


 また、私は走り出した。あの時の私はただ、必死だった。生きるために。存在するために。


 学校にて。


 構える。


 腕を振り下ろす。


「に、錦さん?」


 視線。


 爪を弾く。


 クラス中に広がる。


 集まる。


 今、この瞬間だけは。


「ねえ、あの子」


 視線の中心だ。


 呼吸が乱れる。上手く酸素を取り込めない。一種の興奮状態で上手く酸素が回らないのだ。


「えー錦さんすごーい!」


 その一言で私の循環器は正常を取り戻した。その時に吸った空気はとてもおいしかった。


「錦さんギター弾けるのすごい」


 初めて。私は存在できた。そんな余韻に浸っているのもつかの間。ある音が私を現実に引き戻した。


「えー野花ってリコーダー吹けないの?」


 それはとっても嫌な音だった。


「そうなのー」


 視線が集まる。


「あの野花ちゃんが・・・」


 ひそひそと周りが声を上げ、その場はたちまち野花一色に染め上げられた。


 たった一つの音。一言で。私の音を。


「無理に合わせなくて・・・」


 かき消した。


「野花ちゃんは何でもできるから」


 爪が食い込むくらい拳を握る。


「佐藤さんって、リコーダーできないんだ」


「ねえ、錦さん知ってた?」


 頭を抑える。


「錦さん?」


 佐藤野花。


「アンタと一緒にいたら私は惨めで死にそうになるの」


 野花と目を合わせる。


「いつも、視線の真ん中にいたアンタが憎くて、憎くて」


 片目を隠す。


「ずっと、羨ましかった」


 体温が上昇する。


「私はずっと、存在理由を探していた」


 だから、特別になりたかった。


「特別じゃないと誰も観てくれないから」


 桃は続ける。


「そんな私でも家族は見てくれた」


 野花は目を逸らす。


「けれど、それは私をよりいっそう惨めにした。だって、その行為は家族を想っての行為であって、私自身を想っての行為ではないもの」


 そのあとの言葉は思いつかなかった。沈黙。それが続くと思った。私の一方的な叫びに野花は口を紡ぐ。そう思ったから。がっかりしたろうって。あなたのような特別な人が惹かれた人間の本性がこんなにも愚かで醜いなんて。今なら、百合の言ったことが分かる気がする。最上野花を特別から引きずり落としてしまうならのなら。人間性をも遥かに凌駕するギターという魔道具。そして、その魔道具から放たれる魔法。それこそが。


「私はあなたの音が嫌い」


 口を紡ぐと思った野花の口がひとりでに動き出した。だから、私は。


「え?」


 疑問を投げつけることしかできなかった。


「やっと、分かった」


 真っ黒な瞳で私を見つめてくる。


「あなたを好きな理由」


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