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第18話 CHERRY

「これが何か分かる?」


 反射。


「CD?」


「そう、大将のCD」


「ん?」


 手を前後に振る。


「ああ、ごめんごめん。私のお父さんの方の大将」


「そっちね」


「って、最上さんのお父さんって・・・」


「大将」


「そうなんだ」


 ありふれた名前。


「で、このCDなんだけど」


 間。


「何か、ト書きかなんかで百合乃花よりとか意味わかんないこと書いてあったけど」


「ふーん」


「でも、私と大将って名前が出ていたし」


「そうなんだ」


 百合は意図的に裏面を指で覆い隠しているように見えた。


「だから、きっと私に向けて大将が残してくれたもの」


「大将が二人・・・」


「ややこしいわね」


 微笑。


「それでね・・・」


 少し間を置いて話し始める。


「その大将、あなたと私がともに追いかけたあの男はね」


 息を飲む。


「とっくに死んでいたの」


 大将は首を曲げる。


「前に私のお母様のお話をしたでしょう?」


 頷く。


「その時、お母様がお父様、大将の写真と一緒に白いお花をお添えしていて。私それをみて勝手に大将を呪う儀式をしているんじゃないかって思ってたんだけど」


 一呼吸。


「まさか、仏壇だったなんて」


 手のひらを合わせる。


「百合。君は自分のお母さんのことを何だと思ってたの」


「お母様はお父様のことが嫌いだと思っていたから」


 目を逸らす。


「とにかく、お母さんはお父さんを恨んでなかったってこと」


「それでその時一緒の添えてあった白い花と」


 百合は何かを内ポケットから取り出す。


「そのお父様が最後に残した物がこれですわ」


 音の集合体。


「きっと、ここにはアンタの求める“あの音”も必ず」


「聴いても、無意味さ」


「どうして?」


 視線を落とす。


「弾いてはいけない音だからさ」


「弾いてはいけない音?」


「そうさ」


音楽を純粋に好いているのならば、弾いてはいけない。


 音。


「どういうことですの?」


「親父もそう言っていた」


「親父さん?」


「最初はみんなそうさ」


 百合は大将に目を合わせる。


「分かった」


「あの音が何なのか話してやる。親父とオレがいや、オレだけが追いかけたあの音を」


親父には届かない。


 幼少期。大将はあの音を追いかけていた。


「あら、大将。また、パソコン使うの?」


「うん!あの音を研究したいんだ」


「研究ってそれはいいけどね。あまり、パソコンばかり見てると目悪くするわよ」


「分かってる」


「それにお父さんのギター、仕事に行っている間は使っててもいいわよ。家ではダメだけどね」


 首を横に振る。


「そう」


 大将は音を司る金箱を丁寧に運び出す。


「あの音を」


 ぼくは学校から帰ってはパソコンとにらめっこをする生活を毎日続けていた。そんなある日。


「お父さんは今日もお仕事?」


「そうなのよ」


僕の親父はというと会社の片手間、趣味でギターを弾いていたが、もうすっかり手につけなくなっていた。


「あっそ」


もちろん、趣味とは自分で言っているだけで本心はわからない。会社員をやりながら夢を追いかけるのは現実的ではない。


「もういい」


自分の才能があるのか?そういうのにも向き合っていたんだろう。親父のことなんてわかりやしない。オレたちを支えるために懸命に働く親父のことなんて。


「大将、お前の名前はな」


だから、オレに託したんだと思う。はじめからそのつもりで。


「あの男から取ったのだ」


オレはそれが嫌だった。


「お前があの音を弾くのだ」


親父の夢を継ぐのではなく、一緒に追いかけたい。そうあの時は願っていた。


「親父は・・・」


「お前は“あの音を”追いかけろ」


“あの音”に感動した父よ。最初はそう思いたかった。感動は人によって違うのに。


「なぜ、二人で追いかけられると思ってしまったのか。あの時に確認したはずなのに」


 初めて“あの音”を聴いた日。


「大将、ライブに行くぞ」


「いいよ、ライブなんて」


「いいから来なさい」


 これまで、自分の話題なんて出さなかった父が初めて僕に打ち明けた。


 電車に揺られながら向かう最中、一切言葉を交わすことはなかった。思春期あるあるというのか。それでも、親父は少し変だった。僕はともかく親父まで一言も発さないなんて。


「着いた」


 親父がそう小声で囁いた時、何かただならぬ気配が僕の全身を覆った。


 ライブ特有の静けさ。


 僕は振り返った。一体、これから何が始まろうというのか。まるで、ワールドカップを目前にしたような。


「親父」


 この空気に耐えられず親父に助言を求めた。だが、親父はこちらをみることもなくただ、前を向いて何かを待っていた。何かを。そして、照明がつくと同時に現れた男が一人。そう、一人だった。そして。


 “あの音”が鳴る。


 それを聴いた時、まるで雷に打たれたような衝撃が僕の中であった。雷なんて打たれたことないけど。確かにそんな感覚があったんだ。それともう一つ驚いたのが。


 後ろからの歓声。


 振り返る。


 泣き叫ぶ者。感動に浸り静かに拍手する者。無表情な者。分からない感情。


 感動が波のように押し寄せたことに。


 視線をすぐ、横にずらす。


 横にいる親父の表情をみる。


 親父の表情に変わりはない。親父の顔に変化があるとすれば唇から血が出ていたことだけだろう。


「分からない」


 親父の感情が。


 “あの音”は人の色んな感情を引き出す。


「僕の感情は」


 弾きたい。


「親父は」


 その時から何年も。


「だから、親父オレは・・・」


「お前にオレのギターをやる」


 内心はうれしかった。ギターが弾けるって。だけど。


「代わりなんてごめんだね」


 そうだ、オレは親父の夢の代替え品じゃない。


ドアを無理やりこじ開ける。


「おい!大将!」


 何日も。何か月も。何年も。


「お母さん、今日お父さんは?」


「今日も仕事が長引いてるみたい」


仕事が忙しくなり、趣味ですらギターを弾かなくなった。オレの目の前には弾かれなくなったギターがある。


「弾きたい」


 弾く理由は十分にある。でも。


「弾かない」


オレは必ず自分で手に入れる。親父の手は借りない。夢を諦め一方的に譲渡する人間の助けなど借りはしない。


「母さん、パソコン」


「はいはい」


 研究しろ。探求しろ。弾くだけじゃない。“あの音”は。キーボードを強引に押す。古臭いデバイスから接続し、スピーカーに耳を近づける。


「やっぱり、あの時の音とは違う」


 あの時の感動じゃない。そして、オレは。


 立てかけられたギターを見る。


 息を吐く。髪をぐしゃぐしゃに搔き乱す。


「お母さん」


「何?大将」


 そう、オレは大将。


「ちょっと家出てくる」


「大将?」


 ああ!


「どうしようか」


 このギターを。


「クソ」


 ギターを持ち出してどうしようというのか。いっそのことどこかで売ってそれで。もう弾くのに囚われたくない。囚われてしまえば抜け出せない。そうだ、きっと親父も。


 走り出してからどこまで来たのか。見覚えのない通り。如何わしい女がオレを見つめている。


「薄暗い」


 陰湿な気配のする道。ただ、進む。ギターを抱えて。


「へい、兄ちゃんそれギターかい?」


 陰湿なところに陰湿な男。


「ああ、そうだけど?」


「ちょっと、それよこせよ」


「いや」


「いいから」


 ギターなんて。


「オレ最近、金なかったからよー」


「は?」


「売れる、売れる」


「何言って」


「お前、どうせ弾かないんだろ?」


「は?」


「分かるぜー。お前の指を見たらよー」


 指へ視線を移す。


「ギターなんてクソだよなー」


「分かるぜ、兄ちゃん」


 その男は瞬き二回した。


「ギターなんかに出会わなければよー」


「オレは・・・」


「だから、それをよこせよ。オレが代わりに成仏させてやっから」


 男は強引に腕を掴み、ギターを狙う。だから、オレは無理やりその腕を振り払った。


「ころ」


「やめろ!」


「いいから」


 思いっきり振りかざす。


「ああ!」


 鈍い音とともに男はその場に倒れこんだ。その周りに人が集まってくる。うるさい音が。


「おい、血が」


「大丈夫かな」


「うるさい」


 色がだんだん広がっていく。オレはそれをただ、眺めている。


「おい。お前!」


 やがて、オレは防護服を着た連中に取り押さえられた。その場に倒れこんだ男は白い乗り物にこれまた、うるさい音を鳴らしながらどこかへ運んでいった。その音がどんどん離れていったとき、頭の中にあったのは。“あの音”だった。


 いらない音。


「お、れは」


「ギターは」


「何だ」


「弾かない」


 真っ白な壁。淡いグリーンのカーテンに閉じ込められている。


「失礼します」


 防護服を着た男。


「お父様、これは立派な傷害事件ですよ」


 頭を下げる親父。


「いくら、相手からギターを奪われそうだったとはいえ」


 何も言わず、頭だけを下げる親父。


「幸い軽傷で済みましたし、相手の方は問題にしないというのでこれ以上はこちらからは申し上げられませんが」


 オレの殴った相手はこちらを見つめている。すると、その男は手を仰いでこちらに来るように促した。男は視線を下に落とす。オレはそこへ軽くスキップするようなリズムでそこへ向かう。男は下にあった視線をオレの目線に合わせるように体を起こした。


「君はギターというものをご存知かい?」


 突拍子もない質問にオレは微笑した。


「ギターは人を魅了し、同時に狂わせる悪いやつさ」


 やけに子供っぽい言い方をするので。


「人のギターを奪って売ろうとする悪いやつだもんね」


 子供っぽい煽りで返した。


「そうだね、オレはとことん悪いやつさ」


 どこか哀愁を漂わせる態度に苛立ちを覚える。


「これで、きっぱりギターから離れられる」


「悪人同志」


 弾く権利はもう。オレは真っ白な要塞を後にする。


「大将、お前は・・・」


「親父、ごめん迷惑かけて」


「オレ」


「大将・・・」


 空を見上げる。夕日がオレを差し殺す。


「“あの音”を追いかけるのはもうやめるよ」


 ギターを弾かない理由ができた。


「親父の言う通り」


 なのに。


「錦さん?」


 また、あの音を見つけてしまった。


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