番外編・大切な護衛騎士の話②(フィオナ姫視点)
それからの日々はフィオナにとって、とても楽しいものだった。
「セシリアは、何か好きなものってある?」
「そうですね……この国の茶葉を使ったお茶が好きです」
「え、あの苦いお茶が……?大人の味覚だと美味しいと感じるみたいだけど、私は苦くてちょっと苦手だわ」
「はい、確かに苦味はありますね。ですが、意外と後味がすっきりしていて飲みやすいんですよ。それに、甘いものにもよく合いますし」
ふふっと楽しそうにそう言われ、大人っぽいのは味覚もなのかしら、などと思った。
かと思えば、フィオナが新しく誂えた装飾品を身につけていると、セシリアがうっとりとした視線を向けてくることもあった。
「……そのドレス、とてもお似合いですね」
思わず、といった風にセシリアにそう言われ、フィオナが少しだけ驚きつつ返す。
「……セシリア、こういうの好きなの?」
「ええ……実は」
少しだけ照れたように目を伏せるその仕草が、年相応の令嬢らしくて、妙に可愛らしく写った。
(……セシリアって、こんな可愛い一面もあるのね)
知らなかった彼女の一面を、また一つ知る事が出来て、とても嬉しい気持ちになった。
それ以来、フィオナは、セシリアに似合いそうなドレスや装飾品を見つけるたび、自らの私財で彼女に合わせたものを用意することが増えていった。
いつか機会を見つけて、それを身にまとわせてみたいと、そんな思いを、密かに抱きながら。
けれど、剣を握った時のセシリアは、まるで別人だった。
一切の妥協を許さないその姿は、どこまでも苛烈で、鬼気迫るものがあった。
父や兄との稽古では、どれだけ打ちのめされても食らいつき、稽古が終わった後も、彼女は剣を置かず、誰もいなくなった庭で、一人、何度も何度も剣を振るっている。
空き時間には書庫へ向かい、膨大な書物の中から、何かを探し続けるその姿は、焦燥すら感じさせた。
(……どうして、そこまで)
そして、時折誰にも気づかれない一瞬、セシリアのその瞳から、すべての光が消えることがある。
凍りついたような、底の見えない闇。
(……あの目)
ぞくり、と背筋が粟立つ。
普段の彼女からは想像も出来ないそれに、胸の奥がざわついた。
国のため、フィオナを守るために彼女が強くなろうとしているのは、間違いない。
けれど、それだけではない。もっと深いところに、何かがある。
彼女を縛りつけている、見えない何かが。
セシリアを縛っているそれを、取り除いてあげることは出来ないだろうか。
いつしかフィオナはそんなことを、考えるようになっていた。
*
そんなある日、フィオナがレオナルドに用事があって執務室を訪れた時のこと。
扉の向こうから、聞き覚えのある声がした。
「……セシリア・ヴェルモンド嬢に、求婚しようと考えています」
真剣に話すその声に、フィオナは思わず息を潜めた。
その声に応じる、兄の声が続く。
「へえ、……あのセシリアにか?」
それはどこか興味を含んだ、楽し気な響きだった。
「だが、彼女はフィオナの護衛を理由に縁談を全て断っているぞ。生涯、結婚をする気が無いらしい」
「ええ、それも承知の上です」
「そうか。ふうん、お前が、ねぇ……」
そして兄が話をしている相手は、あのエドガー・アルヴェインだと気づいた。
兄のレオナルドは一見人当たりが良く、非常に頭の切れる、素晴らしい王太子だ。
けれどその実、とても警戒心が強く、簡単には人に心を開かない。
エドガーはそんな兄ですら、全幅の信頼を寄せている人物である。
その顔が浮かんだ瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
エドガーであれば、セシリアを縛りつけている、見えない何かに届くことが出来るかもしれないと、そう思った。
セシリアが結婚をしない事を決めているのは、社交界でも有名な話だ。
それでも求婚を試みる者はいるらしいが、父親であるヴェルモンド伯爵が、どうせ頷かないことは分かりきっているからと、彼女まで話を持っていく前に止めているらしい。
(……これは王女の私が、一肌脱ぐしかないわね)
フィオナは静かに息を吐き出すと、楽しげに笑みを浮かべた。




