番外編・大切な護衛騎士の話③(フィオナ姫視点)
エドガーなら、きっとセシリアを幸せにしてくれる。
そう思えたのは、ほんの直感だったのかもしれない。
けれどフィオナにとっては、それで十分だった。
そう思ったからこそ、フィオナは迷いなくヴァルモンド伯爵へ、縁談の話を持ち込んだのだった。
そして、
「フィオナ様っ!一体どういう事ですか!」
伯爵からセシリアに話が伝わったその日のうちに、セシリアはフィオナのもとに訪れた。
(本当に真っ直ぐね)
そういうところも気に入っているけれど、その勢いに少し笑えてしまった。
どうせなら、この機会を最大限に活かそうと、フィオナは考えた。
ちょうどこの後、兄レオナルドとエドガーとのお茶会が予定されている。
(せっかくなら、会わせてしまいましょう)
そう思ったのは、半分は善意、そして半分は好奇心だった。
そしてもう一つ。
この機会に、以前からやってみたいと思っていたことも、実行することにした。
「じゃあ、ちょっと付き合いなさい」
「……へ?」
セシリアがとても珍しく、間の抜けた声でぽかんとした表情を浮かべる。
その姿があまりにも可愛く思えて、思わず笑ってしまいそうになった。
その後は、もう嵐のようだった。
メイドたちに連れ去られていくセシリアを見送りながら、フィオナは満足げに頷く。
(さて、どうなるかしら)
しばらくして、再び姿を現したセシリアを見て、フィオナは思わず息を呑んだ。
薄桃色のドレスに身を包み、丁寧に整えられた髪。
控えめながらも品のある装飾が、その美しさをより引き立てている。
(いい仕事をしたわ)
内心で満足しながら、にこりと微笑む。
「素敵ね、セシリア」
そう言うと、どこか落ち着かない様子で戸惑う姿が、また愛らしい。
「あなた、綺麗なんだから、普段からそういう格好もすれば良いのに」
「……ありがとうございます、フィオナ様。ですが、この格好では……いざという時に姫をお守りできませんから」
即座に返ってきたその言葉に、思わず苦笑し、言った。
「もう、真面目なんだから」
だが、そんなところも含めて彼女なのだと思った。
そのまま庭園へと向かい、ガゼボへと足を運ぶ。
そこにはすでに、レオナルドとエドガーの姿があった。
そしてセシリアの姿を見た瞬間の、エドガーの反応は、フィオナの予想の斜め上をいくものだった。
(あそこまでの執着は、予想外だったわね)
普段の彼からは想像もできないほど、露骨に表情が動いた。
視線はセシリアに釘付けになり、言葉もわずかに遅れる。
それでいて、取り繕おうともせず、レオナルドや、女のフィオナにまで露骨に嫉妬してくる始末で。
あそこまで分かりやすく感情を表に出すエドガーの姿など、初めて見た。
「……お兄様、あれは本当にエドガーなのですか?」
「ああ。丁度、私も同じことを思っていたところだ」
エドガーとセシリアが庭園に向かった後、レオナルドと二人でそんなことを言い合い、笑いが漏れた。
(本気なのね)
あの男が、あそこまで変わってしまうほどに。
そう思うと、とても嬉しい気持ちになった。
そして、変わったのは、エドガーだけではなかった。
セシリアもまた、少しずつ変わっていった。
エドガーに振り回されるたび、呆れつつも、ふとした時の表情がほんの少し柔らかくなり、言葉に余裕が生まれた様に感じた。
(……良い変化だわ)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
あの、どこか張り詰めていた空気が、少しずつほどけていくのが分かった。
だからフィオナは思った。
(これからも、ちゃんと後押ししてあげないと)
大切な護衛騎士のために、できることなら何でもしてあげたいと、そう思った。
*
そして、ある時、気が付いたのだ。
「……あれ?」
セシリアと顔を合わせたその瞬間、その違和感に、思わず目を細める。
(……なくなってる)
あの、危機迫るような必死さが、何かに追われるような、張り詰めた空気が、綺麗に消えていた。
そこにあったのは、穏やかで、落ち着いた気配。
まるで、長い間抱えていた何かを、ようやく手放せたかのような、そんな空気を纏っていた。
そして、その変化の理由も、すぐに理解した。
「……そう、結婚することに決めたのね。おめでとう、セシリア」
セシリアから、エドガーの求婚を正式に受けたと聞いた時、フィオナは静かに息を吐いた。
「良かった……」
胸の奥に広がるのは、安堵と心からの、喜びだった。
セシリアが、自ら選んだ未来が、幸せへと繋がっているのなら、これ以上のことはない。
その時、フィオナの頭にふと何かが過った。
それは遠い遠い、はるか昔。
あの日も自分は、ただ一心に彼女の幸せを願っていた。
けれど、結局彼女の幸せな姿を見ることは叶わなず、それが、とても心残りだった。
何故か分からないけれど、ふと、そんな気がした。
そしてフィオナは願う。
私の大切な護衛騎士が、これから先の人生は、ずっと幸せでありますように、と。




