番外編・敬愛するあの方の話①(クラウス視点)
ヴァルモンド伯爵家に生まれたクラウス・ヴァルモンドは、幼い頃から剣と共に生きてきた。
王宮騎士団の総司令官である父は、情を挟まず、実力のみで人を測る人物だった。
血筋や立場に甘えることを許さず、子であろうと容赦はない。
幼い頃から木剣を握らされ、倒れれば立てと叱責され、泣けば叩き直された。そこに甘さは一切なかった。
だがその厳しさが、不器用なりの情であることを、クラウスは知っていた。
そして、父にとって何よりも優先されるのは、ただ一つ。
王宮騎士として王を守り抜くことだった。
その教えは、疑う余地もなくクラウスに根付いている。
己を鍛え、強くなるのは、その使命を果たすために他ならなかった。
そんなクラウスの傍らには、常に妹のセシリアがいた。
妹は華奢な体でありながら、誰よりも負けず嫌いで、何度倒されても立ち上がった。
父の叱責にも怯むことなく、ただ前を見据え続けるその姿に、何度舌を巻いたか分からない。
気づけば、守るべき存在であるはずの妹は、並び立つ相手となっていた。
そんな妹があの日言った言葉に、クラウスは最初、耳を疑った。
「私は、どこにも嫁ぐつもりはありません」
その声は静かで、それでいて揺るがぬ声音だった。
貴族の娘として、その選択はあまりにも異質だ。
だが、その瞳を見た瞬間、クラウスは理解した。
あれは、誰にも折れない目だ。
幼い頃、父に何度打ち据えられても立ち上がり続けた時と同じ光を宿していた。
ならば、口出しをする理由はないと思った。
ヴァルモンドの家督は、自分が継ぐ。
妹は妹の望むままに生きればいい。
それがクラウスの出した結論だった。
エドガー・アルヴェイン公爵から、縁談の話が持ち込まれるまでは。
その名前を耳にした時、クラウスの脳裏に、初めてエドガーに会った、あの日の光景が蘇った。
*
王宮に仕える近衛騎士としての日々は、規律と鍛錬の繰り返しだ。
朝から晩まで剣を振るい、己を研ぎ澄ませる。無駄な感情を挟む余地はなく、ただ任務と責務を果たすことに集中する。
それがクラウスの生き方だった。
その日もまた、いつもと変わらぬ訓練の最中だった。
王宮の訓練場には、乾いた金属音と掛け声が絶え間なく響いている。近衛騎士団の面々が、各々模擬戦に打ち込み、汗を流していた。
その中にあって、ひときわ静かなざわめきが広がった。
「アルヴェイン公爵が視察に来られるらしい」
誰かの小声が耳に入り、クラウスは内心でわずかに眉をひそめた。
公爵家当主ともなれば、本来は政務を担う立場だ。
剣を振るう場に顔を出すなど、余程の物好きか、あるいは形式的な顔出しに過ぎない。
(……厄介な相手でなければいいが)
少し不安感を覚えつつも、意識を訓練へと戻した。
だが、その後すぐ、誰かに声をかけられた。
「クラウス卿、お手合わせ願おう」
振り返るとそこに立っていたのは、確かにエドガー・アルヴェイン公爵その人だった。
威圧もなければ、誇示もない。落ち着いた佇まいで、ただ静かに言葉を差し出している。
けれど、その奥にある、圧倒されるほどの強者の気配に、クラウスは思わず息を呑んだ。
彼は只者ではないと、そう直感が告げていた。
「……私でよろしければ、お相手いたします」
形式に則り一礼を返し、剣を取る。
互いに間合いを測り、次の瞬間には、鋭い踏み込みと共に刃が交錯した。
エドガーから放たれる、無駄のない研ぎ澄まされた一撃は、重く激しい。それでいて、ただ力が強いというわけではなかった。
剣筋には一切の迷いを含まず、ただ最短で急所へと至る軌道を描いていた。
数合打ち合うだけで、相手が並の使い手ではないことは明らかだった。
(……なるほど、噂以上の腕だな)
互いに一歩も譲らぬ攻防が続く。
剣と剣がぶつかり合うたび、鋭い音が空気を裂いた。
長く続いた均衡が、わずかに傾いた。
クラウスが刃を絡め取るようにしてエドガーの剣筋を外し、一歩、深く踏み込み、間合いを奪った。
エドガーは後手に回る。
けれど、受けに回らされながらも、崩れることはなかった。
打ち込まれる刃を受け流し、半歩だけ退く。
その動きで、わずかに体を開く。
流した勢いのまま、エドガーの刃が下から跳ね上がり振り抜かれた、その時。
不意に、背後でざわめきが起きた。
クラウスは意識の端で、別の模擬戦をしていた、近衛とは明らかに動きの異なる、王城に入りたての若い騎士の姿を捉えた。
その騎士は足を滑らせ、大きく体勢を崩していた。
対する相手は、その隙を見逃さない。
普段から豪快で力加減を知らない騎士の振り下ろす一撃は、訓練用とはいえ、当たりどころが悪ければ無事では済まない。
だが止めるには遠いと、そう判断するには十分な距離とタイミングだった。
けれどその瞬間、エドガーが躊躇なく動いた。




