三十一話 呪いの再会③
それからセシリアは、強くなるための鍛錬を続ける傍ら、もう一つのことにも、執着するように取り組むようになった。
それは、相手に真の絶望を与える術を知ることだった。
剣技や体術だけではなく、毒、暗殺、精神への干渉、拷問など、ありとあらゆる手段を、選り好みすることなく調べ上げた。
どれが最も深く相手に絶望を刻み込めるのか。どれが最も逃れられない報いを与えられるのか。
調べ尽くしたその先で、やがて一つの術に辿り着いた。
それが、呪い返しだった。
それは、単なる防御ではない。相手の呪いを打ち消すのではなく、受け止め、捻じ曲げ、増幅させ、そのまま叩き返す。
必要なのは、相手を上回る魔力、あるいは、それに匹敵するほどの強く揺るがぬ精神。
強い心から返される呪いは、元の比ではない。
激しく膨れ上がった憎悪が、相手を侵す。
それを知った瞬間、セシリアはこれしかないと思った。
これ以上に相応しい方法など、他にはないとさえ思えた。
あの時、自分に放たれた呪い、あの憎悪。
それをそのまま、いや、それ以上の形で、叩き返す。
これ以上に公平で、残酷で、完璧な報いがあるだろうか。
自然と、笑みが零れた。
その笑みは、どこまでも冷たく、乾いたものだった。
だが、これを確実なものにするには、いくつか条件があった。
まず第一に、リリィの生まれ変わりに、自分へ呪いをかけさせること。
そして第二に、その女と直接顔を合わせること。
呪いも呪い返しも、相手の姿を鮮明に思い描けなければ成立しない。
互いに相手を認識したうえで、一度は向き合う必要があった。
リリィの生まれ変わりが、フランシスの領主として存在していることは、すでに掴んでいる。
だが、前世のように表へ出ることは少なく、領主は一介の伯爵令嬢が容易に会える相手ではない。
だからこそ、最も確実なのは、王宮騎士になることだと思った。
王宮に属せば、身分の高い人物と関わる機会は自然と増える。
その中で、あの女と対峙する機会を狙い、確実に引き寄せることができると、そう考えた。
自分がカトリーナの生まれ変わりだと知れば、あの女は必ずまた呪ってくる。
あの底のない憎悪を、再び自分へ向けてくる。
それが分かっていたからこそ、この方法は最初から完成していた。
あとは、力を満たすだけだ。
セシリアは、さらに己を鍛え上げていく。
肉体を削り、限界を越え、何度倒れても立ち上がる。
精神を研ぎ澄まし、雑念を削ぎ落としていく。
強くなる、ただそのために、全てを費やした。
誰よりも強く、誰よりも冷酷に。復讐を成し遂げるための器へと、自分自身を作り変えていった。
けれど、冷酷に生きようと必死にもがくセシリアに、想定外のことが起きた。
ただリリィに絶望を与えるためだけに生きるには、今世の世界は、あまりにも眩しすぎたのだ。
気づけば、セシリアの周りには多くのものがあった。
温かな食卓、穏やかな会話、何気ない日常。
前世では決して手に入らなかった、大切なもの。
不器用ながら、愛情深く娘想いの父。
厳しいけれど、ひたすらまっすぐ信念を貫く兄。
家族を何より大切にする優しい母。
そして、敬愛する主であるフィオナ姫。
最初は王宮騎士になる目的のために近づいたはずだったのに、今では、何ものにも代えがたい存在になっていた。
それから、エドガー。
どれだけ逃げても追い続けてくれて、ついに想いを通わせた、前世からの最愛の人。
大切な彼らと過ごすうちに、前世のしがらみなど忘れて、この温もりの中で今を生きていければ、それで充分なのではないかと、そう思うことすらあった。
だが、その度に、胸の奥で燻る憎悪が強く叫んだ。
あの痛みを、あの絶望を、忘れるな。
すべてを奪われ、踏み躙られ、殺された自分を、なかったことにするなと。
その悲痛な叫びに抗うことなど、できなかった。
けれど同時に、セシリアは理解していた。
今の自分は、もう一人ではない。
だからこそ、この復讐に、彼らを巻き込むわけにはいかない。
法の整備されたこの国では、殺しは必ず裁かれる。
『呪い』はその中でも、重罪にあたる。
もっとも、憎悪に歪んだあの女が、理や法で踏みとどまるとは思えないが。
だからといって、こちらまで同じ罪を背負うわけにはいかなかった。
だが、『呪い返し』であれば話は別だ。
それは、相手の呪いに対する自衛であり、罪に問われることはない。
だから、誰にも迷惑をかけずに終わらせることができる。
その意味でも、この選択は最善だと思った。
本当は、あの時、エドガーの手を取りたかった。
逞しいあの胸に、縋ってしまいたかった。
けれど、その想いも断ち切った。
もし失敗すれば、自分はまた、命を落とすかもしれない。
その時、彼にまで何かあればそれだけは、耐えられなかった。
大切なものを知ってしまったからこそ、失うことが何よりも怖かった。
だからセシリアは、一人で向かうことを選んだ。
すべてを終わらせるために、ヴィクトリアの屋敷へと向かったのだった。
そうして、復讐は果たされた。
目の前には、絶望に染まり、もはや身動き一つ取れなくなったヴィクトリアの姿があった。
自らの憎悪に呑まれ、精神が静かに蝕まれている。
彼女はこれから先、命を落とすことすら許されず、自らが生み出したその身に刻まれたものと共に、死ぬより過酷な報いを受け続けるのだろう。
セシリアは、そんなヴィクトリアの姿を、ただ静かな瞳で見つめていた。
その時、後ろから声がかかった。
「セシリア……」
振り返ると、そこには息を切らしながらも、どこか苦しげに表情を歪め、真っ直ぐにセシリアを見つめるエドガーがいた。




