表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今世では恋を諦めた伯爵令嬢ですが、前世の夫が今世で執着してきます  作者: 陽ノ下 咲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/34

三十一話 呪いの再会③

 それからセシリアは、強くなるための鍛錬を続ける傍ら、もう一つのことにも、執着するように取り組むようになった。


 それは、相手に真の絶望を与える術を知ることだった。

 剣技や体術だけではなく、毒、暗殺、精神への干渉、拷問など、ありとあらゆる手段を、選り好みすることなく調べ上げた。

 どれが最も深く相手に絶望を刻み込めるのか。どれが最も逃れられない報いを与えられるのか。

 調べ尽くしたその先で、やがて一つの術に辿り着いた。


 それが、呪い返しだった。


 それは、単なる防御ではない。相手の呪いを打ち消すのではなく、受け止め、捻じ曲げ、増幅させ、そのまま叩き返す。


 必要なのは、相手を上回る魔力、あるいは、それに匹敵するほどの強く揺るがぬ精神。

 強い心から返される呪いは、元の比ではない。

 激しく膨れ上がった憎悪が、相手を侵す。


 それを知った瞬間、セシリアはこれしかないと思った。

 これ以上に相応しい方法など、他にはないとさえ思えた。


 あの時、自分に放たれた呪い、あの憎悪。

 それをそのまま、いや、それ以上の形で、叩き返す。

 これ以上に公平で、残酷で、完璧な報いがあるだろうか。


 自然と、笑みが零れた。

 その笑みは、どこまでも冷たく、乾いたものだった。


 だが、これを確実なものにするには、いくつか条件があった。


 まず第一に、リリィの生まれ変わりに、自分へ呪いをかけさせること。

 そして第二に、その女と直接顔を合わせること。


 呪いも呪い返しも、相手の姿を鮮明に思い描けなければ成立しない。

 互いに相手を認識したうえで、一度は向き合う必要があった。


 リリィの生まれ変わりが、フランシスの領主として存在していることは、すでに掴んでいる。

 だが、前世のように表へ出ることは少なく、領主は一介の伯爵令嬢が容易に会える相手ではない。


 だからこそ、最も確実なのは、王宮騎士になることだと思った。

 王宮に属せば、身分の高い人物と関わる機会は自然と増える。

 その中で、あの女と対峙する機会を狙い、確実に引き寄せることができると、そう考えた。


 自分がカトリーナの生まれ変わりだと知れば、あの女は必ずまた呪ってくる。

 あの底のない憎悪を、再び自分へ向けてくる。


 それが分かっていたからこそ、この方法は最初から完成していた。 


 あとは、力を満たすだけだ。


 セシリアは、さらに己を鍛え上げていく。

 肉体を削り、限界を越え、何度倒れても立ち上がる。

 精神を研ぎ澄まし、雑念を削ぎ落としていく。


 強くなる、ただそのために、全てを費やした。


 誰よりも強く、誰よりも冷酷に。復讐を成し遂げるための器へと、自分自身を作り変えていった。



 けれど、冷酷に生きようと必死にもがくセシリアに、想定外のことが起きた。

 ただリリィに絶望を与えるためだけに生きるには、今世の世界は、あまりにも眩しすぎたのだ。


 気づけば、セシリアの周りには多くのものがあった。


 温かな食卓、穏やかな会話、何気ない日常。

 前世では決して手に入らなかった、大切なもの。


 不器用ながら、愛情深く娘想いの父。

 厳しいけれど、ひたすらまっすぐ信念を貫く兄。

 家族を何より大切にする優しい母。

 そして、敬愛する主であるフィオナ姫。

 最初は王宮騎士になる目的のために近づいたはずだったのに、今では、何ものにも代えがたい存在になっていた。


 それから、エドガー。

 どれだけ逃げても追い続けてくれて、ついに想いを通わせた、前世からの最愛の人。


 大切な彼らと過ごすうちに、前世のしがらみなど忘れて、この温もりの中で今を生きていければ、それで充分なのではないかと、そう思うことすらあった。


 だが、その度に、胸の奥で燻る憎悪が強く叫んだ。


 あの痛みを、あの絶望を、忘れるな。

 すべてを奪われ、踏み躙られ、殺された自分を、なかったことにするなと。


 その悲痛な叫びに抗うことなど、できなかった。


 けれど同時に、セシリアは理解していた。

 今の自分は、もう一人ではない。


 だからこそ、この復讐に、彼らを巻き込むわけにはいかない。


 法の整備されたこの国では、殺しは必ず裁かれる。

 『呪い』はその中でも、重罪にあたる。

 もっとも、憎悪に歪んだあの女が、理や法で踏みとどまるとは思えないが。

 だからといって、こちらまで同じ罪を背負うわけにはいかなかった。


 だが、『呪い返し』であれば話は別だ。

 それは、相手の呪いに対する自衛であり、罪に問われることはない。

 だから、誰にも迷惑をかけずに終わらせることができる。

 その意味でも、この選択は最善だと思った。


 本当は、あの時、エドガーの手を取りたかった。

 逞しいあの胸に、縋ってしまいたかった。


 けれど、その想いも断ち切った。


 もし失敗すれば、自分はまた、命を落とすかもしれない。

 その時、彼にまで何かあればそれだけは、耐えられなかった。


 大切なものを知ってしまったからこそ、失うことが何よりも怖かった。


 だからセシリアは、一人で向かうことを選んだ。


 すべてを終わらせるために、ヴィクトリアの屋敷へと向かったのだった。


 そうして、復讐は果たされた。


 目の前には、絶望に染まり、もはや身動き一つ取れなくなったヴィクトリアの姿があった。

 自らの憎悪に呑まれ、精神が静かに蝕まれている。


 彼女はこれから先、命を落とすことすら許されず、自らが生み出したその身に刻まれたものと共に、死ぬより過酷な報いを受け続けるのだろう。


 セシリアは、そんなヴィクトリアの姿を、ただ静かな瞳で見つめていた。

 


 その時、後ろから声がかかった。


「セシリア……」


 振り返ると、そこには息を切らしながらも、どこか苦しげに表情を歪め、真っ直ぐにセシリアを見つめるエドガーがいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ