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今世では恋を諦めた伯爵令嬢ですが、前世の夫が今世で執着してきます  作者: 陽ノ下 咲


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第二十八話 デートに誘われて④

 一瞬、時間が止まったような静寂に包まれる。

 エドガーは、目を見開いたまま、セシリアを見つめた。


「……気づいて……いたのか……」


 低くかすかに揺れる声でそう言った。

 それが、すべての答えだった。


「……いえ」


 セシリアは、首を横に振る。


「もしかすると、と思うことは、これまで何度かありました。でも……そんなはずはないと、ずっと否定していて……」


 涙で滲む視界の中で、それでもまっすぐに彼を見つめる。


「……けれど、やはりあなたはアレクサンダー様だったのですね」


 その言葉に、エドガーはゆっくりと頷いた。


「ああ……そうだ」


 そして、もう隠すことなく、続ける。


「カトリーナへの気持ちに気づいてから、ずっと」


 エドガーの言葉が、震える。


「カトリーナと……セシリア、お前だけを愛している」


 そう言うエドガーの頬に、大粒の涙が伝った。

 普段の彼からは想像もつかないほど、感情を露わにしている。

 その姿がたまらなく愛おしくて、セシリアは衝動のままに動いていた。


「……っ」


 その胸へと、飛び込むように抱きつく。


「私も……」


 声が震える。


「私も、ずっと……あなたを、愛しています……」


 あの頃からずっと抑え込んでいた想いが、すべて溢れ出した。


 その言葉に、エドガーの身体がびくりと震えた。

 そしてセシリアをぎゅっと、強く抱きしめ返した。

 壊れてしまいそうなほど強く抱きしめるその腕の中にいることが嬉しくて、セシリアはまた涙が溢れた。


 長い時間そのまま抱きしめあった後、ゆっくりと、身体が離れる。

 エドガーが両手でセシリアの頬を包みこみ、顔を上げる。

 至近距離でセシリアを見つめるその瞳には、隠しきれない熱が宿っていた。


「セシリア……」


 低く、掠れた声で囁く。


「キスしても、構わないか?」


 セシリアは一瞬、息を呑む。

 けれど、迷いなく返した。


「はい」


 静かに、微笑む。


「嬉しいです、エドガー様」


 その言葉を合図に、唇が重なった。

 最初は、そっと触れるだけの優しい口づけ。

 だが次第に、それは熱を帯びていく。

 求めるように深く重なり合う唇は、まるで想いが、そのまま形になったかのようだった。

 息が乱れ、胸が苦しくなるほどに、心が満たされていく。

 ようやく離れた時、互いに呼吸を整える。

 それでも、視線は離れない。

 ずっとこのままこうしていたい。

 そう思ってしまうほどに、幸せな時間だった。



 *


 エドガーがセシリアを屋敷まで送り終えた別れ際。

 その空気は、何故かとても重かった。

 セシリアは、繋がれた手をそっと離して、ゆっくりと顔を上げた。

 まるでこの世の終わりのような今にも泣き出しそうだった。


「……エドガー様」


 声が、かすかに震える。

 セシリアは切ない声でエドガーを見つめ、彼女が結婚を拒む、もう一つの理由を告げる。


「私には、……現世で必ずやり遂げると決めたことがあります」


 言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。


「ですから、例え相手があなたであっても、結婚することは出来ません」


 ぽろり、と一筋の涙が頬を伝う。

 それでも、言葉を止めない。


「けれど……私は、エドガー様と……」


 ぎゅっと胸の前で手を握る。


「アレクサンダー様だった頃からずっと、あなたを愛することができて……とても幸せでした。あなたは、私の、そしてカトリーナの唯一で、全てです」


 震える声で、想いを伝える。


「そしてあなたからも、愛して貰えた。……もう、これ以上、思い残すことはありません」


 それは覚悟の言葉だった。


「本当に、ありがとうございました」


 深く、頭を下げる。


 だが次の瞬間、強い力で、引き寄せられた。


「……嫌だ」


 再び抱きしめられる。

 今度は、決して離さないと言わんばかりに。


「私は、今度こそお前と共に生きたい」


 切実な声で懇願するように囁かれる。


「どうか、この手を取ってくれ。お前の重荷を……私にも背負わせてほしい」


 その言葉に、胸が締め付けられる。

 決意が、揺らぎ、崩れそうになる。

 けれど、セシリアはそっとその腕に手を添え、そして、ゆっくりと、離した。


「ありがとうございます、エドガー様」


 涙を浮かべながら、微笑む。


「でも……ごめんなさい」


 首を横に振る。


「これは、私がやらなければならないことなんです」


 誰にも、代わることのできない、自分自身でしなければ意味の無い強烈な思いだ。

 そのためにここまで強くなってきたのだ。

 それだけは絶対、変えられない。


「エドガー様」


 最後にその名を呼ぶ。


「ここでお別れです」


 涙が止まらない。

 それでも、言わなければならない。


「……本当に、大好きでした」


 そう言って、セシリアは、一歩後ろへ下がった。

 手を伸ばせば、届く距離。

 けれどもう、その手を取ることはなかった。




 それから、しばらく経った頃のことだった。


 セシリアの元へ、一通の手紙が届けられた。

 差出人の名を見た瞬間、指先がわずかに止まった。


 ヴィクトリア・アシュフォード。

 そこには、晩餐会で挨拶を交わした、フランシス領の女領主の名前が書かれていた。


 セシリアは静かに封を切り、冷めた瞳で、文面へと目を落とした。

 そこには、時候の挨拶に始まり、日頃の厚誼への謝意を述べる、整った定型文が並んでいた。

 いかにも貴族らしい、隙のない書き出しで始まるそれを読み進めると、そこには、セシリアをフランシス領の屋敷へ招きたいという内容が書かれていた。


 セシリアはしばし無言でそれを見つめ、やがて、わずかに口元を歪めた。

 冷えきった瞳のまま、了承の意を示す短い一文を静かに書いた。


 まるで、それを待っていたかのように。




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