第二十六話 デートに誘われて②
エドガーとセシリアを乗せた馬がゆっくりと歩き出す。
普段一人で馬に乗る時には絶対に意識しないはずのその振動すら妙に意識してしまい、セシリアはドギマギと身体を硬直させた。
それに気がついたのか、くすり、と小さく笑う気配がして、恥ずかしさを誤魔化したくて、軽く睨むようにエドガーの方を見る。
するとエドガーが蕩けるような甘い笑顔で微笑んだ。
「ん?どうした?」
口を耳元に寄せて、低い声でそう囁かれて、セシリアの胸がドキッと高鳴る。
「な……、なんでも無いです……」
それ以上見ていられなくて、そう呟くとぱっと目を逸らした。
頭上からくすくすと楽しそうな笑い声がしたが、もうそちらを見ることは出来なかった。
やがて、視界が開けた。
「……あ」
あたり一面に広がる花々に、思わず、声が漏れる。
色とりどりに咲き乱れ、風に揺れ、柔らかな香りが、ふわりと漂う。
「……綺麗」
自然と、そう呟いていた。
先ほどまでの戸惑いや緊張が、少しずつほどけていく。
セシリアが降りる前にさっと差し出されたエドガーの手を借りて馬を降り、地に足をつける。
柔らかな風が頬を撫で、花の香りが満ち、ホッと息をついて微笑んだ。
その様子を、エドガーは柔らかな眼差しで、見つめていた。
「気に入ってもらえたか?」
「……はい、とても」
するりと素直な気持ちで答えることが出来て、そんな自分に、少しだけ驚く。
するとエドガーが、そっと手を差し出した。
「だったら何よりだ。……では、行こうか」
その手を、しばらく見つめたあと、ゆっくりと、自分の手を重ねた。
エドガーの手に導かれるまま、セシリアは一歩、花畑の中へと足を踏み入れる。
柔らかな土の感触と、風に揺れる花々が、さらさらと優しい音を立てた。
握られた手の温もりが、じんわりと伝わってきて、思わず、意識がそこに引き寄せられる。
隣を歩くエドガーの気配が、以前よりもずっと強く感じられるのは、きっと。
(……違う)
そこまで考えかけて、慌てて思考を遮る。
今はただ、この景色に意識を向けるべきだ。
そう自分に言い聞かせるように、セシリアは花々へと視線を向けた。
色とりどりの花が、どこまでも広がっている。
淡い色、鮮やかな色、それぞれが混ざり合い、まるで一枚の絵のようだった。
「……本当に、綺麗ですね」
自然と零れた言葉。
「ああ。以前遠征でこの場所を知って以来、ずっとあなたに見せたいと思っていたんだ。ようやく一緒に来ることができて、嬉しい」
エドガーの方を見ると、どこか懐かしそうに遠くを見つめていた。
すぐにセシリアの視線に気がついたエドガーが彼女を見る。
そして、とても穏やかな、優しい表情で微笑みかけられて、セシリアの胸がじんわりと熱くなった。
(……どうして、そんなこと……)
問いかける前に、言葉が続く。
「こういう場所は、嫌いではないだろう?」
「……はい。とても、好きです」
少しだけ視線を落としながら答える。
その様子を見て、エドガーがふと声音を和らげた。
「晩餐会の様子が心配だったんだが、……元気そうで、安心した」
労わるようなその言葉に、胸の奥が胸がぎゅっと締め付けられる。
「ありがとう……ございます……」
お礼の声が、少しだけ震えてしまった。
風が吹き抜け、花の香りがふわりと強くなる。
繋いだままの手の力が少し強くなって、心臓が大きく高鳴った。
今、絶対に頬が赤いと自分でも分かる。
(……こんなの、意識しない方が無理だわ……)
そう思いながら、顔を地面に向けて、小さく息を吐いた。
すると、その様子に気づいたエドガーが、わずかに身を寄せた。
「疲れたか?」
「い、いえ……そういうわけでは」
慌てて否定する。
だが、言葉に詰まった自分が恥ずかしくなり、さらに顔が熱くなる。
そんなセシリアの姿を見て、とても幸せそうに微笑んだ。
「セシリアに見せたいものがあるんだ」
そう言って手を引くと、歩みを進めた。




