第二十五話 デートに誘われて①
晩餐会からほどなくして、セシリアの元に、エドガーから一通の手紙が届いた。
そこに綴られていたのは、デートの誘いだった。
馬で遠乗りをし、郊外にある花畑へ行かないか、と、そう綴られていた。
簡潔でありながら、丁寧に選ばれた言葉の数々に、彼らしさが滲んでいた。
けれど。
(……どうして、今)
セシリアは手紙を閉じ、静かに息を吐いた。
脳裏に浮かぶのは、あの晩餐会での夜のバルコニーでの出来事だった。
優しく抱きしめられた逞しい腕の感触、守るように背中に回った大きな手の温もり、そして、自覚してしまった自分の感情。
セシリアはそれを否定するように、静かに瞳を閉じた。
(……行きたくない)
そう思う気持ちと、
(……でも)
胸の奥で別の感情が小さく灯っているのに気がつく。
それを意識した瞬間、頬がじわりと熱を帯びた。
けれどまた、すぐに打ち消すように首を振る。
(違う……これは、ただ……)
言い訳を探すように思考を巡らせるが、うまく言葉にならなかった。
それに、その感情とは全く別のところで、心に刺さった棘。
あの夜の出来事が、胸の奥で燻っている。
珍しくはっきりしない態度のセシリアを見かねた父が、少し強めの口調で言った。
「セシリア、必ず行きなさい」
一呼吸置いて、続ける。
「せっかく先方からお誘いいただいたんだ。断る理由も無いだろう」
「そうだぞセシリア!ここで距離を詰めないでどうするんだよ」
エドガー親衛隊と言っても差し支え無いほどに、彼に心酔しきっているクラウスも、身を乗り出してゼノンに続いて後押ししてくる。
「……私は別に」
「「いいから、行きなさい」」
二人揃ってぴしゃりと遮られ、言葉を失ってしまった。
こうして半ば強制的に、デートに行くことが決まったのだった。
そして、気づく。
(……ああ……。私、こう言われることをどこかで期待していたんだわ)
エドガーとデートすることを嬉しく感じている、そんな自分の感情に気づき、セシリアは顔を覆いたくなった。
*
そして、デート当日。
遠乗りと聞けば、当然騎士としての装いだと考えたセシリアは、いつもの騎士服に身を包んでいた。
だが、それを見た母のマーサが、唖然とした顔をした。
「セシリア、あなた何で騎士服なんて着ているの!」
ぴしりと飛んできた叱責に、思わず背筋が伸びる。
「今日は騎士としてではなく、淑女としてお誘いを受けているに決まっているでしょう!?」
普段温厚な母の珍しい様子に、セシリアは肩を小さくした。
深いため息をつかれる。
「早くドレスに着替えてきなさい」
呆れたように言うマーサの姿に、セシリアはもう何も言えなくなってしまい、観念して衣装部屋へ向かった。
ずらりと並ぶドレスの数々。
普段ほとんど袖を通さないそれらの中から、視線が自然と一着に留まった。
淡く澄んだ水色のドレス。裾には繊細なフリルがあしらわれている。
本来は可愛いもの好きなセシリアが、以前から密かに気になっていたドレスだった。
(……これにしよう)
そう決めた瞬間、ほんの少しだけ胸が弾んだ。
着替えを手伝うメイドの手は、どこか浮き足立っている。
衣装を整え、髪を結い、化粧を施しながら、少しだけ涙ぐんでいる。
「……ずっと、こういうお仕事がしたかったんです」
ぽつりとそう言われ、セシリアは驚いた声を上げた。
「……え?」
「セシリア様は本当にお綺麗なのに、いつもお召しになるのは騎士服ばかりで……」
少し拗ねたような声音でさらに続く。
「騎士服もお似合いですが、もっとお洒落をなさったらどれだけ素敵かと、ずっと思っていたんです。それなのにセシリア様ときたら……」
次第に小言めいた調子になっていく。
(……あれ)
なんだか雲行きが怪しい。
居心地の悪さを覚えたセシリアは、ふっと柔らかく微笑んだ。
「いつもありがとうね。本当に助かっているわ」
その一言に、メイドはぱっと顔を赤らめた。
まるで可憐なものを目にしたように、目を輝かせている。
「……やっぱり、もったいないですよ……」
うっとりとした声で呟き、ようやく静かになった。
仕上げられた姿を鏡で見る。
ここのところ、ドレスを着る機会は多くなってきているが、何度見ても、やはり少し落ち着かない。
見慣れてきたはずなのに、どこか気恥ずかしくて、それでも、胸の奥に小さく嬉しさが灯った。
家族の前に出ると、全員が目を見開いた。
「……これはまた」
ゼノンが珍しく言葉を失う。
「セシリア、お前……化けたなあ!」
クラウスが遠慮なく笑う。
「それでエドガー様を虜にしてこいよ!」
「兄上……!」
思わず蹴ろうとするが、ドレスのせいで動きが制限され、思う様にいかない。
代わりに手で軽く叩くと、
「セシリア……」
マーサにたしなめられてしまった。
でも今のはクラウスが悪いと思う、と、内心で思った。
その時、来客を告げる声が響いた。
ほどなくして現れたエドガーは、いつも通り落ち着いた佇まいで挨拶をする。
だが、セシリアの姿を目にした瞬間、わずかに息を呑んだ。
「やはりあなたは、とても美しいな。……そのドレスも、よく似合っている」
低く、熱を帯びた声とまっすぐな視線に射抜かれ、頬が一気に熱くなる。
「……ありがとう、ございます」
視線を逸らしながら答えるのが精一杯だった。
そして出発する時、用意された馬の前で、セシリアは一瞬戸惑った。
「……あの、やっぱり私は自分の馬で」
「いや。それは駄目だ」
即座に否定される。
「今回は、こちらに乗ってくれ」
差し出された手に促されるまま、横乗りの姿勢で馬に乗る。
その瞬間ぐっと身体を支えられた。
「……っ」
気づけば、エドガーの腕の中で。
「危ないから、しっかり掴まっていていろ」
手綱を持つ腕が、自然と身体を囲う。
完全に、閉じ込められている。
(な、何これ……)
逃げ場がない。意識すればするほど、心臓が激しく打った。




