表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今世では恋を諦めた伯爵令嬢ですが、前世の夫が今世で執着してきます  作者: 陽ノ下 咲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/29

二十四話 晩餐会の夜に④

 音楽が終わり、最後の一歩を踏み終えた。


「ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう」


 軽く一礼を交わす。

 ダンスが終わったのに、繋いだ手は未だ離されず、胸の鼓動は落ち着かないままだった。


 その時、給仕の一人が静かに近づき、エドガーに何事かを耳打ちした。

 エドガーはわずかに眉を寄せたが、すぐに表情を整える。


「……失礼。少し席を外す」


 そう言った後、セシリアの方に向き直り、繋いでいた手に軽くキスを落とした。

 そして、ゆっくりとその手が離れた。


「すぐ戻る」


 名残惜しそうな視線を残しながら、彼はその場を離れていった。

 残されたセシリアは、ほっと一息吐いた。


(……少し、落ち着けるところに行きたいわ)


 高鳴る胸を抑えながら視線を彷徨わせると、会場の外へと続くバルコニーが目に入った。


 そちらへ足を向け、バルコニーへと出る。

 静かな空気の中で、ようやく高鳴りが落ち着き始めた、その時だった。


「……セシリア様で、いらっしゃいますわよね?」


 不意に、後ろから声をかけられた。


 振り返ると、そこに立っていたのは、一人の女性だった。

 緩やかなカーブを描いた淡い金髪に、海のように深い青い瞳を持つ整った顔立ちのその女性は、優雅な佇まいでスッと一礼をした。

 その洗練された所作は、育ちの良さを物語っている。

 一見すれば、セシリアよりもずっと年上にも見えるその女性。

 けれどその印象はどこか曖昧で、年齢というものを感じさせず、どこか怪しげな気配を纏っていた。

 

「フランシス領の領主、ヴィクトリア・アシュフォードと申します」


(……フランシス)


 その言葉に、胸の奥がわずかに軋んだ。

 かつてそこは、フランシス王国という名の小さな国だった。

 自分が、カトリーナとして生きていた国。

 そして、遠くの昔に滅びた国だ。


「……セシリア・ヴァルモンドでございます」


 セシリアは何事もないように、淡々と名乗り返す。


「噂で聞いた通り、とてもお美しい方ですのね」


 ヴィクトリアは、にこやかな笑みを浮かべた。

 だが、その奥には、ぞくりと背筋を撫でるような違和感が潜んでいる。


「それに、王女殿下の護衛を務めていらっしゃるとか」

「……ええ」

「騎士でありながら、こうして社交の場にも立たれるなんて……本当に器用でいらっしゃるのですね」


 ヴィクトリアは、軽やかな声音で話す。


「私などには、とても真似できませんわ。剣を振るうなど、あまりに……」


 一瞬、言葉を区切り、くすりと馬鹿にしたように笑った。


「似つかわしくありませんもの」


 その場の空気が、わずかに張り詰めた。

 ヴィクトリアは、まるで、見下す様に蔑んだ目で、セシリアを見ている。


 いや、それだけではない、もっと、深い何か。

 セシリアの胸の奥で、何かがざわつく。


 ヴィクトリアが、わずかに顔を近づけた。


「先ほどのダンス、とても楽しそうでいらっしゃいましたわね」

「……」


 不躾な視線で、ドレスを上から下まで見回す。


「アルヴェイン公爵様も、随分とご執心のご様子ね」


 明らかに含みを込めた言い方に、セシリアの眉がぴくりと動く。


「けれど……」


 ふ、と、笑みが深まる。


「少々、軽々しくはありませんこと?」


 その一言に、セシリアの中の何かがプツリと切れた。

 言い返そうと、口を開きかける。

 けれど、それが言葉になるより先に、誰かが近づいてくる気配がした。


 その気配に気づいたのか、ヴィクトリアは一瞬だけ目を細める。

 そして何事もなかったかのように身を引いて、すぐにその場を後にした。


 セシリアは、逃げる様に立ち去るヴィクトリアの背中を眺め、ただその場に立ち尽くしていた。

 


「セシリア!ここに居たのか」


 現れたエドガーが、安堵の表情を浮かべながら近づいてくる。

 だが、その様子を目にした瞬間、彼はハッと息を呑み、セシリアの肩に、そっと手を置いた。


「……どうした、何があった」


 ただひたすらに彼女を案じる声だった。

 セシリアは静かに首を横に振る。


「何もありません。……大丈夫ですから、手を離してください」


 肩に添えられた手を外そうとするが、それは敵わなかった。


「すまないが、今は離せない」


 抑えた声で、しかしきっぱりと告げられる。


「こんな状態のあなたを、離せる訳がないだろう」


 その言葉で、セシリアはようやく自分の状態に気づいた。


 胸の奥で、怒りとも苛立ちともつかない感情が、激しく燻っている。

 言葉にできない激しい感情が全身に広がり、心を掻き乱す。


(……どうして彼女の言葉は、こんなにも私の心を乱すのだろう)


 胸の奥の触れてはいけない場所を、無理やり抉られたような、そんな感覚に囚われる。


「……っ」


 息が乱れたその瞬間、エドガーの逞しい腕が、そっと背に回った。

 ふわりと、その腕の中に包み込まれる。


「……大丈夫だ」


 荒れた感情を宥めるように、優しく守るような声音で静かにそう囁かれ、ゆっくりと背を撫でられる。

 

 彼の心音と自分の心音だけが、静かに響く。


「言いたく無いのなら、無理には聞かない。……だがせめて、こうすることは、許してくれ」


 穏やかな声でそう言われ、セシリアはそっと目を閉じた。

 すると、まるで波が引くように、胸の奥のざわめきが静まっていき、乱れていた息もゆっくりと整っていった。


「……落ち着いたか?」


 静かに囁かれた声に、セシリアは何も言えなかった。

 ただ、じっとその顔を見つめる。


(……何で、この人はこんなにも安心するのだろう)


 先ほどまであれほど荒れていた心が、嘘のように静かになっている。

 そのことに気づいた瞬間、セシリアの心に、ふとひとつの感情が浮かび上がった。

 胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。


(……私……、この人のことが……、好き、なのかもしれない)


 浮かんだその考えに、はっとして、否定するように視線を逸らした。


(……違う)


 そんなはずがない。

 そんなこと、あっていいはずがない。


(だって私には、アレクサンダー様が……)


 胸の奥で、名前を呼ぶ。


(……認めたくない)


 ぎゅっと、拳を握る。

 この感情は、認めてはいけない。

 認めてしまえば何かが、壊れてしまう気がした。


 セシリアは、胸の奥に湧いてきてしまったその想いを、そっと押し込めたのだった。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ