第二十三話 晩餐会の夜に③
そっと差し出された手に、セシリアはわずかに躊躇いながらも、自分の手を重ねた。
指先が触れた瞬間、びくりと心臓が跳ねる。
そのまま自然な動きで引き寄せられ、気づけば、彼の腕の中にいた。
そのまま、エドガーの手が、そっと背に添えられる。
そして、ゆったりとした旋律に合わせて、足を動かした。
(……踊りやすいわ)
一歩、踏み出した瞬間に分かった。
導く手は強引ではなく、それでいて迷いがない。
彼の動きに合わせるように動き、自然と身体がついていく。
「力を抜いて」
耳元で囁かれ、はっとする。
無意識に入っていた力を抜くと、さらに動きが滑らかになった。
顔をそっと上に上げると、エドガーと視線が合った。
甘い視線でセシリアを見つめ、穏やかに微笑むその表情に、胸がどくりと高鳴った。
幸せで堪らないといった表情で、優しく微笑みかけられる。
それを向けられているのが自分だと思うと、どうしていいのか分からなくってしまう。
けれど、不思議と、それを嫌だとは感じなくて、
(……楽しい)
自然と、そんな感情が湧き上がってきた。
セシリアはこれまでも社交の場には何度も出ている。
だがそのほとんどは、フィオナ王女の護衛としてだ。
その為、自分がこうやって踊る機会は、これまでほとんどなかった。
それでも今は、ただ純粋に、この時間が心地よかった。
音楽に身を委ね、彼の導きに従って動く。
そのひとつひとつが、妙にしっくりとくる。
そして、先ほど自分が抱いた感情と、まったく同じ想いを、懐かしい過去にも抱いたことがあったことに思い至る。
セシリアは、前世、カリーナとして生きていた頃の記憶を思い返した。
*
カトリーナは、貴族としての最低限の作法こそ教えられていたものの、ダンスまでは教わっていなかった。
だから初めてアレクサンダーと踊ることになった時、踊り方が分からず、ぎこちなく立ち尽くすしかなかった。
恥ずかしさに肩をすくめ、小さく身を縮こまらせる。
「……踊れないのか」
気遣うような響きで静かにかけられたその言葉に、セシリアは正直に頷いた。
羞恥心と引け目から、俯いてしまったカトリーナに、アレクサンダーは少しだけ考える素振りを見せた。
「私も得意では無いからな……。だが、簡単なところだけなら、教えられる」
そう言って、アレクサンダーはそっと手を差し出した。
セシリアは、込み上げてくるものを必死に堪えながら、震える指でその手を取った。
その動きは無骨で不器用で、決して器用な教え方ではなかったけれど、一つ一つ丁寧に、足の運び方も、手の位置も、ゆっくりと教えてくれた。
ぎこちない動きで、何度も足を踏みそうになりながら。
そうやって一緒に覚えていき、最後には一曲、踊りきることができた。
(……楽しい)
心からそう思うことが出来た。
*
あの時感じた胸の高鳴りと、アレクサンダーの不器用な優しさを思い返し、胸の奥がじんわりと温かくなってきて、セシリアの表情が自然と緩んだ。
そんなセシリアを、エドガーは静かに見つめていた。
腕の中で踊る彼女の姿、揺れる金の髪、柔らかく綻ぶ表情。
それは、今目の前にいるセシリアでありながら、同時に前世の妻の姿も思わせた。
かつて、自分が手を取り、踊った少女。
不器用に、それでも懸命にステップを踏んでいた姿。
そして今、こうして再び、同じように自分の腕の中にいる。
導くたびに、素直についてくる動き、時折見せる戸惑いと、楽しさを滲ませる表情。
そのすべてが、愛おしくて堪らなかった。
この時間が、少しでも長く続けばいいと、そう願いながら、エドガーは幸せを噛み締めていた。




