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今世では恋を諦めた伯爵令嬢ですが、前世の夫が今世で執着してきます  作者: 陽ノ下 咲


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第二十話 勝利の口づけ(エドガー視点)

※第十六話〜第十九話の剣術大会編の、エドガー視点の話です。

 エドガーがセシリアの剣技を見たのは、この大会が初めてのことでは無かった。

 王宮の訓練場で剣を振るう姿を、これまでに何度か見たことがある。


 初めて彼女の剣技を見た時は、ただ心を奪われ、そこから一切、目が離せなくなった。

 まるで舞うように刺す、しなやかな動き。

 無駄がなく、美しく、それでいて確実に急所を捉える鋭さ。


 あれは、ただの技ではない。

 積み重ねてきた鍛錬と、生まれ持った資質が噛み合った者だけが辿り着ける領域だ。

 あの剣を振るうのが、セシリアだというのがまたいい。

 男ばかりの騎士団の中で、並の男など寄せ付けない。

 美しいだけではない。強く、頼もしい。

 だからこそ、あの隣に並び立つに相応しい存在でありたいと思った。


 そして同時に、彼女を遠巻きに見つめる騎士たちの姿にも気が付いてしまった。

 彼女の強さに嫉妬し、女だてらになどと非難している輩もいるが、中にはあからさまな好意や隠しきれていない視線を送っている者も、数多くいる。

 正直エドガーにとっては、後者の方が、遠くからセシリアを非難することしか出来ない小者よりも、ずっと腹立たしかった。

 胸の奥で激しく苛立ちが燻り、やはり誰の目にも触れられない様に、早々にどこかに閉じ込めてしまった方がいいのではないか、などという考えが脳裏を過ぎる。

 そんな苛立ちや焦りがはっきりと表情に出ていたので、レオナルド殿下とフィオナ王女に面白がられつつ、少々呆れられもした。

 けれど同時に、そういう輩が後を立たないのは、仕方ないのかもしれない、とも思った。


(あれほどの女だ。仕方ないと割り切るしかないか。……だか、誰が相手であっても、譲る気など毛頭ないが)




 試合前、声をかけたのは自然な流れだった。

 顔を上げた彼女と視線が交わる。

 それだけで、ほんのわずかに満足する自分がいる。


「……なあ、セシリア。この試合、何か賭けないか?」


 賭けの提案をしたのは、深く考えていた訳ではなかった。

 ただ、彼女の気を引きたくて、ほとんど咄嗟に出た言葉だった。

 そして案の定、返ってきたのは拒絶の言葉だった。

 だが、言ってしまったからには、そこで終わらせるつもりなど無い。


「つまりセシリアは、私に負けるのが怖いのか?」


 挑発すれば、血の気の強い騎士である彼女が、どう返すかは分かっていた。

 自分だけに目線を向けて睨み返し、勝負を受けるその姿があまりにも可愛くて、堪らない気持ちになった。


 試合は予想以上に充実していた。

 彼女の剣は、やはり素晴らしい。

 だが、勝つのは自分だと、そう決めていた。

 彼女の本気に全力でぶつかり、そして全力で上回る。

 それが騎士としての彼女への礼儀だと思った。

 結果として、勝利を手にした。

 けれど、最後、彼女の剣が一瞬鈍った事が気になった。

 試合に勝った時、心に残ったのは別の感情だった。


(セシリア、お前はもっとやれるだろう)


 そんな期待にも似た感情が胸の奥で燻っていた。




 本来なら、賭けの話は後日に回すつもりだった。

 今日のところは一旦引いて、次に会う口実にする。

 その方が都合がいいと、そう思っていたのに。


「その……、試合前に言っていた賭けのことなのですが……」


(……お前から来るのか)


 大会が終わってすぐにセシリアからそう切り出されて、思わず内心で苦笑した。

 律儀で真面目で、逃げることなど知らないといったその姿勢が愛しかった。

 彼女との試合の最後に感じた少しの違和感が若干引っかかっていたが、話している感じ、特に変わった様子もなさそうで、内心ほっとした。 

 

 ほっとした安堵感からか、後先考えずに口をついて出てしまった欲望に塗れた言葉は、これまた、予定していたものではなかった。


「キスを、してくれないか」


 言ってしまった後で思考が追いつき、咄嗟に彼女の反応をかなり不安に思った。

 彼女を前にすると、どうしても己を律することができなくなる。そんな自分に、戸惑いを覚える。

 けれどそれと同時に、溢れてしまった本音を、悪くないと思う自分もいた。


 以前、無理やり唇を奪った時、今後は勝手に手を出さないことを、約束させられてしまった。

 あの時は必死すぎて後先考えずに頷いてしまったが、後々になって考えると、ものすごく不本意だった。


 本音を言えば、今すぐ彼女に触れたいし、キスしたいし、抱きしめたいし、それ以上のことだってしたいと思っている。

 その感情が消えるはずがない。


 この気持ちが、少しでも彼女に伝わればいいと思った。


 そして彼女は、逃げなかった。


「……騎士に二言はないわ」


 顔を赤くしながらも、覚悟を決める。

 

(ああ、愛しいな)


 そう思った瞬間、頬に、柔らかな感触が触れた。

 一瞬だけ感じたそのぬくもりが離れていく気配に、わずかに目を細める。


「頬か……」


 思わず、本音が漏れた。

 正直、全然足りない。もっと欲しい。

 けれど、


「と……、当然です!」


 真っ赤な顔で言い返す彼女を見て、ふっと笑みがこぼれる。


(……仕方ないか)


 今は、これでもいい。

 無理に踏み込めば、距離を取られるだけだ。

 それだけは耐えられない。

 けれど、『今は、』と思っていることは、知っておいて欲しい。


「まあ、今のところはそれでも良いか。セシリアの可愛い顔も見られたしな」


 さらに赤くなるその表情を見て、満足げに目を細める。

 いずれ、この距離も、もっと近くする。

 

 焦る必要はない。

 どうせ逃がすつもりなど、最初からないのだから。


 そして、エドガーは、先ほど頬に触れた感触を思い返した。


 柔らかく、あたたかく、驚くほど優しいぬくもり。

 彼女の唇が頬に触れたのは、ほんの一瞬だけだった筈だ。

 それなのに、離れた今も、そこだけがじんわりと熱を帯びているような気がして、口元が緩むのを抑えられなかった。




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