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8 カミルとフィオナ

 ――ロゼッタがローレンツ帝国の王宮から戻った日から数日後。

 カランカランと喫茶ビクトリアの入り口にある錆びたベルが鳴る。

 日中だというのに、店はがらんとしている。本日はとある理由により貸し切りなのだ。

 ロゼッタは一度深呼吸してからゆっくりと振り返る。


「一体どういうことなんだ、ロゼッタ……!」

「おひさしぶりですわ、カミル殿下」


 ロゼッタの元婚約者。

 エストレイア王国の王太子、カミルがそこに立っていた。


「君がいなくなって皆どれだけ心配したか……。しかも急に手紙を送って来たと思ったらこんな場所に呼び出すなんて……」

「ご心配とご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした」


 ロゼッタは深々と頭を下げる。

 侯爵令嬢が行方不明になったとなれば、周囲は大騒ぎになっただろう。迷惑をかけてしまったことは事実なのでロゼッタは深々と頭を下げた。

 それで勢いが削がれてしまったのかカミルは少しバツが悪そうに視線をそらした。

 ロゼッタはローレンツ帝国の王宮から戻るとカミルに手紙を出していた。カミルと手紙のやり取りをするときに決まって使っていた薄紅色の封筒に薔薇の封蝋をして、差出人の名前にはロゼッタではなくローズ、と幼い頃カミルが呼んでいた愛称を書いた。

 内心ロゼッタは無事に手紙が届き、カミルが来てくれたことにほっとしていた。正直、カミルがロゼッタからの手紙だと気づいてくれるか、そして気づいたとしても手紙を受け取ってくれるかどうかは賭けだった。


「……あ、ああ。しかしこちらも君には負い目がある。こんなことをしたのは婚約破棄で自暴自棄にでもなっていたのだろう?」

「それは否定しませんわ」


 正確には婚約破棄の衝撃で階段から落ち、前世の記憶を思い出し、自分の今後の運命を知ってしまい自暴自棄になったのだが。さすがにそれは説明し辛いので黙っておくことにした。

 カミルは見たところ表に待たせている従者二人以外は誰も連れてきていないようだった。


「手紙が無事に届いてよかったですわ。わたくしのお願いを聞いてくださったのですね」

「言っただろう。君には負い目があると。だから手紙に書いてあった通り、君の実家にも周囲にも黙って来た。一体何を考えて……」

「あ、こちらローレンツ帝国の皇帝でテオドール・フォン・ローレンツ殿下ですわ」


 終日貸し切りの店内にはカウンター内にマルシオ。それと窓際のボックス席に異様に黒く存在感のある男……テオドールが座っていた。

 カミルの前に立っていたロゼッタがすっと横にずれると、しばしの間、カミルは目を点にして、テオドールはにこにこと見つめあっていた。


「過去に何度か会議で会ったとお聞きしてますから面識はおありですわよね」

「は?」

「テオドール様、こちらはエストレイア王国の王太子、カミル殿下ですわ」

「いやちょっと待てロゼッタ! 何がどうなってるんだ? どうしてここに魔王……じゃなくて皇帝が。君は危ないから下がれ」


 カミルが血相を変えて食って掛かってくる。咄嗟にロゼッタを守ろうと背後に隠そうとしてくれるところに彼の人の好さを感じて、少しだけ婚約時代のことを思い出して胸が痛んだ。けれど今はそんなことを気にしている場合ではない。ロゼッタはカミルの前に出た。


「大丈夫ですわ、カミル殿下」

「ロゼッタ、まさか君、ローレンツ帝国と通じているのか」

「いいえ、今日はカミル殿下にテオドール様とお話していただきたくて呼び出しましたの」


 青い顔をしてこちらに詰め寄るカミルにロゼッタは首を振る。誤解されても仕方ないことをしているとは思っていた。けれどこのままではゲームの通りテオドールとカミルは戦うことになってしまう。ロゼッタもテオドールも無用な戦いは避けたいと思っていた。二人で相談した結果、直接カミルと話ができないか、ということになったのだ。

 しかし今は両国とも一触即発の状態なので、公式のルートからは難しい。

 ならば、とロゼッタが独自のルートでカミルを呼び出しテオドールと引き合わせたのだった。


「やあ、こんにちは。カミル王太子」

「皇帝テオドール……」

「カミル殿下、驚かせてしまってごめんなさい。でも聖剣や魔法を使って殺しあうよりこちらの方がよっぽど建設的だと思いませんか?」


 おほほ、とロゼッタはわざとらしく笑う。

 ……かなり無茶苦茶なことをしているのはわかっていた。

 ちなみにこの案は当然のごとく、アロイスやザシャには大反対された。しかしテオドールが折れなかったので、今日は折衝案として彼の衣服にアロイスの作成した魔法道具のアミュレットを身に着けている。テオドールに何かあればこのアミュレットを媒介にザシャとアロイスの精神体がこちらへ飛び出してくる……らしい。

 そんなことにはなりませんように、とロゼッタは祈るしかない。


「さあさ、お座りになって。この店自慢のパンケーキをお出ししますわ」

「ぱ……パンケーキ?」


 無理もないが困惑しっぱなしのカミルにテオドールの正面の席を進める。

 ふふん、とロゼッタは胸を張った。


「そうですわ。わたくし、家を出てからこの喫茶ビクトリアでずっとパンケーキを焼いて働かせてもらっていましたの。同じテーブルについてふわっふわの美味しいパンケーキを食べれば」

「馬鹿げている! 君は何を考えているんだロゼッタ。こんなに愚かな人ではなかったはずだ」

「カミル殿下、わたくしは……」


 カランカラン。

 そのとき、カミルの後ろにある扉が開いて錆びたベルが鳴った。

 今日は外に貸し切りの札を下げているので誰か入って来ることはないはずだ。店内の四人の視線が集まる扉から淡いピンク色の髪の少女が顔を出した。


「ええっと……」

「フィオナ!? どうしてここに」


 そこにいたのは、ゲーム『星と海の輝き』のヒロイン、フィオナだった。


「聖女様……ですわよね」

 

 申し訳なさそうに縮こまりながらフィオナがひとつ頷いた。

 フィオナは平凡な町娘だったがある日聖女の力に目覚めて王宮で仲間を集め、聖剣を召喚するために各地に散らばった封印の石碑のかけらを集めるというストーリーだった。確かに彼女の手の甲には聖女の印である紋様らしきものがある。ゲームで見たグラフィックどうりの姿なのだが。


(……でもそれ以外でもどこかで見たような)


 ロゼッタは首をかしげる。

 前世で見たことがあるのだから見覚えがあるのは当然だ。しかし前世以外でもどこかで会ったことがあるような気がしたのだ。


「もうしわけありません、カミル様。今日は城下町に薬草作りの素材を買いに来ていました。そうしたらカミル様の姿が見えてこちらのお店に入られて……」

「従者たちに止められたろう」

「そ、そうなんですが! でも……でも……!」

「魔王の気配を感じたか?」


 キッとカミルが席に座ってコーヒーを飲んでいるテオドールを睨む。聖女は魔力を感じることができる設定だった。だから店の中の異変を察知したと思ったのだろう。

 しかしフィオナは首を横に振った。


「い、いいえ。実は私……このお店のパンケーキのファンなんです!」

「へ?」


 今度はカミルと一緒にロゼッタも目を点にした。

 じっと淡い緑の瞳でこちらを見上げたフィオナが顔を赤くする。


「ここのふわふわで甘くて口の中にいれるとしゅわっと溶けてしまうような優しいお味のパンケーキが大好きなんです! ファンです!」

「え? ええ? ありがとうございます?」

「わかる」


 急にぎゅっと両手を握られてロゼッタがその勢いに後ずさる。背後ではうんうんとテオドールが頷いていた。フィオナはすぐにぐるりと振り返ってカミルを見つめた。


「聖女になったばかりの頃、その責任の重さに押しつぶされそうになっていた私を救ってくれたのはこのお店のパンケーキでした。食べると、なんだかふわっと胸の中が温かくなって肩に入っていた力が抜けていったんです。そして勇気をもらえました」

「わかるわかる。君とは友達になれそうだ」

「テオドール様はちょっと黙ってくださいまし」


 さらに頷くテオドールをロゼッタがぴしゃりと黙らせる。しゅんと落ち込んだように肩を縮こまらせているテオドールの姿にカミルは困惑していた。


「フィオナ、何を言っているんだ」

「ですから、ここは私にとっても大切な店でして、そんな場所でカミル様が何をしているのかと、いてもたってもいられず……?」


 そこでようやくテオドールの存在に気がついたらしいフィオナがぱちぱちと瞬く。


「あの……もしかしてそちらは」

「ローレンツ帝国の皇帝テオドール様ですわ」


 はあ、と額に手を当ててため息をついたカミルがロゼッタを見やる。


「そして彼女はアディノルフィ家のロゼッタ嬢だ」

「へ!? え、あ、ああの、もしかしてカミル様の……」

「元婚約者ですわね」

「……申し訳ございませんでした!!」


 サーっと急に青くなったフィオナが後ずさる。

 そしてがばりと急にその場で土下座をしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブクマや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。

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