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7 テオドールの事情 2

今回少し長めです。本日は1話更新になります。

 パンケーキの作り方を教えてほしいというザシャの願いに頷いたロゼッタが案内されたのは、テオドールの私室のさらに奥にある小さな厨房だった。大きさは喫茶ビクトリアと同じくらいで、調理器具も一通りそろっていた。


「テオドール様はそんなに命を狙われてきたのですか?」

「陛下は長男ではあるけれど、母親の身分が低かったからな」


 早速ボウルに卵を割り入れながら、ロゼッタはそれとなく聞いてみた。

 ローレンツ帝国のお家騒動はなかなか根が深そうだ。

 ザシャが見様見真似で卵を割っている。


「特に父である前皇帝はテオドール様の魔力を恐れていた。誰よりも強い力を持っていたからな。だから陛下を呼び出して暗殺しようとしたんだ」

「そんな……。実の息子にそんなことをするなんて」

「前皇帝は身分の低い母を持つ長男より、位の高い大臣の娘だった母を持つ次男を皇帝にしたかったらしい。まあ、結局前皇帝は返り討ちにされ、暗殺を企てたとされる次男一族も身分をはく奪されてしまったけどな」


 身内にそんなことをされては誰も信用できなくなるのも無理はない。ザシャの言葉にロゼッタは普段のテオドールを思い浮かべた。暗い顔もあまり見せないが本音も見せないのは、きっとこの境遇のせいなのだろう。


「前皇帝の代の臣下達や皇弟は陛下をよく思っていない。エストレイアとの戦いに前向きじゃないし、陛下が貴族が私腹を肥やせるような政策をことごとく中止したから気に入らないんだよ」

「それで狙われているのですわね。わたくしもアンデットに攫われそうになりましたわ」

「それは陛下から聞いた。やった奴に目星はついているから、証拠が集まったら……ああ、えっとこれは貴女には関係ない話だ」


 ザシャがしゃべりすぎてしまったようで口を噤む。ロゼッタもあまり先は知りたくなかったのでこれ以上は追及しないことにした。


「ここに小麦粉を入れてさっくり混ぜて……って、なんだか普通だな」

「ええ、ごく普通のパンケーキですわ」


 料理経験があるせいかザシャは手際が良く教えるのも簡単だった。ロゼッタの指示通りにあっという間にパンケーキが焼きあがる。出来上がったパンケーキを前にザシャが首をかしげていた。


「これを陛下が気に入って……?」

「そうなんですの。何の変哲もないパンケーキですわ。どうしてあんなに気に入ってくださったのかしら。ザシャ様はとってもお上手ですわね」


 もちろん前世の母のレシピなのでとても美味しいのは確かだ。とはいえ本当にごく普通のパンケーキなのだが、不思議とテオドールはこれが好きなのだ。食べると元気が出ると言っている。

 ザシャはいまいち納得いかない様子で、美味いけど普通だと呟いている。その横でロゼッタは自分の分のパンケーキを焼いた。もっちりとした生地に程よくついた焼き色。ほんのり甘く香ばしい生地。フライパンに出来上がったパンケーキを映しているとじっとザシャがそれを見つめていた。


「ちょっと待ってくれ、それ……」

「どうかしました?」


 じっとザシャが印象的な緋色の瞳でロゼッタの焼いたパンケーキを見つめる。

 信じられないという顔で自分の焼いたものとロゼッタの焼いたものを見比べ、そして顔を上げた。


「貴女が焼いたこのパンケーキは普通のものとは違う。聖なる力が宿っている」

「……え?」



「ひどいよロゼッタ! ザシャと一緒に仲良くパンケーキを食べているなんて……! ザシャ、これはひどい裏切りだよ!」

「ちょ、誤解です陛下!!」


 会議から帰って来たテオドールはロゼッタとザシャが一緒にパンケーキを作っていたことに憤慨していた。慌てて弁解するザシャを見てアロイスがため息をついてた。


「まったく何をやってるんだお前は……」

「それよりこのパンケーキを見てくれよ」

「二人で仲良く作ったパンケーキを見ろって? ザシャ、覚悟はいいのかな?」

「いじけてないでこっち来てください陛下!」


 まったく一体何の騒ぎなのだとロゼッタは脱力した。

 アロイスの影に隠れている涙目のテオドールが恨めしそうに睨んでいる。

 このままでは話が進まないとロゼッタは口を開いた。


「パンケーキの作り方を教えて差し上げていただけですわ。テオドール様のために覚えたいだなんて、とても健気じゃありませんの」

「え……、そうなのかい? ザシャ」

「そ、それはともかく! 重大な事実がわかったんです」

「普通のパンケーキに見えるが」


 ロゼッタにパンケーキ作りを教わった理由をばらされたザシャは真っ赤になりながらテーブルに2つのパンケーキの皿を並べた。

 アロイスが眼鏡の位置を直しながら2つを見比べる。


「右は俺、左はロゼッタ嬢が作ったものだ。俺の目には、ロゼッタ嬢が作ったパンケーキにはほんのわずかだが聖なる力が宿っているように見える」

「何!?」

「聖なる力って……」


 テオドールが顔を上げた。ロゼッタは困惑しきりで肩をすくめることしかできない。

 ザシャはとても目がいいのだという。高い魔力と目の良さで普通は見えないものも見えるのだという。

 ロゼッタもテオドール達が来る前に同じことを言われたが半信半疑だった。


「どうしてわたくしのパンケーキに聖なる力が宿るのです?」

「……それは貴女が聖女だからでは?」

「まさか。だって本物の聖女は他にいますのよ」


 眼鏡を直しながらこちらに視線を向けてきたアロイスに答える。もしロゼッタが聖女だったのなら婚約破棄にだってならなくて済んだろう。


「聖なる力は一人の乙女にしか宿らないと決まっているのかい?」

「え? それはどうでしょう……。そこまでは、わたくしにはわかりませんけれど」


 テオドールに問われて、ロゼッタはエストレイア王国に伝わる伝承を思い出す。

 国に危機が訪れるとき、国の未来を憂う心優しき乙女に聖なる力は宿るのだと。


「彼女には聖女の素質があったのかもしれませんね。アディノルフィ家は王家と血が繋がっている。王家にはかつて王族と結婚した聖女の血が流れていますから」


 アロイスの言葉を聞いてもロゼッタに実感はない。

 ロゼッタはただ楽しくパンケーキを焼いているだけなのだから。

 そもそもゲームでは聖女どころか悪役令嬢だったのだ。


「ロゼッタのパンケーキを食べると元気になる理由がわかったよ」


 茫然とするロゼッタの隣で、テオドールが納得したように微笑んだ。

 それを見ていたアロイスとザシャが顔を見合わせる。


「それで、陛下は彼女をどうするつもりですか。帰してきなさいとは言いましたが、聖女の力を持っているなら話は別です」

「アロイス、だけどさ……」

「うーん……」


 え、とロゼッタは話の流れが変わったことに気がついて三人を見た。

 もしかして、帰してもらえないのだろうか。

 それは困る。今頃マルシオが心配しているかもしれない。

 少し上を向いて考え込んでいたテオドールがにこりと笑った。


「とりあえず、ロゼッタ。僕もパンケーキ食べたいから焼いて」



 結局その後、ロゼッタはテオドールの分のパンケーキを焼いて二人で食べることになった。

 テオドールはロゼッタをエストレイアに帰すとあっさり決めたのだった。

 アロイスは少し不満そうだったが大人しくザシャと一緒に退室していった。


「ザシャがそんなことを」

「テオドール様のことを心配しているのですわよ」

「そうか……そうだね。ザシャやアロイスにはいつも心配ばかりかけてしまっているんだ。でもロゼッタと二人でパンケーキは許せない!」

「子供みたいな真似はよしてくださいませ」


 珍しく口を尖らせて不貞腐れているテオドールの口に切り分けたパンケーキを突っ込む。目を丸くしたテオドールは赤くなって大人しくなった。


「ごめんね、色々と……。これを食べ終わったら送っていくよ」

「わたくしのこと、エストレイアに帰してくださるのですね」

「君を巻き込むわけにはいかないからね」

「……テオドール様、わたくしあなたに話したいことがあるのですけど」

「話したいこと?」

「これからのことですわ」


 ロゼッタは姿勢を正してテオドールに向き合った。テオドールはロゼッタを自分の事情に巻き込みたくないのだ。けれどロゼッタもここまで来て引き下がれない。テオドールやカミルのことをこのままにはしておけない。



「わたくしは、これからもテオドール様にわたくしの焼いたパンケーキを食べていただきたいのです」


 それはロゼッタの本心からの気持ちだった。

 テオドールにはいつも幸せそうに笑っていてほしい。

 一瞬虚を突かれたような顔をしたテオドールは、泣き出しそうな顔で笑った。


「ありがとう、ロゼッタ。だけど僕は……」

「もしかしてテオドール様は……人を信じるのが怖いのですか?」

「えっ……」

「いつも肝心な本心は話してくださらないでしょう? だから、そうなのかと……」


 それはロゼッタも同じようなところがあるから、なんとなくそうではないかと思ったのだ。

 王太子妃の婚約者としていつだって完璧でいなくては。だから誰にも弱音は吐けない。もしかしたら周囲は弱音くらい許してくれたかもしれないのに。


「ロゼッタにはかなわないなあ……」

「わたくしも似たようなものだからです。何があったのですか?」

「僕も昔は信じている人がいたよ。心の底から。異母兄弟の弟がいたんだ。皇帝の次男でね」

「え……」


 前皇帝と前皇帝の次男は手を組んでテオドールを暗殺しようとしていた。ザシャから聞いたばかりの話だ。テオドールは淡々と話した。


「僕と弟は子供の頃から仲が良くてね。ずっと親友だと思っていた。だけど、違ったんだ。彼にとって僕は邪魔だったんだ」


 それからテオドールは人を信頼するのが恐ろしくなってしまったのだという。いくら仲良くなっても、またいつ裏切られるかわからないと思うようになった。だから、ザシャやアロイスのことも、本当に自分を思ってくれていると、頭では理解していても信頼することができないのだという。

 もしかしたらロゼッタのことも、自分のことすら――。


「……許せませんわ」

「えっ……」

「テオドール様をこんなに傷つけるなんて、絶対許せませんわ! もしわたくしの目の前にいたらマルシオ様の焼いた真っ黒なパンケーキをお見舞いしてやりますのに!」

「ろ、ロゼッタ落ち着いて!」

「これが落ち着いていられますか!?」


 怒り出したロゼッタにテオドールがおろおろとしている。立ち上がったロゼッタはテオドールの隣へと座る。


「復讐なら手伝いますわよ。わたくし元々そっちの素養が……はっ! 違いますわ! こんな話をしたいわけでは」

「ふっ……! くく……! あはは、ロゼッタ。君は本当に……」


 つい怒りのあまり人格がゲームの悪役令嬢ロゼッタになってしまった。可愛い真っ黒な大型犬がいじめられて傷ついてしょぼくれている幻覚が見えたのだ。我に返ったロゼッタは慌てて誤魔化そうとしたが、あっけにとられていたテオドールが急に笑い出したのでぱちぱちと瞬いて彼を見つめるしかない。

 本当にツボに入ってしまったようでソファにうずくまって笑うテオドールを見つめてロゼッタも苦笑する。


「ねえ、テオドール様。少しずつ、ご自分や周囲を信じてみませんか? あなたを裏切る人がいたら、今度はわたくしがやりかえしてやりますから」

「……できるかな」

「できますわよ、テオドール様なら」


 きっと優しいテオドールの周囲にはザシャやアロイス以外にも彼を思う人が集まってくれるはずだ。笑いすぎて出た涙を拭ったテオドールがロゼッタを抱きしめる。どきりとしたロゼッタだったが、結局そのまま大人しく身の内に収まった。


「ありがとう、ロゼッタ」


 いまだ前途多難ではあるが、テオドールが魔王として聖剣に貫かれないように、平和的に状況を解決しようと二人で決めたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブクマや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。

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