12 未知の世界
「……とはいえ、どうやって父上やうるさい大臣達を説得するか。頭が痛いな」
「それでしたら、こちらをどうぞ」
「ん?」
テオドールを信頼すると言ってはくれたものの、いまだ難しい顔をしているカミルにそっとロゼッタは折りたたんだ神を渡した。
「少々汚い手ではございますが、こちらを利用するのはどうでしょうか」
「こ、これは……!」
紙を開いて中身を凝視していたカミルが呻く。テオドールが不思議そうにロゼッタを見上げた。
「ロゼッタ、これは?」
「はい、わたくしの母上から聞いた社交界の噂ですわ。まあ、噂というかほぼ事実と言いますか」
「あんのクソ王……」
「カミル様、顔が大変なことになってます!」
オホホとロゼッタは笑う。
王太子の婚約者の母、ということでロゼッタの母は社交界の中心人物だった。そこにはさまざまな噂が舞い込んでくるのだ。それこそ国王が最近こっそり通っている女性達の名前だとか、ギャンブルでスッた額だとか、大臣が長年囲っている愛人のことだとか。その話をロゼッタは母から聞いていた。
ゲームの悪役令嬢ロゼッタもこの噂をネタに国王や大臣達を脅し、カミルや聖女を陥れようとしていた。
もちろん今まで口外することは絶対に無かったが、カミルに婚約破棄されてしまった今、ロゼッタが黙っている意味もないのだった。
紙をにぎりしめて鬼の形相になっているカミルをよそにテオドールがうーんと天井を仰ぐ。
「国王を説得かあ……。そういえば聖剣はどうなってるの? すでに聖剣が手の内にあるなら、国王の説得は困難かもね」
テオドールの問いに、カミルとフィオナが気まずそうな顔で黙った。
ロゼッタは前世の記憶とエストレイア王国に伝わる伝承をたよりに聖剣を手に入れる方法を思い出す。
(国に散らばる地水火風の神殿で聖女が祈りを捧げて、そこにある宝玉を手に入れ、そして最後に国の中央にある大神殿で聖女が聖剣を顕現させる儀式を行うのでしたわよね。結構色々面倒くさかったのを覚えていますわ)
ゲームでは王太子であるカミルや仲間達と旅をしながら各地の神殿を目指し道中様々なクエストをこなしながら宝玉を集めるのだ。聖女であるフィオナが現れてからもう三カ月は経つがまだ宝玉はそろっていないらしい。
「そういえばカミル殿下達は、本来であれば今頃は旅をしているはずではありませんの?」
「それが……私の聖女の力が安定しなくてまだ旅ができないんです」
少ししょげた様子でフィオナが俯いたまま口を開いた。
聖女の力は人を癒す力だ。その力が安定しないとなると、フィオナも、一緒に旅するカミルの危険も増すということになる。それで旅に出る許可がまだ下りず、城にある神殿で修行中なのだという。彼女が聖女という役目の重圧を感じて落ち込んでいたのも力が安定しないことが原因だったのだろう。
(でも、どうしてそんなことに?)
ゲームではそんなストーリーではなかったはずだ。順調に聖女としての癒しの力を高めていたはずだ。
「だとしたら好都合だね。聖剣がなければ、エストレイア側は戦争なんか起こさず平和的に解決したいと思うんじゃないかな」
「魔法に対抗する手段がないからな……」
テオドールの言葉にカミルが苦々しく頷いた。
聖剣は魔法の力を打ち破る。それがなければ、魔王と戦うのは難しいだろう。
しょんぼりとフィオナが俯いた。
「ごめんなさい、カミル様。すべて私のせいです」
「気にするな。しかたのないことだ」
しょんぼりと呟いたフィオナの頭をぽんとカミルが撫でる。
どうやらフィオナも辛い状況のようだ。それで癒しを求めて変装までしてパンケーキを食べに来たのだろう。城内での様子はなんとなくロゼッタにも想像がつく。ロゼッタもカミルの婚約者だった頃は周囲からの期待と圧力が強くそれに打ち勝つために必要以上に気位高く振舞っていたところがあった。
「しかし確かに貴方の言う通り父上や大臣達を説得するには好都合かもしれない。……これもあるしな」
一瞬座った眼でロゼッタの渡したメモをカミルが見る。
本当はパンケーキでも食べて平和的に解決できれば一番なのだが、まずはテーブルに着いてもらうためにもカミルが説得する必要があるようだ。
こうしてテオドールとカミルはそれぞれの国を説得することを約束したのだった。
「――今日はありがとうございました」
カミルとフィオナの帰り際、ロゼッタは改めて深々と頭を下げた。
ロゼッタの一存で一国の王太子に来てもらったうえに、かなり無理を言ってしまった。正直上手くいくかは半信半疑だった。けれど最終的にカミルもテオドールを信じると言ってくれた。
「いや……私のほうこそ君に謝らねばならないだろう。婚約破棄の件、本当にすまなかった。君の人生を振り回してしまったことを、なんと詫びればいいかわからないが……」
「いいんですのよ。おかげさまでわたくしは自分のやりたいことが見つかりましたし……。両親には時期を見て謝罪に行かなければなりませんが」
「私の方からも根回ししておこう」
最後に店の入り口で振り返ったカミルとフィオナにロゼッタは苦笑いした。
確かに婚約破棄の件は本当に突然のことで目の前が真っ白になった。何しろカミルは生まれた時からの婚約者で、ロゼッタはいずれ王太子妃になるためにそれまでの人生は生きてきたのだ。
けれど、今はそれ以外の人生もあるのだということを知れてよかったと思っている。自分の力で生きていくのもなかなか楽しいものだ。
カミルはロゼッタの後ろに立っているテオドールを見つめた。
「ロゼッタのおかげで貴方とも会えて話をできてよかった。伝承とは違うが両国が平和に暮らせる国を目指そう」
「……もちろんだよ。僕も頑張って周囲を説得しよう」
「それにしても以前会議で会った時とは全然人格が違って見えるんだが。あの時は全然笑わなかったし口数も少なかったろう。こう……玉座に座って不敵にワイングラスでも持っているのが似合うような感じで」
「ああ、あれは側近達にそうしといた方が威厳があるように見えるからって言われてちょっとキャラを作ってて……」
テオドールの出した手をカミルが握る。
どうやら血も涙もない恐ろしい皇帝、というイメージをあえて作っていたところもあるようだ。それを聞いたカミルが呆れたように苦笑いしている。
それを見てロゼッタはなんとも不思議な気持ちになった。
ゲームでは戦うだけで交流のない二人だったけれど、こうやって出会ったことで友情が生まれたようだった。
そして二人の横で小声でフィオナが囁いた。
「ロゼッタ様、いつかまたお会いしていただけますか?」
「……ええ、もちろんですわ!」
そしてロゼッタにも新たな友人ができたのだった。
(ゲームでは確か、魔王を倒してエストレイア王国によってローレンツ帝国は解体されるのでしたわよね)
魔法の力を持つ魔族を土地から追い出し平和が戻るという物語だった。
けれどこれから先の未来は、未知の世界が待っているのだろう。
「上手くいってよかったね」
「ええ、でも大事なのはこれからですわ」
カミルと、ぺこりと小さくお辞儀をして彼に着いていくフィオナを見送ってロゼッタは呟いた。隣に並んだテオドールが赤い瞳を細めて微笑む。
「……そうだね。今日はありがとう。君のおかげだよ」
「え? わたくしは何もしてませんわよ。ただパンケーキを焼いていただけですわ」
テオドールの言葉に驚いてロゼッタは首を横に振る。
両国の平和のために話し合ったのはテオドールとカミルだし、乱入者のアンデッドが現れた時対応したのはザシャやアロイスだ。そして腰を痛めたマルシオを癒してくれたのはフィオナだった。
店内に戻りながらロゼッタは自嘲する。
「わたくしは何の力もありませんのよ」
「でも、ロゼッタがいなければ僕はカミル王太子と話なんてしてないよ」
すでにマルシオは腰痛のため部屋に引き上げている。
静かな店内でロゼッタはテオドールと向かい合った。
「初めて会った雨の日を覚えてる? 僕はあの日、一応用心のために目くらましの魔法を自分にかけていたんだ」
「目くらましの魔法?」
「そう、気配を薄くする魔法っていうのかな」
そういえばとロゼッタは思い出す。テオドールはとても目立つ容姿だが、一緒に町中を歩いた時も注目されていなかった。
あの雨の中、どうして自分はテオドールを見つけることができたのだろうか。ただの偶然なのか、自分の中に流れる聖女の血の力なのか。
ロゼッタの頬をテオドールが撫でる。
「君が、誰も信じることのできなかった、臆病な僕を見つけてくれたんだ。こんな僕を信じてくれたんだ。だから今があるんだよ」
「テオ……」
あたたかな唇が重なって、ロゼッタは目を見開いた。すぐに離れていくテオドールはいたずらが成功した子供のような顔をしている。
「な……な……」
「必ず迎えに行くから、待っていてくれる?」
真っ赤になって固まるロゼッタの唇にテオドールが指で触れた。
(こ、この男……!)
可愛く従順なふりをしているがやっぱり魔王だ。
ロゼッタは今にも悲鳴を上げて仰向けに倒れてしまいそうなところを、ぐっと我慢して虚勢を張った。
「な、なるべく早くお願いしますわね! パンケーキが冷めてしまいますから!」
「……うん!」
その言葉にテオドールは一瞬きょとんとしてから、嬉しそうに微笑んだのだった。
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