11 突然の乱入者
「そ、そんなのただの戯言だろう。いくら同じものを食べて美味いと感じたからってそれで世の中が平和になるなら苦労しないぞ」
「それはそうなんですが、そこをなんとか!」
一瞬心揺れているように見えたカミルだったがすぐに反論してきた。思わず口をはさんだロゼッタを困惑した顔で見る。
「ロゼッタ、君は本当にどうしてしまったんだ? こんな無茶苦茶なことをする人ではなかっただろう」
「以前はそうだったかもしれません。ですが今のわたくしは違うのです」
なにより前世の記憶が戻ったことで、侯爵家の令嬢という立場でも思い切った行動に出られてしまったというのが大きいのだがそこは話せないので黙っておくことにする。
以前の自分であれば当然カミルを支えただろう。それが王太子の婚約者の務めなのだからと。
けれど婚約は破棄され、ロゼッタはテオドールと出会った。得体の知れない恐ろしい隣国の魔王の憎めない姿を知ってしまったのだ。
「わたくしは……」
キィィと扉が開いて錆びたベルが小さく鳴った。
今度は誰だと視線を向けると、一瞬見えた見覚えのある黒い影がまっすぐにカミルを狙って飛んでいく。
『アイツ、エストレイアノオウタイシダ!』
『セイカクノキツイオンナモイル!』
「あぶないですわ!」
あれはアンデットだ。
ここでカミルを傷つけられたら大変なことになる。
咄嗟に飛び出したロゼッタだったが、伸びてきた腕に引き寄せられた。先に動いたのはテオドールだった。伸ばした手の先にふわりと赤と青の間抜けな犬のようなマスコットが浮かんだかと思うと、カミルへを狙ったアンデットがはじかれひらりと天井に浮かぶ。
「な、なんだ!?」
「カミル様、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……」
浮かんだマスコットからザシャとアロイスの声がする。
驚くカミルのそばに慌ててフィオナが駆け寄る。
『邪魔はさせないからな!』
『すぐに逆探知してお前たちの主の居場所を捜してやろう』
赤いマスコットが光ったかと思うと、緋色の炎がアンデットを燃やした。みるみるアンデットが小さく霧散していく。青いマスコットの方は青く光ってアンデットをまるですみずみ調べるように光を当てていった。
「あの……あれがアロイス様のアミュレットで……?」
「そうなんだよ。あの変な人形の中に魔力を込めた石が入ってるらしくて」
僕が身に着けるにはちょっとどうかと思ったんだけど……とテオドールが呟いている。ロゼッタはテオドールの腕の中で天井で尻尾に火をつけられて苦しむアンデットを見上げていた。
アミュレットを媒介にしてテオドールの護衛をすると言っていたが、こういうことだったのかとロゼッタは呆気にとられていた。
「すまないね、カミル王太子。あれは強硬派の連中なんだ。エストレイアと戦争がしたくてしかたないんだよ。少し前に術者とその一族は捕らえたんだけど、残党がいたようだね。怪我はないかい?」
「おまえの仲間じゃないのか?」
「あいったたたた……」
「マルシオ様、大丈夫ですの?」
突然乱入してきたアンデッドに驚いたマルシオが、腰を痛めてしまったらしい。その時ザシャの魔法に抵抗して暴れていたアンデッドの尻尾がマルシオの頭上にあった照明に当たった。割れた照明のガラスがマルシオに降り注いだとき、ちょうど近くにいたフィオナが覆いかぶさった。
「マスターさん!」
「フィオナ!!」
その瞬間、カミルが駆け寄るよりも早く店内に嵐のような風が吹いてガラスが吹き飛んだ。
ロゼッタが目を開けると、フィオナとマルシオをテオドールが守っていた。どうやら二人とも無傷のようだったがテオドールの頬から血が流れていた。
「テオドール様! 大丈夫ですの? ああ、血が……」
「大丈夫、ちょっとガラスのかけらが当たっただけだから」
「皇帝……」
カミルが茫然として呟いた。
慌てて駆け寄ったロゼッタにテオドールは安心するように微笑みかけて、カミルへと視線を向けた。
「この国の人達を我が国の者に傷つけさせるわけにはいかないからね」
『いいかげん、お縄につけー!!』
『ギャアアアア』
『今からあなたの家に家宅捜索入りますからね。覚悟してくださいね』
炎の縄に締め上げらたアンデッドがザシャの声と共に霧散した。
途端に店内には静けさが戻って来る。
ぽかんとしていたフィオナがはっと我に返りテオドールに頭を下げた。
「あ、あの皇帝陛下! 助けていただきありがとうございました! マルシオさん大丈夫ですか!」
「そうですわ、また腰をやってしまいましたのね」
「は、はい。すみません、少し休めば大丈夫ですので……」
「手を貸そう」
「こっちのソファへ」
衝撃で動けなくなっているマルシオにテオドールとカミルが肩を貸した。二人がマルシオをソファに座らせた。未だ青いかおのマルシオの隣にフィオナが座るとそっとてを腰にかざした。ロゼッタの目にもふわりと淡く輝くのが見える。
「失礼します。私が治しますね」
「おお……楽になってきました」
「これが聖女の力ですのね……」
みるみるうちに、マルシオの顔色が良くなっていく。彼女はとぼけているところもあるが本物の聖女なのだなとロゼッタは思った。ロゼッタのように焼いたパンケーキにわずかに聖なる力が宿っている、なんて程度ではないのだ。
(わたくしは本当に非力ですわね)
「その……皇帝陛下、先ほどは助かった。礼を言う」
「うちの不始末だよ。こちらこそ迷惑をかけてしまってごめん」
その様子を見ていたカミルが気まずそうにぽつりと呟いた。
「ちゃんと犯人は見つけ出して一族郎党……ね?」
「何が……ね、なんだ? 知りたくないんだが」
にこっと不穏に笑ったテオドールをカミルがげんなりとした顔で睨んでいる。
そこへふわりと赤と青の犬のマスコット(ザシャとアロイス)が下りてきた。
『敵は逃げていきましたよ。今から追っかけてとっつかまえてきます』
『逆探知は成功しました』
「うん、あとはよろしく」
テオドールの答えを聞くと輝きの消えたマスコット二体はテオドールの胸ポケットへと戻っていった。
ロゼッタはフィオナと共に店内に散ったガラスの破片を掃除していた。その間に、テオドールとカミルは色々と話し合っていたようだ。先ほどの騒ぎの後、カミルは態度を一変させ、落ち着いてテオドールに向き合っていた。フィオナとマルシオを助けたところを見て、何か感じたようだった。
「なんだと、それじゃあ別に父親と弟を処刑したわけじゃないのか?」
「そういう噂になっているけど誤解だよ。父が僕の命を狙おうとしたんだ。だから返り討ちにしたら重度のぎっくり腰になってしまって自分から皇帝を引退したんだ」
はあ、とテオドールがため息をつく。
話の流れで実の父親すら手にかける冷徹無慈悲な皇帝の噂についてカミルが聞いたのだ。
店内の全員がぽかんとして思わず動きを止めた。
「今は隠居して田舎で療養中だよ。魔法と針治療が良いらしくて……。弟の方は一族郎党、無人島でサバイバルしてもらってるよ。もちろん見張り付きでだけど」
ローレンツ帝国の皇族は身内での権力争いが激しく、前皇帝もテオドールに暗殺されたのだともっぱらの噂だったのだが、どうやらテオドールの話によると前皇帝も弟も生存しているらしい。しかしテオドールの命を狙ったのは真実だったようだ。
先日の冷たい横顔を思い出して、気を使って父親のことを聞かないでいたロゼッタはズッコケそうになった。
予想外の内容に店内に妙な沈黙が落ちる。
はっとそのことに気づいたらしいテオドールが苦笑いする。
「ごめんごめん。なんだか暗い話しちゃったね」
「いえ、なんといいますか、お見舞い申し上げますわ」
「と、とりあえずその件は置いておくとして」
若干顔色を悪くしたカミルが話を遮った。
一瞬目を閉じた後覚悟を決めたように顔を上げる。
「私も貴方と同じように、無駄な戦いをしたいとは思わない。貴方は我が国の国民と聖女を守ってくれた。だから、皇帝テオドール。貴方を信じよう」
「カミル殿下……!」
「ありがとう、嬉しいよ」
微笑むテオドールにカミルは少々疲れた顔で苦笑したのだった。
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