10 願いは同じはずだけれど
うっとりとしていたフィオナが、はっと我に返る。
「……あ、す、すいません! 久しぶりのロゼッタ様のパンケーキだったものでつい嬉しくて……。あ、でもお二人とも食べないと冷めちゃいますよ」
「フィオナ……君なあ……」
はあ、と額に手を当ててカミルがため息をつく。
申し訳なさそうなフィオナにロゼッタはクスりと笑ってもう一枚パンケーキをサービスした。
「助かりましたわ」
「え? え? いいんですか? 嬉しいです」
増えたパンケーキに嬉しそうなフィオナは店内の張りつめていた空気を緩めた自覚はないようだ。
テオドールがいそいそとフォークとナイフを手にした。
「聖女殿の言う通りだ。ロゼッタがせっかく焼いてくれたんだ。こんな美味しいパンケーキ、焼きたてを食べないのは失礼だよ」
「え……」
困惑した視線を向けるカミルの前でテオドールが一口パンケーキを頬張ると、途端に表情が緩んだ。これはいつもの幸せそうな満足げな表情だ。ロゼッタはニコニコとカミルに声をかけた。
「カミル殿下もせっかくですから温かいうちに召し上がってくださいませ」
「……なんなんだ。見た目は美味しそうだが」
渋々と席に座りなおしたカミルがパンケーキに手をつける。一口食べた途端、一瞬だけ目を見開いたカミルはさらにもう一切れ食べた。不思議と、ほわんとカミルの顔つきが少しだけ穏やかになった気がした。
そして信じられない、というような顔をしてロゼッタを見上げる。
「これは美味い。……ロゼッタ、いつの間にこんな技術を身に着けたんだ?」
「うふふ、それは秘密ですわ」
「彼女のパンケーキはね、食べると心が癒される気がするんだ」
「わかります! 私もすごく心がほわっと暖かくなるんですー」
急にテオドールとフィオナから褒められてロゼッタは赤くなる。なんだか照れ臭いのだ。
これがパンケーキに宿った聖なる力(?)のおかげなのか張りつめていた場の空気がほんの少しだけ和やかになる。
「わ、わたくしなどまだ修行中の身ですわ。でも……ありがとうございます」
「というか、どうしておま……じゃなくて、貴方がここにいるんだ? ロゼッタとどういう関係なんだ?」
パンケーキを食べながらも当然の疑問をカミルが口にする。
ロゼッタのことはともかく、皇帝であるテオドールがエストレイア王国の城下町にいること自体が普通におかしいのだ。
ゆっくりと穏やかな表情のテオドールが顔を上げる。
「……この喫茶店で僕たちは出会ったんだ。僕はロゼッタのパンケーキのファンなんだ」
「ふぁ、ファンって……」
「いずれは毎日僕にパンケーキを焼いてほしいなって思っているんだ」
「は?」
ほんのり頬を染めて話すテオドールにコーヒーを飲もうとしていたカミルの手が止まる。
ロゼッタは呆れてため息をついた。
「まったく何を言っているんですの? そんなに毎日パンケーキばかり食べていたらさすがに飽きますわよ」
「そんなことないよ」
「……頭がおかしくなりそうだ」
いくらパンケーキが好きだからって度を超えている。そんな彼女を困惑した瞳で見つめたカミルは頭を抱えていた。
横からロゼッタの肩を指先でそっとフィオナがつつく。
「あ、あのお二人って恋人同士なんですか?」
「ええ!? 違いますわよ!」
「今はまだね」
「もう、テオドール様も変なこと言わないでくださいまし」
なぜか顔を赤くして嬉しそうなフィオナに聞かれてロゼッタは驚いた。先日、テオドールに抱きしめられたことを思い出し頬が熱くなる。とはいえ、別に告白されたわけではないし、と内心否定する。……だいぶ往生際が悪いとはわかっているけれど。しかしカミルはますます頭を抱え、テオドールは機嫌よさそうにパンケーキを頬張っている。
一体何なのだとロゼッタは憮然とした。
けれどふとテオドールと目が合うと、赤い瞳が嬉しそうに微笑んだ。
その瞳に見つめられるとなんだか急に胸がどきりとして、ロゼッタは落ち着かない気持ちになる。
「今日は大事な話し合いをしてもらうためにお二人を呼んだのですわ。そんな浮ついた話はまた今度にしてくださいませ」
こほん、とわざとらしい咳ばらいをしてロゼッタは場を仕切りなおした。
脱力した目でこちらを見上げるカミルは何か言いたげだ。
テオドールも頬杖をついてこちらを見つめている。
「――そんな浮ついた話ばかりできるような世の中ならいいなあ、と思うよ」
行儀悪く肘をついたままでパンケーキを一口食べて、テオドールはため息を吐く。それを見てカミルが眉を潜めた。
「何を調子のいいことを」
「でもそうだろう? 戦争したって民の命をいたずらに危険に晒すばかりだ。戦争に使う資金のせいで国の経済状況だって厳しくなる。そうすれば民の心は荒んで国内の治安も悪くなる」
「それは……」
「喜ぶのは儲かる武器商人共と僕の存在が邪魔で足を引っ張りたい奴らだけ」
テオドールの言葉にカミルがぽつりと呟いた。
「……無益な争いはこちらだってしたくない。だが、人々は帝国を……魔法の力を恐れているんだ。だから周囲は聖女が現れた今、聖剣を手にして攻め込めと言う。伝承通りなにもかもうまくいくと思っているんだ」
「ふうん、でも実際それを実行しなきゃいけないのは君なんだろう? 他人任せでみんないい気なものだね」
「そうなんだよ! 皆、フィオナが現れたことで浮足立ってるんだ。実際はどれだけ犠牲が出るかもわからないのに」
伝承通りに行けば倒される対象であるテオドールはのんきにおかわりのコーヒーを飲みながら呟いた。その言葉にカミルがぶんぶんと首を縦に振る。
(カミル殿下もいきなり聖剣で魔王を討つ勇者に仕立て上げられて戸惑っていたのね)
そこでカミルがはっとフィオナの方を向く。
「フィオナ、別に君は何も悪くないんだぞ。勝手に周囲が盛り上がってるだけなんだから」
「は、はい……でも」
「そうですわよ。カミル様含め、伝承に振り回されてる人達がみーんな悪いのですわ」
おかげでロゼッタの人生だって滅茶苦茶だ。
青い顔をしているフィオナの肩を抱いてツンと顎を上げてそう言えば、ぐうっとカミルは言葉に詰まった。少々意地が悪かったかもしれないが、これくらいはいいだろうとロゼッタは思う。
「……僕は幼い頃からエストレイア王国は敵だと教えられてきた。彼らは僕たちを化け物だと蔑み憎んでいるって。そして皇帝は聖剣を持った勇者が襲ってきたら彼を倒し国を守らなければならない」
「テオドール様……」
何でもないことのようにテオドールは言う。彼もカミルも生まれながらに役目を定められてずっとそれが真実だと教えられてきたのだ。
残ったパンケーキのひとかけらをぽいと口に放り込みテオドールは苦笑いした。
「だけど、すごく不思議だなあって思うんだ。敵同士のはずの僕達は同じパンケーキを食べて、美味しいと思って幸せを感じることができるだろ?」
ちらりとテオドールがフィオナを見た。彼女は頬を赤くしてぶんぶんと首を縦に振る。
「僕はこんなパンケーキを焼ける人も、それを美味しいと思う人達も敵だとは思えないんだ」
「おまえ……」
「カミル王太子、僕が今日ここへ来たのは君と話をするためだ。みんなが幸せになれる方法を考えるために」
カミルが驚いて目を見張り、ぐっと下を向く。
テオドールはロゼッタの願いを叶えようとしてくれているのだ。
下手をすればエストレイア側にテオドールが捕らえられる可能性もあった。実際に側近達にも反対されたが、それでも彼はロゼッタを信じてこの場に来てくれたのだ。
もちろんそれは平和的に争いを解決するためだったのだけれど。
ふと彼と視線が合って、ロゼッタはなぜか不思議と胸が苦しくなった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブクマや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。




