63、騎士を断頭する者たち(12)
休憩の終わり、ジーリレたちに道を変えるべきか尋ねたが、夕方に間に合うルートは軍の演習場が近いためよく誰何を受けると言う。
ダニエルは望遠鏡を覗くフリアに一瞬視線を向けた。
「各方面には話を収めましたが……奥方は一時行方不明になっています。加えて彼女は偽名を被るのになれておりませんので、今回は本名で旅券を取りました。首都の検問には融通できる騎士を配置していますが、新聞に載りましたし、他の真面目な記憶の良い奴に旅券の提示を求められると厄介です」
僕はため息を飲み込み、ゴランフィルでマヌエルと話した事を思い出す。軍に武器を卸している彼は、婚約者の少佐を慮り衛兵に見つかるように飛んでくれと言った。人攫いにしてくれたら見て見ぬふりをする、と。
今ルートを変えられないのも、父の企みの付随で発生したのだろうか……。
「ダニエルは何も知らないんだよな?」
「はい。教えて頂けませんでした」
同じくジェンも何も聞いていないと、船で困ったように言っていた。
「誘引するような事柄が散りばめられていますが、手ぐすねを引いて待ち構える者が一行にはおりません。さすがの先代でも、この状態で危険な目に遭わせるわけがないと……信じたいものです」
あまり普段の調子を崩さないダニエルが、船で見たガスパルと同じ悲しげな顔をした。
ジーリレにまた背中を叩かれる。
「フリアさんも元気ですし、少しペースを上げるのはいかがですか? 首都の検問を通れば、入ってすぐにモンドラゴン商会の支店があります。そこで夜を越せるように間に合わせましょう」
「……では同じ道で行こう」
再び歩き始め、バラクガラから三時間。道は平地に変わり、首都方向の空き地は消える。街道沿いには田畑、牧場が広がり、住民の往来も増えてきた。
郵便局を過ぎると、村役場に続く広い畦に、旅人たちが連なるように座っていた。古い木箱が転がり、それに座って昼食を取っている。奥には湯気の立つ露店もある。
「あまりに妥当ですが、どうします?」
と前を歩くジェンが言った。
客引きもない。農閑期の初め、冬に備えて金を稼ぐと言ったところか。しかし……。
「人が多いし、遮蔽物も少ない」
両側には田畑、道には数本の木しかない。
「しかし、そろそろ休憩が必要ですわ。郵便局の横を使わせてもらいましょうか? モンドラゴンの傭兵とさっきの老父の名前を出して、私が交渉してきます」
「また気遣いさせるのでは?」
「しかし、今ばかりは頼っても致し方ないかと」
少し考えるが、この先で食事を取ろうとしても同じことに悩むだろう。
「わかった。聞いて来てくれ」
僕らは少し戻ると、ジェンは郵便局の中に入り、すぐに局員と共に出て来た。ガスパルと同じくらいの年齢の青年が目を輝かせてダニエルに握手を求め、老父と同じように感謝の意を伝え始める。
ジェンとダニエルは局員の相手をし、ジーリレはガスパルに聞きたい事があると少し離れた場所に連れ立った。さっきの休憩でキリルも気付いたように、ピリピリとした雰囲気がさらに際立っているから、話を聞くためだろう。
郵便局の横に生えている木の下にキリルと皆の荷物を運ぶ。僕は装備がぶつかって音が出ないよう、慎重に麻袋の中のマントを取り出す。空になった袋を敷いてフリアに座ってもらい、マントを膝掛け代わりに手渡す。
「疲れてない? どこか痛みとかある?」
「ありがとう。平気よ。鶏の世話より楽。道が平らで驚いたわ。……ねえ、ずいぶんゴツゴツした重い膝掛けね」
「いろいろ入ってるから。でも怪我はしないように工夫してある。急に立ち上がる事があっても大丈夫だよ」
フリアを真ん中に三人で座ると、左隣の彼女は辺りを眺めていた。……当たり前だが、喋ればキリルに会話が聞こえる。それが何故か気恥ずかしい。
「エスピラルは……元気?」
「ええ、とっても。目立つからポーチに入ってもらったんだけど、少し暴れてるわ。ケープの下でずっと撫でてるの」
……羨ましい以外の言葉が思いつかない。会話がぶつ切りになると、彼女は役場の方へ伸びる旅人たちや露店を見た。
「普通の村に見えるけれど、活気があるのね」
「普段はこんなことやってないよ。奥にある店で軽食を買えるくらいだ」
「そうなの。露店も見えたし、お祭りみたいで、うろちょろしたくなるわ」
「少し嫌な情報が入ったから、ここから離れちゃ駄目だよ」
「……そうなの。ねえ、このすぐ近くに首都の水源があるんでしょ?」
「湖があるね」
この国にも成空碇を使う空軍があった頃、発着場として使っていた場所だ。今は海軍の演習場である。
「小型の飛空艇だったレオンアズール号があるって聞いたの。まだ現役で、ガスタンク式の水上船として活躍してるって。見に行ったら、駄目? ちゃんとお昼休みの時間は守るわ」
心痛で眉間に皺が寄る。
「……今回は残念だけど、無理だ」
彼女は俯いて、つま先を見た。この役目こそ、ジェンにしてもらえば良かった。
「望遠鏡なら見えるって言ってらしたけど、危ないなら仕方ないわよね」
フリアがそう言うと、キリルは空咳をした。
「それはどなたから聞いたんですか?」
「ビャークラン……様よ。団長って、人がいる所では言わない方がいいかしら?」
フリアは小さく聞いた。僕とキリルは頷く。察しが良くて助かる。他の者が何の団長だと、聞き耳を立てられる可能性がある。
「変わった方よね。飛空艇が好きって言ったら、レオンアズール号を奥様と三人で見に行こうって誘われたわ。上手く断れなくて、ジェンが助けてくれたの」
キリルは笑いながら問う。
「へえ、ジェニファーさんはどうやって断ったんですか?」
「私がお連れしますのでお気遣いなく、って」
親父殿も話に入ったか聞こうとするが、トントンと指で背中をつつかれる。キリルだろう。
「そうですか。一度、ジェニファーさんや他の方に確認してみましょう。それにしても、さすがビャークラン殿ですね。あの方は過去にベステ様も口説いたそうですよ」
「え、すごいわね。好色家なの?」
「いえいえ、美しいものがお好きとのことです。でも仕事中に口説くとは見習えません。先代に注意されてなかったですか?」
「いいえ、なかったわ。そっか……あの方、ベステ様を口説いたのね」
キリルは首を傾げる。
「先代がどうかされましたか?」
「少しの間、厳しい顔付きで睨んでらしたから」
「……思い出すところがあったのかもしれませんね」
そう言ってキリルは話題を変えた。先の道を行けば見える、壁画を施した家のことや、大きなサイロが立ち並ぶ風景について三人で話す。いずれもフリアは知っていた。ルシア殿から聞いたという。
僕は話しながら、濃くなっていく危険を感じた。ビャークは湖に危険があると示唆したのではないか。キリルも同じだろう。見張り当番の時のように辺りを見ている。




