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64、騎士を断頭する者たち(13)



 僕らが黙ると、フリアは「あら」と呟き、ジェンを見る。


「望遠鏡ならあるよ」


 素早く差し出すが、彼女は受け取らない。……じっとジェンの方を見ている。


「僕の望遠——」


「ねえ、あの人——」


 お互いの言葉がかぶり、口をつぐんだ。キリルが口を開く。


「あの人って、ジェンさんとダニエルさんに話しかけている郵便局員ですか?」


 まさか知り合いか。彼女と郵便局員を交互に見る。


「ええと……」


 フリアは言いにくそうに手で口を隠し、僕の耳元に顔を近付ける。


「生き別れの兄かしら」


 これはゴランフィルでフリアが僕を助けてくれた時に聞いた、そして先日彼女が成空碇(せいくうてい)を人の骨だと確信したとき僕が言った「行き別れの弟かしら」を変えた言葉だ。


「彼も震えてる?」


 彼女は頷く。僕らにはわからない、イグナシオのトニエ家の特性で、成空碇になり得る人物を見分けたのだ。フリアの不思議な感覚は、旅を共にするメンバーには言ってある。キリルもチラッと郵便局員を見た。


「珍しい事ではないよ」


 僕はそう言うしかない。外で大っぴらに話せることではない。


「……そうなの」


 成空碇になり得る家系が記された千羽書(ミリピロマス)には、バラクガラに住む一族がいくつか載っている。旧都で古い家が多く、荒野の湖(オアシス)を崇めた民たちは同族で婚姻を結ぶ。そんな家庭は未だ多い。そうすると、悪戯に血は濃くなる。


「あまり見ないでおいてくださいよ」


 キリルは僕らのやり取りを聞いて、彼女へ愛想良く笑った。


「フリアさんのような美人に男が見られると、あらぬ誤解を生みますから」


「あら、叔母さんみたいな事言うのね」


「光栄です。俺も叔母君と同じくらい貴女を心配しているんですよ。さて、右手をご覧ください。なんと、望遠鏡があります」


 フリアは僕が差し出したままの望遠鏡を見て笑った。


「気付かなかったわ。ありがとう。ねえ、今上を通っているのは、貨物艇? 裸眼でも何だか少し大きく感じるわ」


「うん。たぶん北の国のフィースモスと呼ばれる型だ」


 会話とは別に頭を働かせ、ダニエルたちと話す郵便局の男をさりげなく見る。


 成空碇になり得る者が、この村に住んでいるとは聞いていない。その血族の同行は騎士が追う。街に馴染むように国中に駐在し、他国に行っても他国の騎士団と連携し追えるようになっている。


 最近ここへ越してきたのか。バルクガラの街から通いで働きに来ているのか。それとも、たまたま首都との中継地点であるこの郵便局に使いで来ているのか。


 歳はガスパルと同じか、それよりも少し上。道中の老父の話からして、海賊退治に興奮して、街道を自転車で駆け回った青年かと思ったが……。


 頭の中の情報をひっくり返しても、照合できる報告はない。


 しかし、どうあれ、疑問に思うなら考えねば。

 何故、今、現れたのか。

 今の状況で、見過ごせるものでは無い。


 望遠鏡を覗くフリアと話を続けながら、郵便局員を観察する。


「フィースモス……。聞いたことないわ。あなたは空を見ないのに、何で型までわかるの?」


「君がビャークに口説かれている間、発着予定表を見させてもらった。そこから予測してる」


「口説かれた? からかわれたの間違いよ。わあ、望遠鏡で見てもやっぱり大ぶりね。雄鶏で特別大きい子みたい。ずんぐりと横幅があるわ。……あの子達、マヌエルさんの所でうまくやってるかしら」


 あの子達とはフリアが世話をしていた鶏達だろう。そう考える裏で、郵便局員の姿を頭に落とし込む。


 顔は無精髭を生やし、唇はひび割れている。日に焼けた肌、黄色い歯、顎は細め、瞼は二重、鼻筋は通っているが、鼻腔の高さが若干違う。黒い双眸はモンドラゴン商会の派遣兵(ハンター)を見て無邪気に輝いている。キャスケット帽の下は瞳と同じく黒髪。おそらく肩ほどの長さ、後ろで縛っている。土汚れのある生地の薄いジャケットをはおり、ズボンの裾は布を当てて補修している。背丈はジェンよりも高く、ジーリレよりも低い。ガタイの良さはガスパルやダニエルほど顕著ではない。


「雌鶏は元気にやってるはずだ。雄鶏は去勢してみるとのことだ」


「え? 去勢って、あれでしょ? 睾丸が無くなることでしょ? 鶏にそんな事するの? そもそも……そんなの、あの子達ってどこにあるの?」


「肺と腎臓に近い箇所と記憶している。マヌエルは高く売れる去勢鶏に興味があると前に言っていた。だから引き取ったんだと思う」


 局員の無精髭、油っぽい長髪、ひび割れた唇、無邪気な瞳、日に焼けた肌、黄色い歯。取り外せる部分を偽装できる部分を削除し、もう一度記憶と照合——


「え、うちの鶏って、もっと美味しくできたの?」


「たぶん」


 めちゃくちゃな早口で言ってしまう。

 死の間際の騎士たちが残した言葉を思い出したからだ。

 いや、まさかとキリルを見れば目が合う。彼も思い至ったのか……。


「へえ……。でも言われてみれば、マヌエルさんの部下に『雄鶏は生まれたか?』ってよく聞かれたわ」


「うん」


 身の毛がよだつ。

 この数年で何人もの騎士を葬り、または攫った男が目の前にいるかもしれない。


「……雄が複数いると喧嘩しちゃうから、私も都合が良くて早いうちに引き取ってもらってたの。去勢の研究をしていたのかしら? でも私に何も言わないなんて、上澄を掬われていた気分だわ。値引きなんてしなければ良かった」


「たしかに」


「……ねえ、これって触れちゃいけない話だった?」


「違う」


 人間違いでも捕まえた方が良い。そうするしかない。

 

 そこでダニエルが大きく笑った。僕ら三人の視線が彼に向く。


 ダニエルはポケットに手を入れ、何か探し始めている。身体中のポケットを探り、黄色の旅券を出す。これは取り決められたサインで、つまり異変があると知らせている。


「どうしたの? 外で睾丸とか去勢とか話すのマズかった?」


「キリル、護衛を頼む」


 すぐに彼はフリアの手と腰を掴み、引き寄せた。


「え、な、何?」


 彼女は身をよじってキリルから離れようとする。


「フリア、動かないで」


「俺がお守りします」


「……どうして?」


 背に置いてある麻袋を静かに倒す。後ろ手に中身を取り出した。鞭をコートの中に引き入れる。


 彼女は横目で僕の行動を見ていた。表情はわからない。見ることができない。


「わかったわ。今度は泣かない」


 その言葉にフリアを見ると、僕よりも余裕のある笑みを浮かべていた。


「なるべく穏便に済ませる」


 僕は自分に言い聞かせるように言った。

 郵便局員の男……。

 推測が当たれば、帝国陸軍第四〇八大隊、通称・資源調達部、それを束ねる大隊長だ。帝国騎士団が存続していれば、当代団長の身分である。



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