61、騎士を断頭する者たち(10)
ビャークの言った事を頭の片隅で考えながら、街道を歩いた。
なだらかな下りが続き、ただひたすらに真っ直ぐ伸びる。一時間ほど歩けば斜面に緑が多くなり、オリーブ畑が両脇に広がる。
嫌な予感がするが、一行の足取りは軽い。健脚を自負したフリアは空を眺めつつも速度を落とさない。
馬車に乗らなかった親父殿の文官四人は僕らよりペースを上げて先に行った。しかし、このまま行けば到着時間の差は大してないだろう。夕方の検問に間に合いそうだ。
前を歩くフリアはあっと声を出すと、軽くステップを踏み、手でひさしをつくった。
「あれは、どこの飛空艇?」
彼女の隣を歩くジェンは望遠鏡を覗く。
「船底の骨組みから見て、西海を挟んだ向こう、共和国のものですね」
「ねえ、ジェン。もう躓かないから、私にも望遠鏡を貸して。ちゃんと気を付けるわ。絶対に約束する。だから、お願い」
フリアは胸の前で手を組んで、ジェンを見上げて懇願する。それは狙われた野うさぎが鷹の本能を捻じ曲げるような、ある種魔術的な魅力があった。
しかしジェンはぴしりと言う。
「駄目です。歩くペースが崩れますと、余計に疲れるのですよ。休憩の時にお貸ししますから、その時にご覧ください」
信じられない……あんなお願いをされて、何故断れるのだろう。僕が断ったら、一生涯心残りとなる。僕の物を貸そうか迷うが、少し振り返ったジェンと目が合う。悪戯を見抜くような目で、首を振った。
僕の様子に、隣のジーリレが笑みを含んで言う。
「そういえば、検問のときビャークラン団長がフリアさんを軽く口説いてましたよ」
それは仕方ない事だ。
「あの人は見境なく綺麗なものが好きだから。昔、母を口説き出したとき、兄は本当に困惑したと言っていた」
後ろで短くガスパルが笑う。
「俺、前にディバが口説かれているのを見ましたよ。僕の騎士団に入りなさい、って真剣に仰ってました」
斜め前、ダニエルと並んで歩くキリルはこちらを振り返る。
「祖父さんも歌を披露したら、同じ事言われたって聞いた事あります」
「本当に見境ありませんね」
とジーリレは笑った。
僕は前を歩くフリアに聞こえぬよう声を落とす。
「僕は口説かれてないけれど、ご武運を、と言われた」
ダニエルもこちらを振り返った。わずかに眉を寄せている。
「ビャークラン団長がですか? それは……気になりますね。検閲で知己の騎士と話したんですが、鉱山事故が人為的なものかもしれないと言ってましたし」
ジーリレが眉を顰めた。
「小規模のガス爆発による落盤じゃないんですか?」
「そうなんですが、生き埋めになった鉱夫の遺体が見つかって、その二名は事故の数日前に仕事を飛んでいるとのことで。調査中ですが、どうやらその二人、前に他の鉱山で手癖の悪い事をしていたんです」
「つまり鉱石をくすねて隠しておいて、後日取りに行く、という盗みですか?」
ガスパルが問うと、ダニエルは頷き、ジーリレが首を傾げる。
「しかし炭鉱ですよ? 何の宝石を見付けたって言うんです?」
ダニエルはキリルを見て、その質問を任せた。
「鈍色の空が飛べる石なら、時々地中に埋まっています」
確かに稀にある。古い時代の人骨の発掘だ。しかし……。
「素人ではわからないと思う」
成空碇の精製は時間をかけて自然に行うか、人の手により性急に行うか。その二つの方法だ。見栄えは濃い灰色のゴツゴツとした石だ。相当見慣れていないとわからない。
「確かに暗い炭鉱で、容易に見分けられるとは思えません」
ジーリレが同意する。
ダニエルは前方から来た馬車が通り過ぎた後、後ろ向きで歩いて口を開く。
「もし入念な仕込みがあったらどうでしょうか。何者かが、事故の前に成空碇を採掘した話をして、特徴を二人に刷り込んでおく」
ダニエルは一旦言葉を切って、隣のキリルを試すように見た。
「……特徴は嘘でも構いません。暗い炭鉱でも目立つような情報を言っておけば、見付け易くなります」
頷くダニエルはまた話を続ける。
「雇い主から褒章を貰ったと言えば、同領たちは覚えておくでしょう。そして二人に発見できるような場所に埋め込む。手癖の悪い奴なら特別な金より、裏ルートで売った金を選ぶかもしれない」
ダニエルはまたキリルに続きを促す。
「二人は成空碇を隠し、それを後日、事故の日に取りに来ます」
ダニエルは片眉を上げて言う。
「事故の日だぞ?」
「……そうか。おそらく、隠したのは危険な場所です。ガス抜きが必要となる掘削を断念した脇道……爆発を誘引できるような、立ち入り禁止のルートではないでしょうか。最適な隠し場所も二人に吹き込んでおけば、二人が成空挺を持ち出そうとした瞬間が爆発の引き金になるのでは?」
「つまり、今起きている石炭不足は何者かによる故意の可能性があると言うんですか?」
ガスパルが聞くと、ダニエルとキリルは浅く頷く。
この街道は各国の飛空艇が見えるスポットだ。物好きな旅行者がそれを目当てに来て、熱心に空を覗いている姿は見た事がある。道の監視を装う事は容易いだろう。
オリーブ畑を駆け抜けて、枯れ草が舞う風が顔を打った。麻袋に入れたマントを羽織りたくなる。
「それが本当なら、僕らは何者かに炙り出されているのではないか?」
「先代はそれを利用しているとも言えます」
キリルが言った。
……もう始まっているのだろうか。ビャークはそれを教えてくれたのか。
考えてもわからない。キリルやダニエルもまだ答えを出せていない。だが、何か起きるとしたら、フリアは……。
先頭で、ペースメーカーのジェンと共に歩く彼女は楽しげに小さく歌っている。栗鼠がケープの下から現れてジェンのポケットへ木の実を取りに行き、顔を綻ばせた。
「やっぱり馬車に乗ってもらうべきだったかな」
ぽつりと言うと、ジーリレに背中をバンと叩かれる。
「何はどうあれ、もう後戻りはできません。あなたは俺に殴られるような真似はしない事。本来、敵は情けなどなく命を奪ってきます。それをお忘れなきよう」
「あと、なるべく怪我をしない事です」
そうガスパルが言った。ジーリレがチラっと後ろの彼を見る。
「それから、団長の指示を守ることもですね。たとえどんな命令でも、従う事ができなければ騎士団の一員ではありません」
「肝に銘じておりますよ、副団長」
そう言ったガスパルに不安を持ってしまう。フリアの安全とは別の事で、彼が裏切るとは思っていない。今の置かれた状況が不安にさせるのだ。
かつてガスパルは兄の元で副団長をしていた。その彼の誇りを捻り潰した帝国の調達部は、マーロウ卿に通じた僕らの日程を把握できる。それは彼も承知だ。ちゃんと説明した。平気そうだった。でもわずかな、本当に微小な……気のせいかもしれない殺気が出立からずっと続いている。




