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53、騎士を断頭する者たち(2)



 祖母と船着場で別れ、城砦から出る。街への階段を下り始めると、ジーリレが横に来て並んだ。


「あの……本当ですか? フリアさんはここに住みたいと、本当に仰ったのですか?」


 何を今更。


「団長室で言っただろ? 僕が一番聞いて欲しかったことだ」


 ジーリレは立ち止まり、こちらに一歩詰め寄られる。


「離縁を示唆された後に自慢されても頭に残りませんよ!」


 ……ああ、そうか。先ほども祖母が驚いていた。少し苛っとする。彼が消沈した真意に気付いた。


「違うだろ。君はフリアが喜んでこの街から出て行くと思ってるんだ。だから耳から流れたんだ」


 ジーリレは困惑するような、笑みを押し込めるような顔をする。


「そ、そりゃそうですよ。俺は妻に鼻や肋骨を折られたことなんてありませんから」


「昨日は鳩尾を殴られた」


 あの人はほんとに、とジーリレは呟いて笑った。


「ええ、それはしっかりと頭に入っています。彼女はキスを誘って隙をつくり、あなたを殴ったんですよね。それで何でこの街に住みたいと仰るのか、常人ではわかりません。具体的な理由はなんですか?」


「それも言っただろ。君が買うのを反対したコトヴィアのおかげだ」

 

「……言ってませんよ、コトヴィアなんて。全く出てこなかった。団長室でのお話は見栄を張ったんですか? まるであなたに惚れているかのような口振りでしたよ。しかし俺から見て、たった一度遠出したくらいの、見栄はダルダルにたるむご関係だ。だから、殴られた事しか頭に入ってこなかったんです」


 言葉が出ない。コトヴィアの事を出してない? 話したつもりだが。友人として彼に話したのが原因か? それとも昨夜の別れ際彼女の言った言葉は、屋根から落ちても今なお……。


 ジーリレは黙る僕を勝ち気な笑みで見て、肩をすくめた。


「申し訳ありません。さっきまで、サラとの離縁は確定だと思い込んでましたので。安心で少々の怒りが噴き出しました。面目ない」


 それから自慢の銀髪を掻き上げて、街を見下ろす。屋根の傷んだ箇所を僕よりも目敏く見付ける瞳に戻っていた。


「さて、何とかしましょう。彼女がこの街を気に入っているのなら、是が非でも住んで頂かねば」


「僕は最初からそう言っている。君が行間を読めないだけで、僕とフリアは……たぶん仲は悪くない」


「年中酔っ払ってる読書家とお知り合いで?」


「口が悪いぞ」


 調子の戻ったジーリレと丘に建つ家々の中を歩く。靴工房と木工所の間に流れる水路を超え、学校に通うより下の子供の預り所を曲がる。白っぽい石造りの棟が連なる中、黄色に染められた塗り壁の家屋が見えてくる。


 軒先にはいつも脚の長い椅子が一脚ある。夕刻を知らせる鐘の音と共に、歌を響かせる一族の象徴だ。近所のアロンソの飛空艇工房の技師たちは、彼らの音楽がなければいつまでも仕事を続けると言う。


 今から会う幼馴染の父親は毎日あの椅子に座りギターを奏でる。僕はフリアとゴランフィルで出会った後、演奏の弟子を入りし、最近やっと彼の技量に脱帽した。


 港の商工会から見れば、真っ直ぐ伸びる市場通りの突き当たり、この国で四番目に大きな商会を担当するモンドラゴン家だ。しかしながら、いつも歌う機会を探す工房長は商会の仕事にはノータッチである。彼の弟が首都で似たような黄色いテラコッタの豪邸で汗水流している。


「いつもあそこだけ春みたいだ」


「洗濯物が派手ですから。サラはしばらく服屋か染色工房だと勘違いしてましたよ」


 たしかに色とりどりのシャツやスカーフを見ればそのように見える。マントを脱げば一張羅と揶揄される彼らは、いつ何時ステージに上がっても良いように着る物にこだわる。


 併設された革工房のドアの前まで辿り着くと、ジーリレが戸を叩く。キリルはいるか、と声を出そうとしたが必要はなかった。裏口が開く音を捉える。ジーリレに目配せして、捕獲に向かってもらう。逃がすものか。


 扉はサンドラが開けた。


「あら、久しぶり」


 招き入れてくれた工房は昔からトントンと革を打つ音が響いている。職人が三人とも仕事を放り出すと、こうも静かなのかと思う。


「サンドラ夫人、久しぶり。結婚おめでとう」


「エヴァンたら、やめてよ。かしこまって言わないで。君とキリルがそんな仲なんて知らなかった、ってあなたの冗談、まだ他の子に揶揄われるのよ」


 その時の僕は本気で言ったのだが。


 それにしても半年会っていないだけなのに、彼女はずいぶん変わった気がする。黒い髪や瞳、背丈なんかは同じなのに、雰囲気や声音が前とは別だ。淑やかになったのか、大人びたのか。いや、それとは少し違う。単純に……。


「幸せそうだな」


 サンドラは窓際のテーブルを拭くのをやめ、顔を赤くした。


「……やだ、私ってあなたにわかるくらい浮かれてるの?」


 つまり鈍感だと言われたが、的中したなら今は違うと証明しただろう。


「何となく思っただけだよ。冬季放牧に行くんだろ」


「そうよ。私、初めての温泉なの。だから彼と一生懸命働いてるわ。あなたは予備のベルトを取りに来たのよね? キリルったら、昨日お祖父さんから取り上げて夜なべしたのよ」


 サンドラはそれを友情だと思っているようだ。


「あいつ勘がいいから、僕が困っているのがわかったかもしれない」


「そうかも。……大変ね。宴が中止になって、明後日、また谷を出るなんて。あなたよく無理するんだから、気を付けてね」


 心配され、チクっと胸が痛む。冬季放牧へ行けるか、これから決まると言おうと思ったが話辛い。


「ベルトはできたかな?」


「さっき彼が詰所へ届けに行ったけれど、すれ違いになったのかしら?」


「今から会うよ」


「待つのね。お茶入れてくるわ。座ってて」


 革クズを靴裏で踏んで、来客用のテーブルに着く。サンドラが母屋へ続く廊下に消えると、それを待っていたジーリレが工房の扉を開けた。



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