47、騎士と清算の難しい過去(16)
——あなたとジーリレさんとマリーザ、べステ様とウルバノくん、あと私とママは……あの塔と同じ。これが質問よ。答えて。この分け方は合っている?
おそらく彼女は母以外、成空碇になり得る人間に出会った事が無かったのだ。僕を見つけた感覚を血の繋がりだと思っていたのか。
「俺はルシア殿の幼少期の話をいくつか仕入れてたどり着いたが、お前はいつ知った?」
「……今日の昼、船で水門へ向かう途中です。フリアの口から……聞きました」
「待って。私、わからないわ。何の事ですか?」
そう母さんが聞いてしまう。親父殿は足を組み直す。
「何の事とは何の事か」
父のとぼけた声に、母は鋭く目を細めた。
「……ウィル。そもそも、このお話は私が聞いてもいいのですか?」
母さんはわざとらしく小首を傾げる。親父殿も同じ仕草をした。
「答えられない」
「何よ、それ。聞かせておいて何故ですか?」
「俺の発言は無かったのだ。だから君が知って良いかという問いには答えられない」
フリアの事もイグナシオのトニエ家の事も、騎士ですら一部にしか知られていない。マルグレラダ領主であっても知らない。
「……つまり、千羽書とは聖の骨の話ね? イグナシオ・トニエというのは『乙女』? それとも『冬の鳥の宿木』にあたるのかしら?」
くくっと親父殿は笑い、僕は母がほとんど言い当てたことに驚く。答えはその両方だ。
「ベステは昔から変わらんな。御伽話の研究に対する情熱は素晴らしい。しかし飛空艇に忍び込んでまで調べるなど、今はもうやめてくれよ」
「派手に勘違いして浮かれてましたね」
母さんは二本の指で左の首の中腹をトントンと叩いた。逢瀬に来たと思った男を髪飾りで刺した箇所だろう。
「今、刺されても話さんよ」
それで母さんは一角栗鼠の資料に目を落とした。僕は騎士として封筒をマントに入れる。母は僕らの立場を慮り、浅く何度か頷いた。
「でも、フリアはもう私の娘よ。どれだけ危険な存在であっても、帝国に受け渡すなんて賛成できません」
僕が座る椅子の肘掛けに母さんは腰を下ろす。そっと背をさすってくれた。スープを飲む前の顔色に戻っているのは自分でもわかる。
「いや、まだ危険は少ない。エヴァ、それはわかるな?」
成空碇に反応するのは角のある動物でもわかることだ。言葉の通じる人間であり、世界にたった一人という点が付加価値を生むが、親父殿は含みを持たせる言い方をしている。他に何かあるのか……。
「まだ、とは?」
親父殿は小さく首を振った。母の前で話せないことなら、成空碇に関してだろう。
「ではこの件に関して、マーロウ卿は知っているのですか?」
「数日前、卿とジェレミーが短く北の国で会っているが、詳しくは知らないようだな」
もう数年会っていないジーリレの父親の名が出た。帝国との国境の街に駐在し、大陸に散らばる騎士や諸外国の各機関との窓口である。
そしてジェレミーにマーロウ卿が接触できたのなら、帝国の恥知らず共が現れたのだ。
隣の母が薄く殺気を放っている。
「ねえ、あいつらが来たのですか?」
「そうだ。卿がジェレミーに辿り着くとしたら、仲介役は帝国の騎士がやる。マーロウ家は元子爵だ。伝手があったようだな」
旧帝国騎士団……。奴らは信念を曲げて軍属に下り、調達部と名を変えた。褒めるところがあるなら、国からの干渉を最小限に抑え、騎士特有のしきたりを保っているところだが……。
親父殿は眉間に皺を寄せる。
「二人共落ち着け。橋渡しの役目として顔を出しただけだ。帝国も調達部も沽券が下がったとは言え、そこらの矜持は守っている。奴らのやる事もアンドレの件も確かに許せん。だが、話もできない獣のような顔をするな」
奥歯を噛むのやめる。聞くべき事を聞かなければ。
「フリアの詳細が調達部に知られているのでは?」
「それはないと見ている。帝国は一角栗鼠が慕う人物に興味がない。奴らの興味はあくまで成空碇の収集だ」
「しかし、卿はルシア殿に群がる一角栗鼠を目撃しています」
「先も言ったが、マーロウ卿は詳しくは知らないと言っている。ジェレミーの電報では過去未来、詳細を調べることはない、と」
それは察している者が言える言葉ではないか。
「そもそも、フリアは騎士である僕らが守るべきです」
「俺も十五ならそう言うだろう。シンプルな故、反射で出る。この谷が大きくなった理由も概ねそれであるしな」
親父殿は僕を否定しなかった。おそらく思考のズレを正そうとしている。思い付いた質問は言いたくないが……。
「……マーロウ卿に引き渡した方が安全なのですか?」
親父殿は口髭を撫でた。その癖はもう好きにはなれない。




