43、騎士と清算の難しい過去(12)
港へ戻ると、荷揚げ用のクレーンにテオが吊るされていた。船が着岸した後、クレーンによじ登り、彼を引き上げて縄を解く。
「母と父を呼ばれたのは耐えたんですが、つい先ほど祖母に泣かれまして、油断して捕まってしまいました。申し訳ありません」
「いや、よくやってくれた。ありがとう」
クレーンの上でテオと立ち、出迎えの人垣に彼の無罪を宣言するため声を張る。
「騎士テオ・バティスタの行った今日午後の件は、僕の指示だ。結婚の宴の延期は先代の要望であり、それに対する抗議である。本人不在のため、まず前副団長のバルトロメ・サンチェスに向けて不敬を働き、僕の意思を表示した。テオは僕の命令に従ったまでである。責められるのは自分だ。テオ、ご苦労だった」
その言葉に指笛を鳴らしたのは楽しみを見付けることが上手い工房長だった。口を読むと隣の息子に「これからが本番だぞ、盛り上げるぞ」と言っている。何のことかと思っていると、後方の船のデッキでハッと短く笑う声。親父殿だ。
「十五回も延期した父に気を遣え! 一度くらいでガタガタ言うな!」
その怒鳴り声にピュウピュウと指笛が鳴った。顔を紅潮させた、楽しみをつくろうとする工房長だ。煽るように指笛は数を増す。隣の息子はギターを構えているではないか。
親父殿はくつくつと笑う。
「落ち着け、モンドラゴン家諸君。喧嘩の音楽の準備など必要ない。俺は確かに父と派手にやり合ったが、当代は不敬罪の処分がある」
それを聞いてしゅんとしたのは工房長たちだけでなく、騎士だった男たちだ。なるほど。喧嘩を期待して、いつも以上の人手なのか。
父がやり合った原因は祖父が度重なる宴の中止をなじったことで、さながら祭りのような熱気だったという話を思い出す。城砦の訓練場で何度か行われた親子喧嘩は、最後父が勝ったとき母さんの応援があったという。
その過去があって、何故このような事態になったのか。頭がチリっと燃える。
「僕は今から行ってもかまいませんが!」
「その日のうちに再戦を申し込むとは情緒の無い奴だな。俺は受けん。処分が先だ。それに夕飯が冷える!」
親父殿は目を凝らして母さんを探していたが、居ないとわかるとあからさまに不機嫌になった。ざまあみろ、と小声で悪態を吐く日が来るとは夢にも思わなかった。夕飯も無いと知った顔を見れないのは残念だ。
「既にやり合ったんですか⁉︎ 今度は皆が見物できるようにしてくださいよ!」
「落ち着け、工房長。俺は先々代のようにはしない。それにお前は歌いたいだけだろう。孫に働かせてないで、仕事をしろ!」
親父殿は武器の入った木箱を背負い港に降り立つと、近付いて来た人物を見て不機嫌を一変させて吹き出して笑った。汗で髪がベタベタになったバルトロメだ。一言、二言、言葉を交わす間、父は堪えることなく笑っていた。
そんなバルトロメは無言でクレーンの下に向かって来る。
「夜直はないので、僕もご一緒します」
そう言うテオに首を振る。
「いや、いい。お祖母さんが待っている。風が冷たいから早く家に入るんだ。バティスタ家には後日、謝罪に行く」
「お心遣いありがとうございます」
テオはクレーンから降りて、バルトロメに膝を屈っし、鋭い一瞥をもらった。親父殿を囲う人垣を避けて、倉庫のベンチで心配そうに見ていた祖母に駆け寄って行く。
僕も港へ飛ぶ。バルトロメから小言があるかと思ったが、彼は無言で両手の荒縄をピンと張った。グルグルと縛られると、クレーンのワイヤーに繋がれて吊られる。顔の出た蓑虫のようで、船からマリーザを支えて出て来たフリアがギョッとしていた。
「ピクニックの帰り、赤い表紙の本について話しただろ? あれを持ち主に返す方法を僕は誤ったんだ」
そう声を張っても、フリアや近くにいるジェンは首を傾げた。荷下ろしを手伝っているガスパルが近付いて、コソッと内容を伝えた。フリアは持ち主について驚いた後、頬を膨らませて笑いを堪えた。ジェンがどんな本なのか彼女に聞き、説明する顔は普段見る表情に近い。それに少し安心する。
まだ顔色の優れないマリーザは誰からか伝えられのだろう、強張った顔の夫ダニエルに抱えられて城砦の坂道を上がって行く。
フリアは栗鼠の籠を持つジェンに連れられてバルジャン家に入って行った。あの性悪な栗鼠の説明がまだ続くのだろうか。
親父殿の船の荷下ろしが終わると人は少なくなった。各家庭やバルから飯の香りがする港で、夕食を待ちわびる子供の笑い声が下から響く。
「蜜月の旅行ってなあに?」
と五歳のアンゼリカに聞かれるので、宙に浮いた体が風に吹かれてくるっと回ったあと答える。
「蜜月の旅行とは、結婚して間もない夫婦が行く旅行のことだ」
温泉のことね、きっと二人でお風呂に入るお話よ、と彼女らはケタケタと笑った。
バルトロメの本を斜め読みしたテオは、冷や汗をかいて題名を少し変える提案をした。それを聞いて良かった。子供らの母親に矢尻のような目線を向けられないで済んだのだろう。
こんなやりとりをしても恥辱はない。ここなら親父殿の飛空艇のドックが少しは見えるし、フリアが入ったバルジャン家も見える。何か動きがあれば縄抜けすれば良い。全てを見通すために吊られているのではと思えるくらい、この上ない場所である。
そう思っていると、バルトロメが自宅から望遠鏡でこちらを見ている気がして、殊勝な顔をして刑に服する。挑まれたなら受けるまでだと、ベランダで夫人と夕食を共にしている気がする。
陽が沈み、港は人気が無くなった。クレーンの上から夜の見廻りに行く騎士に挨拶をしていると、港の真向かいのバルジャン家からジェンが出て来る。長い銀髪を結って、すでに街の女と同じスカートを履いていた。




