42、騎士と清算の難しい過去(11)
帰りの船ではやるべき事がある。ガスパルの尋問だ。
敵なら自白剤を撒いて、すぷすぷと神経の多い場所に鉄串を刺せば本心は語られるが、それでは信頼関係は結べない。しかし僕はまだ上に立つ者のしての厳しさを身に付けていない。ジーリレも分かっている。だから、船室で顔に青タンのできた操縦士のディバに感謝を伝えた後、ジーリレの主導するガスパルとのやりとりを聴いていた。
結果はジーリレは一切の言い訳を認めなかったが、処分については触れなかった。情け無いが故に殴ろうと決めていた僕が学ぶところを残してくれたのだと思う。
話が終わって、デッキにガスパルと出た。後ろの親父殿の船に合わせ、夕暮れに間に合うように、行きよりスピードが出ている。グラつく甲板の上で、二人で向き合う。別れ際にロクに言われた「それほど外れやすいわけではない」と症状を伝えると、彼は僕の右肩をじっと見つめた。
「俺はあなたへの忠誠は変わりません。それは信じて頂きたい。どんな処分でもお受けします」
彼がどうして剣を放ったのかはわかる。
僕の兄、アンドレが帝国兵に腕を斬られた時、ガスパルはその血飛沫を浴びている。切断された腕を取り返そうと戦ったが、持ち去られた。相手は帝国軍調達部。成空碇を集める賊集団だ。兄は危険を見越し、二度と谷の街に帰らないことを決め、僕が団長を継いだ。
それでも過去の惨劇や惜敗は、命令無視の免罪符にはならない。騎士は守るために戦う者だ。
でも肩が外れた時、ガスパルが兄や自分を思っていたことはわかる。
きっと今、格言めいた言葉を並べても彼の心には響かない。僕の体が頼りないからこそ、ガスパルは聞く耳を持たず、己の行動を頑として貫いた。
「今回、処分は無い」
僕はガスパルを信頼している。ジーリレも同じだ。団長と副団長を補完する騎士だと思っている。
だからと言って処分が無いのは他へ示しが付かない。しかしガスパルの場合は違う。
「ところで、毎朝何時に起きて、何処で剣を振っているんだ?」
処分の無い彼は明日から剣の素振りを信じられない回数こなすのだろう。彼の妻のクラリッサは新婚のとき母さんに相談に来た。明け方、いつも彼が居ないと。
彼は頬を掻いて答える。
「夜直が無ければ、いつもは朝の五時です。明日からは朝四時から二時間を予定しています。場所は要塞の裏で、あそこなら見張りが通りますし、息が上がっても近所迷惑にならないんですよ。それに川で汗を流せますから」
「僕が突然現れても、攻撃しないでくれ」
「もちろんですよ」
そう言って笑う彼は、兄が谷にいた頃、街で催された剣術大会でジーリレやジェン、バルトロメを蹴散らして、親父殿を捩じ伏せた。決勝は兄のアンドレで、観客が息をする間がわからない死闘を繰り広げた。ガスパルはそれで得た一等輝く勲章を与えられても、ポカンとしていて、全く信じられないといった顔は赤く、身に余る光栄ですと謙遜した。
だからこそ、深くなる傷があるのだと思う。
僕の体躯が大人になって、彼の高速でする素振りについて行き、フリアを泣かせない男になって、いつか手合わせで勝てれば、少しは今より頼りにしてくれるはずだ。
「朝、剣戟で稽古してくれるか?」
「肩が治ったら、いくらでも」
彼はいつもの穏やかさを見せてくれた。たぶん僕が懸命に考えた処分を悟ってくれたのだ。
団長たる僕は彼を素晴らしい騎士と証明しなくてはならない。ジーリレがいつまでも好敵手として見るような、訓練生が度胸試しで手合わせを挑んで刹那に散るような、兄の腕を取り返す事を自戒に誓った彼を引っ張っていかなければならない。
それは、たとえフリアとの関係に手一杯だとしても、疎かにはできない。他人は板挟みと言うのかもしれない。でもどちらも大切だから、そのような状況になるのだ。僕は騎士であり、フリアを愛している。どちらか捨てるなど、潔い精神は持ち合わせていない。
だからこそ、優しくて穏やかなガスパルを切ることはできない。その優しさは忠義を超えて、いつか僕の大切な人たちを守ってくれると思うから、今よりもっと強くなって欲しいと願う。




