↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/64

35、騎士と精算の難しい過去(4)



 フリアたちから離れると、緑の帽子を被ったテオは父の船が山の向こう、海沿いの村を通ったと言う。昼食くらい一緒にできると思っていたのに、甘かった。


「では合図をしたら、君は手筈通りに頼む」


「最後の確認なんですが、僕は不敬罪で磔になりませんか?」


 テオは不安そうに胸元から出した古い本に目を落とす。二つ上で、脚力は騎士の中で随一だ。適任は彼しかいない。


「責任は僕が取るから。相手の足が三度もつれたら、止めていい」


 そう言うと、彼は頷いて覚悟を決めたようだ。元来た道を走って行く。

 鉄門の前で、母さんと弟と話を弾ませるフリアを数秒眺めた後、三人に声をかける。


「親父殿の出迎えに行きます。母さん、フリアを頼めますか? ウルバノも頼むよ」


 話を通しておいた母は静かに微笑んで頷いた。ウルバノは不思議そうに僕と母さんを見比べる。


「フリア、また約束を破ってすまない」


 彼女は首を傾げて、こちらをじっと見た。


「……お出迎えでしょう? 仕方のないことよ。謝らなくていいわ」


「うん。じゃあ……、行って来るね」


 言葉の終わらぬうちに背を向ける。何も考えずにそのまま来た道を小走りに進む。しばらくして木立に隠れてマントを身体に巻き付け、全速力で川に停めた船まで戻る。驚いた事にマリーザも腰に剣を差していた。


「お供いたします」


「それは、いいんだけど……。君が味方してくれるとは思わなかった」


「奥方のため、元騎士として参ります」


「……ありがとう」


 親父殿と幼馴染みのマリーザが来てくれるのは有難いが、裏を返せば強引に来る可能性を彼女も感じているのだ。


 確証は無くとも、フリアを谷に置けないのが決定事項なら、父は必ず遂行する。僕と話し合うのは無駄だと思っているかもしれない。


 しかし話し合う場くらい何とか設けなければ。フリアは最後の砦の母さんに任せたし、森にはマノロやディエゴたちを配置してある。


 船に乗り込むと、ジーリレが城砦から走って来た。シャツのボタンが一つ留まっていないのをガスパルが笑う。


「副団長、装備に忘れはないですか?」


「ご心配なく」


 ジーリレは照れを隠すようにぶっきらぼうに言い、桟橋と船を繋ぐロープを外す。


 裏門からバルトロメも来る。その可能性は考えていた。茂みに隠れているテオに視線をやった後、船に乗ろうとする彼に問う。


「もしも親子喧嘩が始まったら、僕の味方をしてくれるか?」


「……難しい事を言いますね。あなたが愛らしいままであれば助けて差し上げたでしょうが、騎士としてはなかなか立派になっています」


 昔は親父殿のスパルタ任務の手助けをしてもらったが、今は親父殿と互角を取れると彼は普段から言っている。


「そして残念ですが、やはり先代の指示があれば、私の優先はそちらかと」


 それは仕方のない事で、彼の自由だ。


「悪いけれど、一時的に味方の確約が取れないなら、同じ船には乗せられない」


「まあ、致し方ありませんね。港でお待ちしておりますよ」


「それも疲れて無理だと思う」


 マントの中からテオと同じ帽子をバルトロメに差し出す。


「……はて、これは?」


 僕は左手を高く上げて林を見た。バルトロメも訝しげに同じ方に目を凝らす。渡したものと同じく、危険はないと知らせる緑の帽子を被ったテオが飛び出ると、城砦への道を颯爽と走り出した。

 

「今から借りていた本を返す。テオが君の名前と本のタイトルを言って、街の中を夕方まで探し回る。受け取って欲しい」


 親父殿とバルトロメは長年の付き合いで、目線で会話ができるのではと思うくらい息がぴったりだ。事が起こるのが、川の上でも、港でも、バルトロメにはいて欲しくない。


「それはスケベな本ですか?」


 隣に来たガスパルが首を傾げる。


「いや、違う。ものすごくスケベな本だ」


「……あれか! 当代、無粋ですぞ!」


 思い当たったバルトロメは血相を変えて帽子をひったくり、テオの後を追う。


「帰って来たら説教はいくらでも聞く!」


 彼の背中にそう叫ぶが、ちらりとも振り返らず、ロングコートをなびかせて消えて行った。


 船のロープを外したジーリレが船に乗り込むと、船尾にある操縦席でディバがエンジンをかける。その音に紛れて、声を捉えた。


「待って! 私も乗る!」


 まだ姿は見えない。ジーリレは僕に視線を向けたが、無視を決める。船は桟橋からゆっくりと離れた。声が近付いて来るが、川を進み出す。しかし叫ぶ声は胸を揺さぶる。


「あんた、聞こえてるんでしょう! 猫は助けて私は無視するの⁉︎ エヴァン! 待ちなさいよ!」


 僕の名をはじめて呼ぶ怒声に、マリーザやガスパルもこちらに目を向ける。


「どうなるにせよ、側にいた方が良いかと」


 ジーリレは僕に囁いた。でも……。


「もし、本当に戦闘になったら自信がない。僕は誰かを守りながら戦うのに、まだ慣れていない」


 先月の帝国での仕事だって、脚を何度も撃たれたセブリアンを守りながら、戦闘をひどく長引かせてしまった。


「それなら、俺のマントに入れておきますよ」


「え?」


 ジーリレがひょいと欄干の上に乗って、森に体を向けるので、僕は急いで船から岸へ飛び降りた。


「冗談です」


 振り返ると、彼は手すりに座って笑っている。隣でガスパルがいつもの穏やかな笑みを浮かべ、バスケットを掲げた。


「船の上での昼飯ってのもおつですよ」


「多めに用意しておきましたので、まだありますわ。みんなで食べましょう」


 マリーザはデッキに敷布を引いて準備を始める。

 森の道から、汗を垂らす彼女が現れた。目が合うと、キッと睨まれる。


「返事、くらい……しなさい、よ!」


「……すまない」


 彼女はどうして、来たのか。息を切らして、こんなに必死になってまで。


「何故、船に乗りたいんだ? 母さんに何か言われたのか?」


 彼女は川に浮かぶ船に目を向けて、しばらく息を整える。


「べステ様には何も言われてないわ。気付いてなかったの? 私、すぐにあなたのことを追いかけたのよ?」


 振り返らないことに集中して、気付かなかった。


「……ごめん」


「船に乗らせて」


 彼女は静かに強く言った。口の固い者ばかりだから、フリアは宴の中止の理由は知らないはずだ。でも彼女は洞察力がある。僕が気付かない色々な事を感じ取る。


「あなたの隠している事が知りたい。でもあなたは言わない。だから、船に乗りたいの」


「……危ないことが起きるかもしれない。でも、どうしても乗りたいなら、僕に掴まって。船まで飛ぶから」


「変なところを触らないでよ」


「それはわからない」


 僕はフリアを連れて行くのが不安で、諦めて欲しい気持ちでそう言った。しかし船上のジーリレに吹き出して笑われ、それに気付いた彼女も笑う。


「馬鹿ね」


 笑顔のまま彼女は僕の首に腕を巻き付けた。顎に汗ばんだ額がこつんとぶつかる。


「……怖い思いをするかもしれないんだ」


「でも乗るって決めてるから。あなたが乗せないなら、ジーリレさんを呼んで乗せてもらうわ」


 僕の単純な体はフリアの膝下に腕を入れて抱え込み、姫のように抱くと、船へ飛んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。