33、騎士と清算の難しい過去(2)
「それで、俺に聞きたいこととは何でしょう?」
「フリアの父ジルド・クローデル氏の人柄についてだ。君とマリーザ以外に直接見た者はいない」
僕の言葉に二人は宴の中止がフリアに関してだと気付いただろう。彼女は何も悪くないのに。心苦しくなる。
「人柄ですか。まあ、一言で普通です」
「具体的には?」
「商会の婿養子として慎ましい態度で働き、これと言って趣味もないようで、酒場は時々行くくらいです。一年定期的に尾行を繰り返しましたが、娼館に行くことはありませんでした。あとは、人当たりは良かったですな」
「色男なんですか?」
ジーリレがそう聞くと、ダニエルは口を曲げた。
「妻が一瞬だけ見惚れましたね。一瞬だけ」
「マリーザ夫人が? それは相当ですね」
ダニエルがふんと息を漏らす。
「それで、ジルド氏が何か?」
僕は先ほどの考えを伝えてみる。
「彼は話だけ聞けば、この国で女を孕ませて、帝国に逃げ帰っただけに聞こえる。でもジルド氏がルシア殿との別れを決意した理由が、彼女に危険が迫るためだったのなら印象は変わる。そうするような男なのか知りたかったんだ」
ダニエルは真剣な顔に切り替えた。
「そのような気概は感じませんでしたね。飛び抜けて顔の良い男でしたが、それだけといった感じです。爪を五、六枚剥いだら口を割りそうな堅気の普通の市民ですよ。しかし帝国駐在武官の元フットマンですから、偶然でも重要なことを知り得る可能性はありますね」
それを受けてジーリレが聞く。
「それはルシア殿に関してですかね?」
「まあ、トニエ家ということですな」
五百年前、千羽書を記したと言われているイグナシオのトニエ家だ。
千羽書が火種となり、人が人を飼う時代があったことは奴隷という言葉で残っている。その一部が家畜であったことも、逃げ出して反旗を振るい、関係する書物を焼き回ったことも、今は歴史の闇に葬り去られた。人の骨が空を飛ぶ動力になるなど、御伽話でしかないとした祖先の努力だ。真実を知っているのは、一部の有力者や騎士団のような組織のみで、帝国では負の歴史が再熱し、大陸の国々を敵に回している。
「帝国は十五年以上前にルシア殿を探り当てていたのだろうか?」
ダニエルを見ると、彼は首を振った。
「過去の騎士の諜報記録や自分がいた頃の調査では、帝国に探りの片鱗はあれど、さして重要事項として見てはいない印象です。何しろ今では成空碇の素質を持つ家系の一つでしかないわけですから」
研究していたイグナシオ本人ならいざ知らず、ということか。
そもそもトニエなんて姓は帝国にも、この国にもごまんといる。だからイグナシオ氏も家名を変えずに息を潜めていたのだ。親父殿が徹底的に突き止めると決め、北の国にも協力を仰ぎ、やっとわかったことである。
……それは何故だろう。どうして親父殿は執心したのか。
僕が黙って考えていると、ジーリレは足を組み替えて口を開く。
「フリアさんの叔母とルシア殿は連れ子同士で、血縁関係はないんですよね?」
「ああ。フリアの祖父にあたる人物は帝国との戦争で唯一生き延びたトニエ家の血筋だ。ゴランフィルに住み着き、妻と死別した後、再婚している。そのあと子供はいない」
「じゃあ帝国がトニエ家に目を付けていたのなら、当時もっと動きがあったはずです。唯一ルシア殿だけなんですから、微塵でも気付いたら手の内に収めようとする。でも彼女はゴランフィルに戻って来て、現在まで何も無い。フリアさんにも事件はない。あちらとの繋がりも無かったんですよね?」
「それは僕が彼女の家に潜入したとき、壁の隙間に詰めてある新聞すら全部読んだから、保証する」
そう言うと、ダニエルはガタンと席を立った。
「新聞でピシャンときました。団長、地図を借りますよ」
どうぞ、と言う前に彼は首都の地図が入った引き出しを開けた。机の上の手紙を端に避けると、彼は首都の北方面市街地が詳細にわかる地図を広げる。
「ルシア殿が首都にいた頃、東方の国から密輸された一角栗鼠が二十匹ほど逃げ出した事件がありました」
「一角栗鼠って、先代が飼われている栗鼠ですか?」
ジーリレの言葉に頷く。
「ああ。成空碇に反応する額に小さな角のある栗鼠だ」
この国では飼育は許可制で、表だって飼うなら、余程の金持ちで身元が潔白で無いといけない。
ダニエルは都の北に位置する下町の倉庫を指差した。
「ここから逃げ出し、ほとんどの栗鼠はこの家で見つかったそうです」
次に指したのは倉庫から五百メートルほど離れた家だ。
「ですから、この国の大犯罪に当たる成空碇を隠し持っているとして、治安局がすっ飛んで来てこの家を捜索したのです。でも何も無かった。騎士団としても徹底的に洗いましたが、それに関しては無実でした。一角栗鼠は一夫多妻の群れで行動します。先頭が曲がれば後続も曲がる。なので、行き着いた先は偶然とされました。ただこの家は別の容疑で検挙されています。届出のないまま、部屋や食事を提供していたとのです」
よくあることだが……。
「ルシア殿の下宿先と、ジルド氏の勤める邸宅のちょうど真ん中だな」
僕がとんとんと二つの場所を指す。逢瀬には都合の良い立地だ。ダニエルは無精髭をザラザラと撫でて言う。
「奥方がイグナシオ・トニエの末代だとわかったのは二年ほど前です。ルシア殿とこの件を結びつけることは無かったですが、思い当たれば栗鼠の多くがここで見つかったというのは、偶然にしては出来過ぎかと」
ジーリレは納得しかねる様子で肩をすくめる。
「しかし、一角栗鼠は成空碇に反応するんですよ。角牛のように、素質のある人間には反応しない。しかも倉庫から五百メートルはあります。そんな距離、牛や羊でも無視しますよ」
ジーリレの正論に、僕は羊たちを伏せさせるフリアを思い返す。彼女の両側には白い塊が並び、二つの大きな翼があるかのように思えた。
「……イグナシオのトニエ家は特別なのかもしれない」
僕の言葉にダニエルが頷く。
「調べる余地がありますね。そして先代は調査されていたのか、何か情報を得たと思われますが?」
「そうだと思う」
親父殿は別件で保護した一角栗鼠の番を世話している。帰ったら詳しく話すと言うのは、まだ父も物事の確証は得ていないのかもしれない。




