31、鶏小屋の少女②
あら、天井の雨漏りの痕が忽然と消えている。どうして? それにベッドの横にあんなランプあったかしら? 背中がふかふかだし。……夢? 嫌じゃない香水の匂いが微かにする。清潔さを示すような、そんな香り。良い夢……。
……違う。夢じゃない。
そうだ! 私、マスク野郎に眠らされたんだ! 窓板が外れて、入って来たんだ!
思い出して跳ね起きるけれど、すぐにまたふかふかに戻された。
これってベッドよね? まずいわ! ベッドは嫌! でも押さえ付けられて、どうにもできない!
目の前に薄い色のブロンド髪が垂れる。それが影になってるから確かではないけれど、瞳はモスグリーンっぽい。たぶん年下の、たぶん男の子。彫りが深くて端正な顔だけど、冷めた印象で、無表情で私を見下ろす。
……どうしよう。この子、きっと人を殺したことがある。マヌエルさんと同じ目で、隙がなくて、従うしかない雰囲気がする。
救いなのは部屋が薄汚くないこと。紺色の壁紙や木製の調度品はシンプルだけど、銀に見えるカップとか水差しがある。着ているシャツも綺麗な物で、襟元に刺繍があるし、ボタンは細工が彫られている。
マスク野郎と同じに見えるけれど、ギャングの子供かしら。そんなのと知り合ったことなんてない。目を付けられていた? いや、そもそもゴランフィルは中立の武器商人であるマヌエルさんがいる。悪さなんてできないはず。
相手はじっと見下ろし、手首をそっとなぞられる。脈を測っているのかしら。そう思っていたら、真っ直ぐに閉じられていた口が開いた。
「僕の名前はエルディヴァン・ゴジャト」
平坦な言い方だけど、よく通る声だった。低めだから、年は離れていなさそうだ。
「親父殿はエヴァと呼び、母はエヴァンと呼ぶ。君は好きなように呼んでくれてかまわない」
はあ? と言いそうになるのを堪える。何が始まるのかと思えば自己紹介だった。危害を加えるつもりはまだ無いらしい。しかし状況から考えて、どうせ娼館に売る前の味見だろう。騎士とか言ってるくせに、紳士の欠片もない!
しかし云々言っている男はそれを否定した。
「僕の妻となって欲しい」
……私がこいつの妻になる? この子、馬鹿なのかしら。どこからそんな話が出てくるの? 私の婚約者に身代金をもらうため? 全く考えがわからない。でも絶対に嫌。そう声に出すと、ワンピースを捲られて、やっぱりセックスが始まった。抗ってもびくともしない!
しかし、経験のない私でもわかるくらい全くの不慣れな手付きだった。誰かを抱いたことのない人殺しなんているんだ。漠然とそう思っていると、男の顔は真っ赤になっていった。一生懸命に手順を考えているのか、時々中断する。私の体に触れる手は震え、それを隠すように舌を使うけれど、くすぐったいだけだ。
……殴れそう。ううん、殴らなきゃ。ママを蔑ろにした父親より、糞馬鹿なこの男を一発でも殴らなきゃ、私の人生は心から終わっちゃう。




