28、騎士の心は嵐のように(12)
「誰に聞いたんだ……?」
「あら、意外。あなたでもそこが気になるのね」
確かに誰が言おうと事実であり、いつか話そうかと思っていたことである。しかし今日は謝罪と初の遠出で手一杯で、そのつもりはなかった。
口をもごつかせている間に、フリアは続ける。
「本人が挨拶に来たの。あなた知らないのね。外から来る女の元には、いろいろなお客さんが来るのよ。びっくりするくらい美人で、ハキハキ喋って、十分間も拮抗する腕相撲をして引き分けになったわ。そんな女の子はじめてだった。それから庭であなたの昔話を聞いたのよ」
彼女は急にすんと無表情になった。
「理解していると思うが、君は僕と結婚する」
僕の口調を真似ているのだろう。彼女は平坦に言った。
「それがプロポーズなんですってね。ほんと一方的で、笑っちゃったわ」
もう静かにじっとしている他ない。十二歳の僕の発言は、今の僕が聞いてもゾッとするくらい恥ずかしいものだ。
「彼女って、成空碇力学が詳しくて、話がとっても面白かったわ。あんな頭が良くて素敵な子、どうして駄目だったの?」
「彼女が駄目なんじゃない」
僕は早口になってしまう。
「好きではなかったの?」
「君のように好きではなかった」
彼女の家は千羽書に載る家系だが、遠縁にもならない家同士で婚姻を結び続け、除外された。だから血の濃いコジャド家に嫁ぐはずだった。それだけだ。
「あなたは人の……女の人生について、もう少し考えるべきだわ」
「でも僕の人生で進める道は限られている。全てに遠慮していたら、君はそばに居てくれない」
「お坊ちゃんの傲慢さね」
「それは……身に染みてわかったよ。僕がどれだけ自分勝手なのか」
「コトヴィアだって貧乏人の物欲を叶えただけよ?」
「僕が君に渡したかったんだ。自分の評価のためじゃない。繋がっているかもしれないけれど……」
彼女は何か大切なことを伝えようとしている。まるで片腕を無くした兄が団長を継がない決断をした夜のようだ。少し不穏で、急に大量の事柄が舞い込むような、予期せぬことが起こる前の雰囲気。
「ミレイアを好きになる努力はした?」
「努力……? 僕は君を好きになるために、努力なんて必要なかった。だから、その質問はよくわからない」
ほんと勝手な男、と彼女は呟いた。
「私は謝罪を受け入れたけど、これからあなたを好くのに努力しないといけないわ。いずれ同じ部屋で生活するかもしれないんだもの。この意味はわかる?」
フリアは膝立ちして、胡座で座る僕のすぐ右横まで来た。彼女の胸が肩に当たり、ドクンと心臓が高鳴る。頬を細くて白い指が触り、やがて唇に動き、するするとなぞられる。慌ててナイフを畳んで、ポケットに入れる。割れた皿やハムを移動させ、よくわからないまま、フリアの腰を抱こうと腕を上げた。その瞬間、彼女が身を固くするのがわかった。
——この意味はわかる?
ふくらはぎに付けた痣を思い出し、僕は動かないことを決意する。拳を握りしめてあぐらの上に置く。
フリアはそれを見届けると、僕の顔を手で包んで、彼女の正面に向けた。お互いの額がコツンとあたると、金色の瞳に僕が映っていた。彼女が顔を傾け、白くて小ぶりな鼻先が僕の頬に埋もれる。目を開けたまま柔らかな唇が僕の強張った口に当たる。白い指が汗ばんだ右手の拳が解き、持ち上げられてケープの下へ誘われる。布越しに柔らかな感触を感じ、股が徐々に硬直するのを左の拳で隠す。ちろっと薄い舌で唇がくすぐられ、甘く噛まれ、軽く吸われた。彼女の手が股に動き出して、僕は息を止める。どうしようもないくらい硬くなった場所を指で押され、なぞられ、手のひらで包まれ、軽く掴まれる。反射的に腰が引け、敷布がずれて置いたあった皿やカラトリーがガチャンと鳴る。彼女の顔や手が離れると、止めていた息をぶはっと吐く。
「辛いの?」
「……気にしないでくれ」
「答えてよ」
「辛いよ。でも僕は動かない」
「じゃあ、見せて」
「……何を?」
「ここを」
「さ、すがに外では嫌だ」
「ミレイアには庭で見せたのに?」
「なっ……!」
一瞬、綺麗さっぱり全ての言葉を忘れる。全身が氷付けされ、溶けるのに時間を割く。
「あ、あれは、彼女が……」
「知ってる。プロポーズした時にミレイアが見せてと言ったんでしょう? 声が可愛らしいから、男か確かめさせてって。彼女は結婚を断りたくて喧嘩を売るようなことを言ったのに、あなたが躊躇いもなくベルトを外すから、引っ込みが付かなくなったって話してた」
十二のときの僕は女はそういうものなのか、としか思わなかった。色事は教育でしか触れておらず、ミレイアに騎士の誓いを言ったのも、アクセサリーをいくつか渡したことも、その度にキスをしたのも、習ったことでしかない。それをミレイアや両親に幾夜かけて詫びることになっても、その努力はフリアのためであった。
「彼女、本当に面白くて、すっきりとした良い子だったわ」
婚約を白紙にしたいと言ったとき、快活なミレイアはすぐに了承した。団長の妻にならずともいいと、安堵したのだろう。前は本の流通が多い街に嫁ぎたいと周囲に話していたので、願いを叶えて婚約解消の話は落着した。
しかしミレイアがしてくれるフリアへの気遣いを誰も自分に伝えない。そしてミレイアが自ら来てくれるなんて、想像できなかった。それらを恥じる。ミレイアにも感謝と改めて謝罪を伝えに行かなくては。




