23、騎士は心は嵐のように(7)
翌朝、フリアは宣言通り朝の六時半に僕の部屋をノックした。居間で迎えると朝の挨拶をする。彼女の下ろされた髪の毛を見て、僕は薪割りに行くと伝える。
「私が出るとき、鍵はかける?」
「いや、かけなくていい」
そう答えて部屋を出る。一階に降りて、調理場のドアから外に行き、丸太を運んで斧で割る。カコン、カコン、と乾いた音が響いて、僕の居場所を知らせる。
「団長がされなくても……」
朝食の準備に来ていたサラがそう言った。ジーリレとの赤鳩は昨日の昼休みには解決したらしい。僕の戒飭処分も免れた。
「薪割りの音が水場まで聞こえるはずだ」
覗くつもりは毛頭ないが、ガスパル夫妻が知る前科が僕にはある。
「音が聞こえたら、僕がここにいるってわかる。ゆっくり身支度ができると思う」
「……あの、言いにくいんですけど、普通の人の耳では聞こえないかと」
僕は振り下ろした斧が台にしている切り株に刺さったので引っこ抜く。また新しい丸太を持ち上げる。
「……薪割りがしたかっただけだから」
目的を少なくするしかない。僕はただ薪割りがしたかっただけとなる。
サラはふすふすと笑いを堪えている。
「し、失礼しました。私、あとでフリア様のお手伝いをして来ても良いですか?」
「うん」
全ての会話が聞こえていたのだろう、近くで箒を持つ庭師のブラスの肩が震えている。
「ブラス、朝からベランダでギターを弾いたらどうなるかな?」
「工房長のいるモンドラゴン家は喜んで歌うかと」
「……陽気な朝だな」
「宴までは、それでも良いのでは?」
「さすがにバルトロメが苦言を伝えに来るよ」
それから食堂で待っていると、少し凝った髪型のフリアが入って来た。サラが結ったのか、いつもはない三つ編みを幾つかあり、華やかに一つに纏めている。共に軽く祈り、食事を始める。可愛らしいと伝えたいが、顔が熱くなってきた。
「今日の予定は?」
出たのはいつもの質問だ。この質問は本当によく出来ている。彼女の行動を知り、危険がないか確かめられ、いくらか会話のタネをくれる。
「午前は水車小屋に行って、胡桃の加工を教えてもらうの」
「時々、割れた殻が飛んでくるから気を付けて」
「そうなのね。昼はサラたちと外で食べるわ。川の向こうの水車の近くにある……えっと……」
「ブラスの……オラーノの庭園?」
「そう。宴に出す料理の意見会も兼ねた昼食会よ。べステさんと、イメルダさんもいらっしゃるみたい」
「そうなのか」
僕はまったく知らなかった。それに母さんとお祖母様の名前を彼女から聞くと、不思議とこそばゆく感じる。
「残った時間は、アロンソの工房でディバにボウガンの整備について習おうと思ってる」
「ガスを使うものか?」
「わからないわ」
連射型のものが仕上がったのだろうか。それなら僕も見に行く時間があれば寄りたいところだ。時間を巻く手筈をしばらく考えていると、朝は軽く済ませる彼女の皿が空く。
「今朝も美味しかったわ」
彼女はいつも通りそう言うと、食堂の扉に半身を滑らせる。
「明日、昼の休みに暇があるなら牛舎に連れてって。じゃあ、行ってくるわ」
「わかった。気を付けて」
扉がバタンと閉まる。
今日の予定はなかなか詰まっている。手隙の時間はどう見積もっても十五分くらいだから、ボウガンの重量を聞いてきてもらえば良かった。白湯を飲み干して、フリアは持ち帰って来るだろうかと考える。部屋に戻り、今日使う道具を集めてまとめる。グライダーの箱を出すか迷って、今日の風の強さを確かめるためにベランダを開ける。空は少し曇っているが、風はなかなか強くある。訓練生にグライダーを教えるのは今日に———
「……牛舎に連れてって?」
部屋を急いで出る。フリアを追いかけようか迷う。彼女といくらか分かり合えた故に、僕は有頂天となり幻聴が聞こえるようになったのか。それは死活問題だ。いや、しかし僕は耳が良い。それは他人に保証され、自分も自信がある。ならば扉の蝶番が軋んで「ギュウシャニツレテッテ」と聞こえたのか。耳が良過ぎると、そのようなことがあるのか。
念の為に食堂に戻り、ドアを何度か開け閉めするが、廊下を通るマリーザに首を傾げられただけだった。




