21、騎士の心は嵐のように(5)
城砦へ戻ると、ダニエルが門で待っていた。何事だと思い、ジーリレと視線を交わす。
早口に状況を聞くと、僕は一瞬、唖然とした。しかし何とか指示を出す。ジーリレとダニエルに現場へ向かわせる。
昼休みは兄への手紙の返信を書く予定に当てていた。あとは籠手の仕様を改めるため、工房長に出す思案書を整えようと思っていた。
しかし僕は行くべきだろう。
兄の手紙に早急な件は無かったし、籠手のどこにポケットが欲しいか記すのは後でもできる。
今起こっていることを対処できるのは、今しかない。
しかし、この事態に何を言えばいいか。全く見当が付かない。どのような心境で事が動いたのか理解できない。
館に入ると、奥の客間からサラとマリーザの声が聞こえた。フリアの笑い声もする。階段をそっと登ると、自室の前でウロウロしてしまう。どうやって待っているのが正解か。
「団長、部屋で待って居てください」
荷物を運ぶダニエルに笑われる。
「他にマズイものはありませんか?」
隣の部屋からジーリレが大きな声で言った。そのすぐ後、階下の部屋が開く音が聞こえ、大丈夫だと答えて自室に入る。
足音が近付いて来る。マリーザとサラだ。フリアの足音も加わり、階段を上がっているのが聞こえた。
手持ち無沙汰で待っているのはおかしいか。武器の手入れ……ギターにするか。いや、取って付けたようで寒々しい。とりあえず扉から少し距離を取っておこう。
踊り場辺りで二言三言、ダニエルとマリーザが会話をした。それから少し経つと、扉がノックされる。
「フリアよ」
どうぞ、と返事をする。声が少し裏返った。
扉を開けた彼女は黒い毛糸の帽子をかぶっていた。縁取りに白と灰色の斑ら柄のファーが付いている。寒いと言っていたから、街に行って買ったのだろう。
「話があって。この部屋の隣、ギターが壁にある部屋を使いたいの」
「わかった。必要な家具はあるか?」
「別にいらないわ。中にある家具は使ってもいいでしょう?」
そこでジーリレが後ろを通る。過去に毒薬が入っていた木箱や調合用の器具の入った箱を持ち、ちらちらと僕を見て歩いて行く。
もうまずいものはないはずだと思っていたら、ダニエルが前の婚約者のために仕立てたドレスの入った箱を一式抱え、鹿のように走って行った。フリアが振り返っても、箱は見えなかっただろう。感謝しかない。
「団長になる前、僕が使っていた部屋だけれど、いいのか?」
「結婚の宴に出ると決めたし、弁えようと思って」
それはどういう意味なのか問いたかった。僕が生活する部屋で暮らすのは嫌だが、彼女の立場的にいつまでも客間には居座れないと言っているのか。……たぶん、そうだろう。
「水場は僕と同じになるよ」
「聞いてる。案内して」
フリアはそう言って部屋に足を踏み入れた。僕は少し動作が遅れる。ぎごちなくなってしまう体を何とか居間から伸びる廊下へ向け、寝室のドアを通り過ぎて、奥の風呂がある部屋を見せる。
「お湯の出し方は下と同じ?」
「ああ」
「あなたは何時にお風呂を使うの?」
「決まってない。パターンはある。深夜の三時、朝の九時、午後の二時半。たいていは夜の八時だ」
「じゃあ朝の六時半と夕方の六時半に使わせて」
「わかった」
夕方は詰所の食堂で夜の見張りをする者たちと食事をする時間だ。事前に知っていたのだろう。そう言うと思ったし、夜も話すことができると淡い期待をしていたが、淡くて良かった。
「ねえ、これが身体を洗うブラシで、こっちの石鹸を使えばいいの?」
「それは……うん」
「そう。じゃあ、夜から使わせてもらうわ」
フリアは廊下を戻って行く。その後を歩きながら、母やサラたち女が使っている石鹸や髪に塗るクリームを置いたら、彼女は怒るかどうか考えた。予想はできない。しかし金はいくらか受け取ってもらえたから、もしかしたら自分で揃えているのかもしれない。
「使うものがあるなら、棚の下に付いている引き出しは空だから使ってくれ」
「引き出しね。わかったわ」
……引き出し。そうだ、引き出しだ。
重要なことを思い出した。僕はソファに座り、風呂へ案内している場合ではなかったのだ。
「部屋にはまだ武器がある。それだけ回収させてくれ」
フリアを追い越して、かつての自室へ足早に向かう。廊下でサラとマリーザが手伝いを申し出、木箱を用意して後から付いて来たが、部屋の外で待たせておく。
部屋はベッド、箪笥、読み終えた本が入っている棚、小さめの机と椅子がある。壁にはギターが四本が飾ってあり、ジーリレのように長身で、ダニエルのようにガタイが良いなら窮屈でならない部屋だ。
彼らのおかげで、引き出しはどれも空になっているだろう。あとは僕にしかできないことをしなければ。
棚とベットに囲まれた机は鉄でできている。簡単に持ち出せないように脚が固定してあり、一見ではわからないよう床の設置面に飾りが施されている。
その脚の飾りを決められた通りに回して、二段目の引き出しをゆっくりと開ける。ロックが外れる音を聞き取り、ランプを椅子に置いて、机の天板を外す。
中には上部の引き出しに入っている火薬と発火装置がある。時限式の爆弾だ。ジーリレはこれを解除させるために、視線を送っていたのだ。僕らが守り通さねばならない本の隠し場所だ。失念するとは、本当に情け無い。
爆弾は天板を取ると、カチカチと音を鳴らして動き始める。僕はペンチで手順通りに針金を切っていく。間違えるか、三十秒経つか、強引に机を破壊するか。そのどれかで館は半分吹き飛ぶ。針金が等間隔にずらっと張られた箇所は気に入っている仕掛けで、上から六本ずつワンセット、指でそっと抑えて中指を置くところを切る。我が心は、故郷にありて……。
静まった爆弾から火薬の詰まった箱を慎重に抜き取る。
「ジーリレを呼んでくれ」
と廊下を振り返り言う。部屋に入った彼は僕を叱責した。この仕掛けは僕らしか知らない。他の者、たとえダニエルやサラでも勘付かれてはいけない。
「気が緩み過ぎですよ。次にこのようなことがあれば、俺があなたの戒飭処分を訴えます」
「すまない。気を付ける」
彼は爆弾をそっと革の箱に入れ、ポケットから引き出しの中身であった手紙の束をその上に乗せ、部屋を後にする。




