↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/64

19、騎士の心は嵐のように(3)



 その後、僕の思惑は水の泡となった。

 フリアはちゃんと観客を意識し、僕の居場所を設けて踊った。そのスペースを覚えようとしたが無理だ。彼女のダンスの練習に託けて親睦を深めようなど甘かった。僕が練習しなければならない。


 元からある程度合わせるだけで即興であり、音楽が鳴ればステージの下でみんなも踊る。それもゆらゆらとそれなりに踊るだけだ。踊りの苦手なジーリレはずっとサラにくっ付き、リズムに合わせて踵を打つだけで、ほとんどキスをして終わった。


 しかし彼女はコトヴィアのために手加減無しに舞う。


 近所に住む人々が倉庫を覗き出した。ジーリレとサラはそれを許し、華麗に踊るフリアを見て目を丸くしている。


 やがて掛け声が聞こえ、覗く者が数を増す。

 見てくれ、とギターを叩く指に力がこもる。先日谷に向かって死んで欲しいと叫んだ彼女は、僕のギターで舞っている。ちゃんと一ヶ月後、宴は開かれそうだと広めて欲しい。


 フリアは最後、僕が挑発するようにかき鳴らす音にも負けず、見事なステップで踊り切った。気の早い観声に彼女は扉へ膝を曲げる。


「良い曲ね。結婚式にしか流さないのがもったいないわ」


「母も同じことを言っていた」


「そうなの。でも、べステさんが人前で踊るとは思えないわ」


「ああ、代わりのペアを立てて踊っ……」


 なんだって? 


「母さ……母に会ったのか?」


「ええ。家にお呼ばれしたの。古い宝石箱を磨く仕事をもらったのよ。びっくりしたわ。どこかの王族がいるかと思った。あんな豪華な美人見たことない」


 それは聞いていない。近々、連れて行くから待ってくれと言ったのだが。


「それはいつ?」


「あなたが谷へ叫んだ翌日。ご両親にあまり似てないのね」


「親父殿もいたのか?」


 今は首都にいるはずだ。


「いいえ。写真を見せてもらったの」


 それはそうか、と僕は何度も頷く。


「僕は父方の女系の顔なんだ。一族の中では、親父殿の妹君に似てると言われる」


「ジーリレさんの亡くなった母親ってこと? だからあの人、あなたの顔に傷が付くのが嫌なのね」


「……いろいろ話したのか?」


「大して聞いてないわよ。声変わりする前のあなたがどれだけ愛らしい声で谷の人たちを魅了して、それに気付いて無口になってしまったとか、それくらいよ」


「充分過ぎる」


 僕は思わず言ってしまう。彼女はくすくすと笑う。


「歌も上手だったんでしょう? 聞かせて欲しかったわ。それから、口笛をねだってみなさいって仰った理由がよくわかった……ふふふ」


 彼女は思い出して笑った。

 母さんのすることを疎んだことはないけれど、今回ばかりは勝手に僕の話をするのはよして欲しいと要望せねば。


 それから、誰かが呼んだのだろう、宴で歌い手を頼んだ工房長が走って来た。


「言っていただけりゃ、来ましたのに!」


 手には作業途中の革細工を持っている。羊の毛刈り鋏を入れるものだろう。


「みんな、今の時期は忙しいから」


「だから宴が楽しみなのです! 工房は息子に任せてきましたんで、俺は歌います。サラ夫人からは踊りの腕は聞いておりますので、速度を落としてもう一度踊って頂きましょう!」


 それでフリアはまた踊り始めた。今度は転調する時に立ち位置を変え、わかりやすく僕の居場所を示した。しかし彼女が空いたスペースに向ける手は激しく空を切り、床を強く踏むステップで距離を詰める。


 同胞の動きや癖はある程度覚えなくてはならない。共に戦うのであれば、ジーリレは銃撃して間合いを詰め、剣で首筋を切るのが定石だ。ダニエルは兵歴の癖か相手を誘い込み、動きを見極めてナイフや鉄串で始末する。僕は鞭で相手を転ばして、胸に剣を突き立てていく。フリアは狙いを定めた箇所に拳が当たるまで瞬きをしない。


 彼女の踊りを見て、何故こんなことを思うのだろうかと考えていると、歌い終わった工房長は呟いた。


「まるで騎士のように舞いますね……」


 なるほど、それだ。僕のスペースを切り裂いているのだ。あれは全て避けろということか。


「僕は決闘を挑まれているのかな」


「ははっ! いや、結婚の宴と決闘が一緒に見られるとは、ますます楽しみですな」


 それから一時間ほど、僕もステージに上がった。少し緊張したけれど、すぐに解けた。彼女の手振りを避けて、その間で踵を打ったり、僕も手の動きを付けなくてはならない。踊るというより、もうロデオだ。頑固な角牛を移動させる方が余程簡単だけど。時々、彼女は本当に僕の体に手を当ててくる。たいてい上半身を反らせて避けたあと、後ろを取られて背中をバシン。本当に仕込めば銃器なんかに頼らず、剣で熊を倒せそうな身のこなしで感心する。


 ある程度動きを合わせると、楽しみが大好きな工房長は満面の笑みで言った。


「もう、お二人で踊ってはなりませんね。ここまで合うのなら、当日、団長がキスのタイミングを探る楽しみが——」


「工房長、今日はありがとう。当日、午後の進行は任せる。祝辞は短めに頼む」


 何を見てそんな発言したのか聞きたいが、僕は急いで工房長の声を遮る。そもそも彼女はキスのタイミングを与えないために、動きの多い踊りをしているのだ。


 礼を言うと、工房長は満足げに帰っていた。

 フリアはステージに腰かけ、ハンカチで額の汗を拭っている。


 宴は何とかなりそうだ。何度かする予定だったダンスの練習は潰れたけれど、親密さも上がった……のか? からかわれて、笑われたけれど、それは成果として挙げていいのか? でも彼女は汗を散らして楽しそうに踊って……はいないな。僕と踊るときは気に入らない牧畜犬を追い回す角牛のような目をしていた。

 …………もう少しだけ勇気をだしてみよう。


「これ、良かったら、どうぞ」


 彼女へマントから水筒を差し出す。

 これは攫った日に薬を使った自分にとって、踊りの誘いと同じく難関な問題だ。僕ならそんな奴からの水、絶対に口にしない。


 しかしすっと水筒は無くなって、彼女は付属のコップにとくとくと水を入れて飲み干した。またハンカチをひっくり返して、首筋の汗を押さえる。


 まるで角牛に手で汲んだ水を飲んでもらったような、そんな小さな信頼に胸が震える。


 でも、少し心配だ。彼女はもう少し警戒した方が良いのではないか。いや、僕を警戒されたら困るけれど。これは危険についての認識を確かめた方が良いのでは? フリアが何に対して安全と判断したのか。それは僕か、それとも銀製の水筒に対してか。しかし銀では反応しない毒や薬もある。それを教えることになれば、墓穴を掘るような気が——


「ねえ」


「へっ?」


 思案に没頭する僕は間抜けな声を出してしまう。


「何で黙ってじっと見てるのよ。水に薬でも盛ったの?」


 僕は沈黙でも墓穴を掘ることを知った。


「盛ってないよ。谷の全ての人の命に誓って盛ってない」


「それならいいけど……。大げさね」


 そこで会話を終わらせることもできる。しかし僕はさらに言ってみる。


「ただ、嬉しいんだ」


 洗いざらい、心の機微を彼女に伝えてた。すると、彼女は眉間に皺を寄せて叫ぶ。


「何が、角牛と信頼関係が築けたみたいよ! 私が角牛だって言いたいわけっ⁉︎」


「ロ、ロデオするときは暴れるけれど、普段の牛はとても愛らしいんだ。見に行けばわかる。目が優しくて、ずっと見ていたくなる。君のように可愛らしい」


 フリアは積まれている空のペンキ缶を手にしたので、僕は今回は避けても良いだろうと身構える。しかし彼女は投げなかった。


「やめた。私、遠くでしか牛を見たことがないし。少し、コトヴィアを見るから」


「……うん、どうぞ」


 フリアは操縦席のシートを開けて、機体の型番をメモに取る。それを眺めていると、僕の頭の中がまたキュルっと回る。


 ええと、これは牛を見に誘えるのでは? いや、ワンクッションおいて、お茶を飲もうと誘い、その中で提案するのはどうか。いや、けっこう水を飲んだし、僕も予定がある。ならばバルトロメの服飾屋に行って、手直しを頼んだドレスを見せて、その時に——


「フリア、お茶にしない? 保存食を作っている人たちがおいでって」


 サラが軽やかにそう言った。


「ええ、行くわ。チュロスを揚げるのはまだいいの?」


 フリアは僕には目をくれず、扉に向かう。


「まだ時間があるわ。生地は用意してあるし、水路掃除が終わる頃に揚げればいいのよ」


 二人の足音が遠くなると、ジーリレが扉から入って来る。


「団長、子供たちが河川港に集合してますよ。早いですが、水路掃除の説明を始めましょう」


 僕は夢から醒めたように、彼女が出て行った扉を見つめる。

 地に足をつけた考えが出来るようになったのは、倉庫の鍵を掛けて、見えない彼女の笑い声を聞いた頃だ。


 頭の中でサラの気軽さを真似てみる。想像の中ですら、まるで仕事の指示をするみたいに下手くそだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。