12、騎士と鼻折りの花嫁(12)
昼時、ジーリレはすっとぼけた顔をして僕を拘束した。
「これから別の協議がありますから、外出は控えてください。飯もここに用意します」
僕は館の隣、騎士団の詰所で冬の蓄えについて話し終えたところだ。国内の石炭量を鑑みて、谷はこれ以上仕入れない事を決めた。それから部屋を出ると、吹き抜けの廊下でジーリレが待ち構えていたのだ。
「言っていることが、朝と違う」
僕はわりと本気で言った。それに彼は微かに怯んだが、飄々とする態度を決め込む。
「まあ、ご用事があるなら優先してください。しかし船で話していた工房の仕事を貰う手筈が整ったんで、フリアさんにお伝えしようと思いまして。ダニエルさんが彼女をお呼びしてます」
「ここに?」
「技師にも騎士はいますから、物事を決めるならここでないと」
「……誰が来るんだ?」
「工房長が来ます。あとは貴方と俺とダニエルさん、そして彼女です」
外に繋がる扉が開く音がすると、吹き抜けの階下がシンとした。見ると、ダニエルに連れられたフリアがいる。黒い毛糸のケープを着て、灰色がかった青色のスカートを履いている。厚めの生地の衣服が白い首を細く際立たせていた。
エントランスで彼女を見ていた騎士の目が一斉に僕に移る。たぶん鼻や頬の傷を再確認するためだ。この華奢で可憐な少女が付けたのか、と。
「こちらです」
ジーリレが声を張って階下に言うと、みんなぱっと仕事に戻った。フリアは男物のブーツを鳴らしながら、階段を上がって来る。
「団長、少し任せてもらえませんか」
「何を?」
「彼女と俺はまだまともに話していません。だから、本題に入る前にお話がしたいのです」
僕だってまともに話していない。そんな軽口も叩けず、ジーリレの言うことを了承した。
前の会議をした部屋に戻って奥の席に座り、左の一辺にジーリレ、彼の向かいにダニエルが腰を下ろす。フリアは迷うことなくダニエルの隣に座った。
ジーリレは、やや圧をかけて彼女に問う。
「フリアさん。何か、団長に言うことがありませんか?」
彼女は眉をぴくっとあげて、眉間に皺を寄せる。
「人を攫って押し倒すような奴じゃないなら言ってるでしょうね」
「ゴランフィルに戻ることがお望みですか? 少佐のところではないですが、別の家へ嫁げるように手を回しますよ。それくらいは保証します」
フリアは本当に呆れたのだろう、眉間の皺を解いた。
「なんて勝手な言い分なの……」
「それは貴女もでしょう? 今朝のマヌエル氏の電報で、あなたの叔父夫婦が首都に行き、治療を始めると聞いて、何故マリーザ夫人に泣きながら礼を言って、団長にはだんまりなのですか?」
「そうやって手筈を組めるのに、いきなり攫うからでしょ」
「ダニエル夫妻から騎士団の話は聞いたでしょう? 俺たちは表に出ることはできないのです」
「じゃあ、マヌエルさんに話を通せば良かったじゃない」
「話をしたときには、あなたは軍人と婚約していた。それを軍にも武器を下ろしているマヌエルさんにどう断らせるんですか。俺たちもそれくらい破談にできます。しかし、円満に片付けるには時間が無かったのです」
婚約者の生家が新興の政治屋では無かったら、また話は違った。僕らのことを知っている古い家ならば、三通程の電報で済んだだろう。
それに帝国での仕事も重なって、前日に連れ出すしか予定が組めなかった。加えて国内に点在する騎士たちに僕は頼らなかった。それは何とかなると思った僕の落ち度だ。
「はっきり言えば? 女に何もかも捨てさせて、自分に依存させるしきたりって」
ジーリレの革手袋がギシと鳴る。
「フリア、確かに外から花嫁を迎える場合、通常は二度と家族には会えなくなる。しかしそれでも良いかと女にも覚悟を問う。僕がそれをしなかっただけだ」
彼女は何も言わない。僕への無視を貫く。
ジーリレは明らかな苛立ちを見せて、硬く握ったグローブのまま言う。
「貴女はもうこの状況を享受している」
「それはそうね」
「じゃあ、どうして肩肘張るのですか?」
「わからないの?」
「まったく」
「こんなこと言いたくないけど、同意もなく、サラがこいつに組み伏せられたら、あなただって感情があれば怒るでしょう?」
ジーリレがギリと奥歯を噛んだ。それは彼が人を斬るときに聞く音だ。
「フリア、それは不敬だ」
僕がそう言った後、ダニエルがすぐに口を開く。
「奥方、よしましょう。話はそこじゃない。工房の仕事を貴女がどうやってするか、俺たちの提案を聞いて欲しいんです」
「もちろん。最初からそのつもりでここにいるわ。ダニエルさん、あなたと話すわ」
ガタンと音を立てて椅子を引き、ジーリレは部屋から出て行った。僕は部屋に居るべきか、彼を追うべきか考える。しかしすぐに馬鹿な迷いだと思い直す。フリアのための話をするのだ。
ジーリレと入れ違いで工房長が入ると、彼は結婚の祝辞を述べようとしてダニエルに止められた。
「時間がないので、それは宴まで取っておいてください」
「おや、そうですか。では話を進めましょう。奥方、道具は何を使えますか?」
工房長はジーリレのいた席に座り、気の良い老父の笑みで言った。
「ゴランフィルでは足踏みの研磨機で銃底を磨いていました。あとはナイフとか包丁研ぎを少し」
「おお、良いですね。ボウガンの矢尻は磨けますか?」
「教えて頂ければ」
「では、団長殿が手解きを。研磨機も館にありますよね?」
間髪入れずに彼女は言う。
「矢尻以外はないのかしら? 部品ならいくらでも磨きます」
そこで工房長は僕とフリアを交互に見て、空咳をした。僕の顔の怪我の原因にやっと気付いたのだろう。
「こりゃ失敬、物騒な物をお薦めしちまって。では小型の飛空艇の部品なんかはどうでしょう? アロンソの工房の若旦那に話しておきます」
「アロンソってどなたです?」
「団長には敵いませんが、あの壁画みたいな色男がいる家ですよ」
「ああ、ディバのことね。良かった。彼なら話せるから、ありがたいです」
ダニエルが居住まいを正して僕を見る。
「団長、アロンソの工房へのご案内はお任せしてもいいですか?」
「……サラは?」
「今日、明日は屠殺の当番です」
「わかった。明日、夕方四時。城砦の門の前だ」
僕はほとんど何も考えずにそう言った。席を立つ。話は終わっていない。それはわかっている。しかし部屋から外に出ることしか考えられない。こんなに気が短かったのか、と頭の隅で他人事のように思う。
フリアが僕を見ているのがわかる。ダニエルが彼女に付いていくように耳打ちした。僕は扉を自分本意に開けて部屋を出る。壁にもたれいるジーリレに声をかけられる前に指示を出す。
「彼女を送れ」
振り返らずに詰所を出ると、朝に見張りしていた塀まで向かう。コインは拾ってポケットに戻してある。あとは指で弾くだけだ。
僕が塀を登る階段に足をかけると、頭上から声が降る。
「団長、どうされましたか?」
上を見ると、ガスパルが笑んでいた。
「……ディバは?」
「ディバですか?」
「交代したはずだ」
「いえ、俺は元々の当番で、そのままですよ」
ガスパルはいつもと同じ穏やかな笑みで首を傾げる。船室でクラリッサと談笑していたときと同じ顔だ。
それなら飛空艇の整備庫か、と足を街に向けると何かが顔に当たった。転がって地面に落ちると、クルクルと回り、やがて平らな銅製のコインとなる。
飛んできた方向を見ると、銀髪が乱れたジーリレがいた。彼は僕と目が合うと、自身の剣を鞘から抜き、地面に置いた。そして右腕のシャツを捲って、跪く。
「俺は腕の一本くらい、貴方に捧げるつもりです」
頭上からガチャガチャと音がする。
「知らせるな!」
とジーリレが叫んだ。
上を見ると、ガスパルは焦燥の顔で警笛を口に咥え頬を膨らませていた。鳴らさぬように息を止めて口から笛を外す。
「エルディヴァン、俺の腕を斬れ! 斬ってから行け!」
ジーリレはそう叫んだ。その顔はサラに裸で給仕をさせていた店主を殴ったときと同じだった。
しばらくしてダニエルとダボが駆けて来て、ジーリレを立たせようとした。僕はどうすることもできず、彼と見つめ合ったまま、立ち尽くす。




