第四話:希望/絶望・3
作戦を立て、いよいよその実行の時が訪れた。
果たしてユウはニーアを助け出すことができるのだろうか。
そして自らの世界を変えることはできるのだろうか。
或いはニューキーは自らが捕らわれた過去から抜け出せるのだろうか。
あるいはモルグは自らの罪の呪縛を打ち破れるのだろうか。
そして、ヒエラルとの戦いはどうなるのだろうか。
ユウ達が作戦を固めた少し後。
太陽はもうかなり落ちてきていて、カプツィナの街の中心部の美しい街並みを持つ新市街は静かになって来ていた。
夕日に包まれた町のその一角に民間の診療所がある。そこでは十分な医療施設が無い貧民街の住民を中心に病やけがなどをした様々な人々が訪れ、昼間は大いに賑わいを見せている。
それも今は営業時間外、診療所の正面の玄関は閉じられている。
そんな場所を二人の男が物陰に隠れながら見ている。
「ここでいいんだな。モルグ?」
「ああ、ここで間違いない。もうしばらくして日も落ちたらヒエラルが出てくるはずだ」
「ニューキーの方は大丈夫かな。上手くやるといいんだけど。ところでモルグ、それは?」
ユウがモルグの手に持っている金属製の筒を指さして尋ねた。
「これか、これは明かりだ。中に魔火石が入っていて、その火を明かりに利用するわけだ。一応持っておこうと思ってな。警察の備品から持ってきた」
モルグが手に持っていた筒の金具を外して二つに割って中を見せた。
その中には小さな石が組み込まれていた。
「良いのか、持ってきて?」
「別に良いさ、備品の勝手な持ち出しは規則違反だが、今更だろ」
「確かにな。それにしても、これ――」
ユウは魔化石はこれまで一度見たことがあった。
村でニーアも使っていたのだ。ただモルグの持っているそれとは色がかなり違った。
具体的にはニーアの持っていたのは黒い小さな石だったのに対して。モルグのそれは灰色に近かった。
「どうした、何かあったか?」
「いや、この石だよな魔化石って。俺の知ってるのはもっと黒かったなって思って」
ユウがモルグの持つ筒の中の意思を指さして言った。
「ああそれ用途の違いだな、これは明かりにするためにいろいろと混ぜ物をしてあるから灰色に近いんだ。それで黒いのは火を点ける用だな」
「なるほど」
「もう良いか。危険だから閉じるぞ」
「ああすまない。っていうか危険なのか?」
「いや、危険というほどじゃないが開けたままにすると故障の原因になる」
「なるほど、ちなみに故障したらどうなるんだ?」
「光が不安定になる。強すぎたり弱すぎたりだな。まあ、この程度では壊れないが――それよりそろそろ時間だと思うがまだ出てこないのか」
「いつもより遅いのか?」
「い、いやそういうわけじゃない。そろそろだと思うが、焦りすぎかもしれない。忘れてくれ」
モルグが訂正した。
今のように待っている時間から少しすれば戦いが始まるのだ。
ユウもモルグもその覚悟はできていたが、待っている間は緊張からか時間がゆっくりと進んでいるようであった。
息を殺して、すっかり暗くなった空の下、ユウとモルグはニューキーが来るのを今か今かと待っていた。
過度な緊張が二人を覆っていた。
するとその時、遠くの空から声が聞こえた。
「なあ、今の声」
ユウがモルグに確認するように声をかける。その声は二人が待って居た人物の声だった。
「ああ、確かに今のはニューキーの声だった」
モルグもユウが思ったことと同じく気づいていた。
「ど、どうする。何かあったのか。まさかヒエラルに――」
「落ち着け。まだ、さっきの声が本当にニューキーかどうかはわからない」
モルグが言った。しかし、そうは言っても落ち着いてはいられなかった。
「……なあ、ここは俺に任せてくれないか?」
ユウがモルグに言った。奇しくもそれはユウが捕まっていた時にモルグが言ったことと同じだった。
「任せる?まさかお前行くつもりか?」
「様子を見てくるだけだ。しばらく経って戻ってなかったら先に中に入ってくれ」
「なぜ、俺に行けと言わない。俺が信用できなくなったのか?」
「そういうわけじゃない。ただモルグは怪我してるだろ」
「あ、ああ……クソッ俺はだめだな、俺は今でもビビってる。覚悟はとっくに決めたってのに」
「……ニーアの事を頼む」
「わかった……ユウこれを持って行け」
モルグが手に持っていた筒状の照明具をユウに手渡した。
「ありがとう。ただ良いのか?」
「大丈夫だ、お前が持ってる方が良い。それに俺がもし中に入っても何とかなるだろう――死ぬなよ」
「当然、俺は死ぬことだって望めない人間だぜ」
モルグはユウを見送った。願わくばこの会話が最後にならないようにと願いながら。
ユウはモルグと別れ、ニューキーが居たはずの診療所の裏口へと走った。
そして、裏口のある通りに入る一つ前の曲がり角で立ち止まった。壁からゆっくりと顔を裏口のある通りに出して周辺を覗いた。
すると暗がりの先に二人分の人影が見えた。暗闇の中に堂々と立つ一人、そしてその近くの地面に倒れているもう一人の影。
その地面の影は間違いなくニューキーで、立っているのはヒエラルに違いなかった。
「そこに隠れているのは、この男の仲間か。良いのか出てこなくて」
ユウがこれからどうするか考えるより早く、ヒエラルの方から隠れていたユウへと話しかけてきた。
ユウは返事をしなかった。そして静かにゆっくりとヒエラルの目の前に出た。
ユウは考えを巡らせる。この状況をどうするか、ヒエラルとユウとの距離はおよそ十数メートル。この距離であればヒエラルの無形剣は届かない。
そこから一歩一歩足をするようにユウは接近する。
ヒエラルの武器の射程はその大きさと踏み込みによって、約5メートルといったところ、その一撃をまともに受ければ当然ただでは済まない。
しかしその重さに合わせて攻撃後に明確な隙が生まれる。ユウはそれを狙った。
(さあ、来い。事前にわかっていれば避けられないような攻撃じゃない)
ユウがじわじわと距離を詰める。9メートル、8メートルと距離は縮まっていく。
しかし、ヒエラルが動く様子はない。
「どうしたんだね?近づくならもっと急ぐべきじゃないかい。安心した前、今倒れている彼は生きているよ。生憎、仕事以外では殺しはしない主義でね」
ヒエラルがユウに話しかけるが。ユウにはまるで頭に入ってこなかった。
7メートル、6メートル、そして5メートル。ヒエラルの攻撃が当たらない距離のぎりぎりでユウが足を止めた。
それはまるで見えない壁にぶつかったようであった。
「どうした、来ないのかね?こちらは見ての通り丸腰だぞ」
いきなり足を止めたユウにヒエラルが言った。そして――
4メートル、3メートル。ユウがさらに近づき完全に射程に入った。
それでもなおヒエラルは剣を振るう様子はない。
ヒエラルの無形剣はその性質上相手がその存在を知らなければほぼ最強と言っていい奇襲性を持っている。だからこそその性質を知っているユウは有利に立てるはずだった。
「どうした、私が剣を使わないのが不思議か?それほどに警戒していたら相手にはバレバレだ。モルグの入れ知恵だろう、まったくお坊ちゃんには困ったものだな」
「モルグ、知らないな。俺はそんな奴」
ユウが咄嗟に否定した。悪い予感がしたのだ。まるでこうなることを予期していたかのようなヒエラルのその態度に。
「隠す必要はない。あれに人を殺す覚悟はない」
「な、何故?」
「何故?なぜというのはなぜモルグがこんなことをしなければいけないんだと、ということかね?」
「そうだ。モルグは本当にいい奴で――」
「自分を助けてくれた。と言いたいのだろう。それはただ自分に都合が良いから利用しているだけに過ぎない――モルグはこの国の警察組織に影響力を持つサンジェル家の子息。それとつながりを持てば、将来的にはこの国の警察組織の上層部に我々はつながりを持つことができる」
ヒエラルが世間話でもしているかのように言った。何でもないことのように放ったその言葉の下にどれだけ多くの人間が苦しみが積み重なっているだろうかと思うと、ユウの中で怒りが沸々と湧いた。
「そんなことのために、お前は、お前らはモルグを……そのせいでどれだけモルグが苦しんでいるか、いやそれだけじゃない。ニーアやジーグ、他にもたくさん苦しんでいる人が居るはずだ」
「そうだろうね。それで、君は何をしに来たのかね。君が今さっき言ったことはすべて他人の問題だ、君が戦う理由じゃない。この町から出て二度と姿を現すな。そうすれば私は君を殺さないと約束しよう。君もこんな下らない事で死にたくはないだろう」
ヒエラルが言う。
モルグもニーアもジーグもこの世界の誰だろうと、ユウにとっては他人だった。戦う理由はユウには無い。それにもしここで逃げても誰一人としてユウを責める人間などいないだろう。
「そうだな、俺は死ぬことなんて望んでない――だが、それ以上に一度決めたことを曲げる人間になることなんて望むはずが無い」
「よく言ったぜユウ。俺好みの答えだ」
その一言はユウでもヒエラルでもなかった。倒れていたニューキーが勢いよく立ち上がり、ヒエラル目掛け突進する。
ユウもさらに一歩、その言葉と同時に踏み出した。そして右手に持ったナイフでヒエラルの首目掛けて切りかかった。
咄嗟の攻撃に、ヒエラルは躱そうと身を翻すように動かした。
それによってユウのナイフはヒエラルの体には当たらず、代わりにヒエラルの首から下げていたペンダントの紐を切り裂いただけだった。紐が切れたペンダントは宙を舞い数メートル離れた道の隅まで飛んで行った。
モルグの情報通り、やはり咄嗟には無形剣は使えないようだ。
そのままユウが再びヒエラル目掛けてナイフを振るおうと向き直り、そのままナイフで突いた。
そのまま体にナイフが突き刺さる、まさにその時だった。ヒエラルに向かっていたナイフはまるで壁にでもぶつかったようにはじかれ、宙を舞った。
一瞬ユウにはまるで何が起こったのかわからなかったが、そのぶつかった壁が何であったかはすぐに理解できた。それはヒエラルの手に握られた小さな銀色の盾だった。
その盾でユウのナイフを払いのけたのだ、ユウの手に痺れるような痛みが走っていた。このままではヒエラルを攻撃するすべがない。それどころかすでにヒエラルは無形剣を取り出しているのだ。ユウは今完全に射程圏内、防御するすべもない。
「まずい」
急いで、ユウが後ずさりして距離を取ろうとする、しかし、焦りからか足が絡まってバランスを崩してしまう。
けれども、ヒエラルが攻撃に移ろうという時ユウの予想外の事が起こった。
後ろからユウを引く力があったのだ。
それはニューキーだった。ヒエラル目掛けて走り出していたニューキーがユウを掴んで引っ張ったのだ。そして勢いをそのままにニューキーはユウを連れ路地へと入った。
ニューキーに半分引きずられながらもユウたちは何とか急場を凌ぐことができた。
それからしばらく走って、ユウとニューキーは路地の片隅に腰を下ろした。
「はぁ、はぁ。ここまで来れば大丈夫か?」
疲れ切った表情でニューキーが言った。
「ありがとうニューキー、さっきは助けてくれて」
「気にすんな、奴に一発入れるつもりが、体が勝手に動いたんだよ。うっ」
「どうした、大丈夫か?」
ユウはここまで気がつかなかった。ニューキーは脇腹からかなりの出血をしていたのだ。
「大丈夫だ……と言いたいところだが、ダメそうだな。俺のことは良いから、どっか行けよ」
「そんなことできるわけないだろ」
「そういうのやめろよ、俺は俺の所為で仲間が死ぬのはもう見たかねえんだ。だから――行けよ」
「ニューキー……勘違いするな、俺は勝つためにお前が必要なだけだ、だから立て。一人で歩けないなら俺が肩を貸してやる」
「お前……やっぱ馬鹿野郎だ。気にすんな一人で歩ける。それでどうやって勝つつもりなんだ?あるんだろう、秘策が」
「ない――無いから今から考えるしかない」
「は、そうか」
ユウの言った通り本当に策などなかった。
状況は悪い。ヒエラルが何処にいるか、追ってきているのかすらもわからない。それに対して、こちらは二人、それも一人は負傷して戦えない。ナイフを落としたため武器があるわけでもない。
今二人に使えそうなものはモルグがユウに渡した明かりと――
「なあ、ニューキー。それ、どうしたんだ?」
ユウがニューキーに尋ねた。ここまで気づかなかったがニューキーはあるものを持っていた。
ユウの考えが正しければ、それは――
「これか、これはさっき逃げるときに拾ったんだ」
ヒエラルが付けていたペンダント。ユウが偶然にも引きちぎったそれをニューキーは拾ってきていたのだ。
「それ、少しかしてくれないか」
「どうした、まあいいが」
ニューキーがユウにそのペンダントを手渡した。ペンダントといっても、大凡首から下げるにしては大きすぎる気がしていたが、ユウは手に持ってみるとその大きさが実感できた。それどころかそれはそこそこの重量があった。そしてよく見るとその棒状のペンダントの中心近くに切り込みのようなものが入って居る。それはまるで鞘に納められた小刀の用だった。
ユウはその切込みの右と左をそれぞれ持って引っ張った。が、力いっぱい引っ張っても抜ける様子はない。
「なあ、ニューキー。これ、何なんだ?抜けそうなのに全然抜けない」
「それは多分この辺の伝統の贈答品だな。この辺では戦場に行く兵士に小刀を渡す風習がある。もっとも売ってるようなのは刀身まで作られてねえ、だからじゃねえか」
「そうなのか、そんな風習が。でもなんでそんなのをヒエラルが持ってるんだ」
「そりゃあれじゃねえか、取れる者なら取って見ろってことじゃねえの。普通送られた奴は奪われないようにするはずだしな。まあ、俺は貰った事ねえからわからんが」
「そうかそんなものなら、きっと奴は取り返しに来るはずだ。これは使える」
「抜けないなら使えなくないか」
ニューキーにはユウが何を言っているのか見当がつかなかったが、ユウの中でそれは細くとも、確かに勝利への道を示していた。
予想外の事態からの脱出、急場は凌いだ。あとは反撃あるのみだ。
投稿間隔めっちゃ空いたのはミラボレアスの所為。




