第四話:希望/絶望・2
ここまで紆余曲折を経て、ユウたち三人は叩く決意を固めた。あと必要なのは作戦だけだった。
必要なのは決意と覚悟。そして……
「それで、これからどうするんだ?」
モルグがユウに言う。
しかしユウの中ではもうこれからどうするかという問いに対する答えは決まっていた。
「もちろん、助け出して見せる」
「そういうとは思っていた。だが、ヒエラルが黙ってないだろう。それはどうするんだ?」
「そのことなんだが、……俺は奴と戦おうと思う。もちろんそれは俺個人の事だ、だからモルグはもう俺に協力しなくてもいい。それに俺は元々奴に狙われているんだから、どの道戦うことに成っただろう」
モルグはこれまでもユウが危険な目に合わないよう忠告をしていた、逃げろと。そのことについてユウは大変感謝していた。が、もうその忠告を聞く気はない。ユウの心は決まっているのだ。
「馬鹿め」
「すまん、だけど俺はもうそう決めたんだ。ここで立ち向かわないと、これから先もずっと逃げ続けることに成る気がするんだ」
「お前もニューキーも敵の事もよくわからずに戦おうとする馬鹿だ。だから、俺が居なきゃ何もならん。俺も行く、それに俺ももうヒエラルに目をつけられてるだろうしな」
ユウはモルグに感謝している。だからこそ危険な目には合ってほしくなかった。が、それは杞憂だったのだとユウは思い直した。
ともかく、人数は多い方が良い、それにモルグはユウの知らないことだって何か知っているはずだ。
「ありがとう。本当にモルグには助けられてばっかりだ」
「お互い様だ。俺もお前のおかげで人を殺さずに済んだ。それで、今一番大事なのはどう戦うか、そして勝つかだ、作戦を立てよう」
モルグは部屋の中を物色似ていたニューキーに声をかけて、作戦を計画する。
目的は二つ。ニーアの救出とヒエラルの打倒。
この二つの内ユウにとって一番重要なのはヒエラルを倒すことではなく、ニーアを助け出すことなのだ。
ヒエラルを倒せたとしてもニーアを倒せなければ意味はないのだ。
「まずさっきも言ったがその建物は表向きは普通の診療所だ。入口は二つ、人目に付きやすい正面と人目に付きにくい裏口。建物は二階建てと地下に一階。一階と二階は診療所だから。ニーア・トリーアが捕まっているとしたら地下だろう」
「地下か」
地下ということはニーアの母ジーグ等が働いていた居た麻薬の製造所がある場所だった。
「ああ、だが。安心してほしい俺はヒエラルに使われていた時に何度か行ったことがある。だからある程度の間取りを俺は把握している」
「なるほど。それなら良かった。だが診療時に偽装してまで隠してるんだろ。警備とかかなりきついんじゃないか?」
「それについても問題ない。今のところ奴らの主な戦力はヒエラルだけのようだ、まあ俺みたいなのを働かせている時点でこの町にいる奴らの数は少ないことは確かだろうが」
「なるほど……ところで聞きたいんだが。ヒエラルはいったい何者なんだ?」
ユウはこれまでモルグの話を聞いていて気になっていたのだ。
初めにユウがその名について聞いたとき、ヒエラルは通り魔だとか殺人鬼だとかそういった類のものだと思っていた。
しかし、違法な薬物の製造や、モルグの口ぶりからしてそうではないようだと感じられた。
まるで大きな組織のような――
「それは、俺も今話すつもりだった。まず、奴の属する組織についてだ、正直言って俺にも実態はほとんどわからない。わかっているのはここ何年かで急速に勢力を拡大していることと、その活動内容は麻薬の密売や密輸、暗殺などということ。そしてこの町で活動を始めたのは少なくとも一か月前で、今のところ組織の正式な人間はヒエラルだけのようだ」
モルグがそう説明する。
「そうだったのか、じゃあここでヒエラルを倒したら」
「ああ、もしここで奴らの出端を挫くことができたら、この町が奴らの手に落ちることを防げるかもしれない」
このことはユウにとって朗報だった。この町が奴らの支配下になれば、この町に近いニーアの元居た村にも影響が出るはずであるからだ。
「そう言えばヒエラル個人についてはまだ聞いていなかった。奴はいったい何者なんだ?」
ヒエラル。ユウ達が最も倒さなければいけない敵。
ユウが知っているのは昨晩現れた時は巨大な銀色の鞭のようなものを持っていたこと。そしてモルグの同僚たち三人を一瞬のうちに殺したこと。それだけだった。
勝つためにはそれだけの情報では足りない。ユウはモルグの言葉を注意深く聞いた。
「ヒエラルは――強化人間だ」
モルグが言った、その馴染みない言葉にすぐさまユウは言葉を返した。
「強化人間?」
「知らないのも無理はない。この技術は実用化されたばかりだし、あまり公にもされてないからな。俺も偶々聞いただけだ。――なあユウ、魔法技術についてはどれぐらい知っている」
「魔法?」
魔法という言葉でユウが思い浮かぶのは箒に乗って空を飛ぶ魔女か、或いはゲームや漫画の中で炎を出すだとか体力を回復するだとか、そんなところだった。
もちろんそれはフィクションでユウの知る限り現実にはそんなものは無かった。
これまでは、少なくとも。
「その様子だと何も知らないらしいな。まあ、俺も専門的なことはわからないが。とりあえず魔法で強化された人間だという認識で間違えない」
「あ、ああ。わかった。それでそれがどう関係してくるんだ。奴は空でも飛べるのか?」
「そういう類のものじゃない。――ユウ、奴の持ってた武器を覚えているか?」
「もちろん。一瞬のことだったが、あんなの忘れたくても忘れられないさ」
ヒエラルの武器、昨晩宿でユウを襲った時に持っていたのは銀色の巨大な鞭であった。
さらにその前のヒエラルによって殺されたジーグ・トリーアの死体、ユウが見たそれには大きな傷があった。恐らくそれなりに大きな剣か鎌のようなもので切り裂かれたのだろう。
けれども彼女が殺された当日、ユウが見たヒエラルはそのようなものを持っている風には見えなかった。
そもそもいくら夜だといえどあれほど大きな凶器を持ち歩くのはどうなのだろうかと、今になってユウは疑問に思った。
そう、そのままの大きさであれば。
「まず奴の持つ武器は第二世代魔法兵器と呼ばれているものに分類される。第二世代魔法兵器とは簡単に言うと、武器に合わせて使用者に機械を埋め込むことで、より親和性を高めたものだ」
「な、なるほど。つまりは限られた人間にしか扱えない武器ってことだな。それでヒエラルのその、第二何とかはどんなものなんだ?」
「奴の持つ武器。それはきまった形を持たない剣。普段は液状になって小さな容器に入れて携帯し、必要に応じて使用者が有形の武器を作り出す。俺の見た資料では無形剣と呼ばれていた」
「資料。そんなのがあるのか?」
資料とモルグは確かにそう言った。
ニーアの居場所を調べるために組織の資料室に忍び込んだとは言っていた。
しかしそう簡単に見つかるようにしておくだろうか、見つかったとしたらそれは信用できるのだろうか。
「少し調べたんだ。この国の軍の無形剣に関する研究資料を。残念なことにかなり前に研究は凍結されたらしく、古い資料が少し残っていただけだがな」
モルグが言った。それはつまり組織内部の情報ではなかったということであり。これによりユウの心配は取り払われた。
しかしユウには新たな疑問が湧いた。軍が行っていたという無形剣の研究。モルグがさっき言った通り第二世代魔法兵器は使用者が居て初めて機能する武器だ。それはつまり使用者も当然軍の兵士だったのだろう。
「ヒエラルは兵士なのか?」
「さあどうなんだろうな。誰がその研究に参加していたかはわからなかった。それにもしその研究の被験者の名前がわかったとしても、ヒエラルという名前が本名かどうかもわからない。もちろんその製造法を何らかの方法で手に入れて独自に作ったのかもしれない。まあ、そんなのはどうでもいい話だ。それよりもどうやって倒すかが重要だろ」
ユウを励ますようにモルグは言った。
何気ない事のように言っているが、研究資料を探すことも、ましてや見つけることも短期間では簡単なことではないのだ。
それはモルグが一か月前にヒエラルの軍門に下っていた時。その時から、時間をかけて情報を探していたということを意味していた。
なぜそんなことをしたのか。
モルグには警官としての正義感がある、そして殺された仲間たちへの思いがある。だからこそヒエラルという巨悪に立ち向かうための情報を調べてきたのだ。
だが、それならなぜ今の今までそれを使わなかったのか。
その理由はその情報を持った上でも一人では勝てないことがわかっていたからだ。
もちろん警察の仲間や家族の手を借りることも可能だった。モルグは代々続く警官の一家として名高いサンジェル家の人間なのだ、そのため警察や軍にある程度の繋がりがある。
しかしそのような状況でもモルグは彼らに話すことができなかった。
家族や仲間を危険な目に合わせたくない。敵の強さを知るからこそ気軽に応援を頼めなかった。もちろんそれもあった。
しかし一番の理由はそれではない。
モルグは恐れていたのだ。一度ヒエラルの軍門に下った自分を受け入れてもらえるのだろうかと。
そして言い出せないままヒエラルの起こした事件を隠蔽を手伝っていく中でより一層その恐れは強固なものとなった。
こうしてモルグはヒエラルと戦うための情報を集めながら、ヒエラルの手伝いを続けるという矛盾した行動をとり続けた。
その矛盾に挟まれて自己を消費しながら。
しかしそれが今やっと役に立つ時が来たのだ。
戦う覚悟を持つ人間。自分をどこの誰かではなく個人として信じる人間。それが現れたのだから。
それが現れた今、だからこそモルグも戦う覚悟を明確に言葉に示したのだ。
「そうだな、モルグ。俺たちで絶対に奴を倒そう。その為にもっとその武器の事を教えてくれ」
「わかった。俺が見た資料によると無形剣には主に二つ弱点がある。一つ目はかなり制御が難しかったらしいことだ、作れる形の数は大抵は一つ、上手くいけば二つ。恐らくだが資料が少なかったのはそれが理由で計画が凍結されたからだと思う」
「つまり、作れる形は最大でも二つってことか。それならもうどっちもわかるな。昨日の夜、俺が見た鞭。それと――」
「鎌だな、それが奴の作れるもう一つの形。俺の仲間を殺った時もそれだった」
「ああ、そうだったな」
ユウはモルグの言葉を聞いて、そのことを思い出した。
仲間の命を目の前で奪われたときモルグはどれほど辛かっただろう。
今のユウにはその辛さが想像できた。もし目の前でニーアが殺され、ましてその殺した相手の手伝いをするなんて……
「なあ、ユウ。今お前俺を憐れんだろう、仲間を目の前で殺された俺を。もしそうならそれは止めろ。確かに、俺が仲間を助けられなかったのは事実だ。もちろん今でも許せない。ヒエラルの事も無力な俺のことも。だがだがそれはもう終わったことだ。俺は仲間のためじゃなく俺自身のために戦うんだ。だから憐れむのは止めろ」
「そうか、わるい、勘違いしてた。話を戻そう、それで無形剣のもう一つの弱点は何なんだ?」
「無形剣のもう一つの弱点、それは第二世代魔法武器すべてに言えることだが使用者の影響を受けやすい事だ、特に奴の無形剣はそれが大きい。つまり使用者が緊張や動揺することで武器の力は大きく下がる」
「落ち着いてないと使えないってことか。……それ武器としてどうなんだ」
「あまりよくないだろうな、まあ、それも計画が凍結された原因かもな。ただ暗殺であればそれは問題じゃない。だから、ヒエラルは怖い」
「人を殺す時に落ち着いている方が怖い」
「確かにな、そういう意味でも俺なんかには扱えないな。だが奴にとっても弱点なのは確かだ、奇襲を仕掛けよう、待ち伏せなんてどうだろう?」
「待ち伏せか、たしかにそれはいいが、待ち伏せするならヒエラルがどこを通るか事前に知っている必要があるんじゃないか。わかるのか?」
「ああ。俺が今日行った資料室、それも診療所の地下にあるが、その資料室の奥に隠し部屋がある。昼の間はヒエラルはそこにいる。昼の間は地下に居て夜になると外に出てくる」
「なるほどそこを狙う訳か。だがそんなにうまくいくのか?」
「大丈夫だ、俺に任せてくれ。診療所の出入り口は正面と裏口の二つ。正面は診療所としての出入り口だから奴が通るのは裏口だけだ。おおよその時間もわかる。どうだ?」
「ああ、わかった。信じるよありがとうモルグ」
「じゃあまず出てくるのを待って、出てきたら地下に入ってニーア・トリーアを救出、その後ヒエラルが帰って来るのを待ち伏せて叩く。それでいいか?」
「ああ、俺はそれでいい。ただ――」
「ニーア・トリーアを先に助け出したら。それでユウは逃げるかもしれない。とか思わないのかと言いたげだな。安心しろ、もしそうなったとしても俺は戦う。もう後戻りできないところまで俺は来たからな。もっとも、お前は戦うと俺は思ってるが」
ニーアを救出することはユウにとっては最も優先すべきことだ、しかしモルグやニューキーにはどうでもいい事だ。後回しにしにすると言っても何ら不思議はない。それよりむしろユウが逃げないように後に回す方が合理的でさえあった。
それはモルグがユウの逃げはしないという覚悟を知っていたからだ。そしてその覚悟をモルグは信用していた、ユウ本人ではなくその覚悟を。
「安心していいぜ、俺の覚悟はもう変わらない。ところで帰って来た時を狙うなら、出てきたかどうか確認する必要があるんじゃないか?俺は奴に見つかったら確認どころじゃないと思うが、モルグはどうなんだ?」
「俺も駄目だろうな、さっき資料を身に忍び込んだのはもう気づかれているだろうし。見つかれば無事じゃすまない」
「とするとあとは……」
ヒエラルが出てきたことを確認出来て、もし見つかったとしても攻撃されない、面識が無い人間はユウたち三人の中に一人しか居なかった。
「ん、何だ?」
さっきから全く話に入れずに聞いているだけだったニューキーが突然にユウ達二人が自分に視線を向けたために驚いて言った。
「ニューキー頼みたいんだ、ヒエラルが出てくるのをこっそり確認してほしいんだ。もし出てきたら奴立ち去るのを待って俺たちに伝えてほしいんだ。頼む、これはお前にしかできないんだ」
「あ、ああ。何かよくわからんが、わかった」
「よし、これで決まりだな。まずニューキーが裏口を見張る、ヒエラルが出てくるのを確認したら。俺とモルグにそれを伝えて、急いで診療所に入ってニーアを救出する。その後ヒエラルが帰って来るのを裏口で待ち伏せる。あとは奴が返ってきたところを襲撃して捕まえる。それでいいか?」
「異論ない。ニューキーもそれでいいよな?」
「俺は何でもいい」
ユウとモルグ、そしてニューキーが同意し、作戦は決まった。
決行は今日、可能な限り早くしなければ結構前に逆にヒエラルに襲われる可能性があったからだ。
結局のところこの町のどこに居てもその可能性はぬぐえないのだ、それこそ城か拘置所の中ぐらいだ。
なぜか第四話も三つに分かれた。まあ全部くっつけると確認しにくいからね仕方ないね。
次回第四・三話。決戦、ヒエラル。デュエルスタンバイ




