第四話:希望/絶望・1
「だが、これからどうするんだ?」
モルグがユウに尋ねる。
「とりあえず。モルグはヒエラルのところに帰ってくれ」
「良いのか?俺を見逃して」
「ああ、本当の敵はヒエラルだ、モルグじゃない。けれど、その代わり俺に協力してほしい」
ユウがモルグを縛っていた縄をほどいた。
「ニーア・トリーアの事だな、あまり力にはなれないかもしれないが、わかった」
「ああ、頼む。俺はもう一度ジーグの家に何かないか探すことにする。何かわかったら来てくれ」
「ああ、わかった」
ユウはモルグを見送った。
自分を襲った人間に自分の居場所すら教えて敵の元へと返すのはリスクが高すぎるぐらいだとユウ自身ですら思った。
以前のユウならばそうしなかっただろう。しかし、今のユウは人を信じるというリスクを許容した。
もちろんユウは闇雲に信じているのではない。モルグがユウにとって信じるに足る人物だったからこそできることだ。
そして、あともう一人ユウが考えなければいけない人間が居る
「はぁ~、もう朝か。ってお前なんでこんなところに居るんだ?」
部屋の奥で眠っていたニューキーが目を覚まして、眠そうな声と共に玄関先に居るユウの元までやって来た。
「自分が通したんだが昨日の夜のこともう忘れたのか?」
「あ、そうかそう言えばそうだったな。ってあれ。モルグの野郎はどこ行ったんだ。あいつが噂の殺人鬼
の場所知ってんだろ?」
「そのことについて最初に二つ聞きたいことがあるんだが、良いか?」
「聞きたい?まあいいが、出来るだけ短く話せよ」
「わかった。まず聞きたいんだがヒエラルと会いたいと言っていたのはなんでなんだ。やっぱり、噂の真相が気になったからか?」
「そうだなそれもある。だが俺が探してるのはそいつが相当強いって噂だからだ。そんな奴と俺は喧嘩がしたい、そして勝ちたい。それが理由だ。それがどうかしたのか?」
「いや何でもない、ありがとう。それともう一つ聞きたい。家族とか何か大切な人はいるか?」
「今は居ないな」
きっぱりとニューキーは言った。
そのニューキーの後ろに見える彼の部屋からは相当長くこの部屋を使っているのだろうことがユウには推察できた。
それはつまりこの貧民街で相当長く暮らしてきたということだ。そんな状況では誰かを大切に思うことは難しいだろうと、ユウは納得できた。
「そんなこと聞いてどうしたんだ?殺人鬼の方はどうなったんだよ」
「それについては今から話す。けど、場所を変えよう、昨日行った廃屋の部屋で話そう」
旧ジーグ・トリーア宅へとユウとニューキーは人目に付かないよう慎重に移動した。
ユウは再びその部屋の扉の前まで来た。
「どうした、入らねえのか?」
扉のロブを握ったまま扉を開けないユウにニューキーが言った。
ユウは躊躇っていたのだ、この扉を開けることは延いては自らの手でその世界を壊すことに繋がるのだ。
これまでのユウなら目の前の扉を開くことができなかっただろう。しかし、今は違う。ユウのポケットの中にはニーアが残したナイフが忍ばせてある。それだけで扉を開ける決心がついた。
「中の様子は変わらないみたいだな」
部屋の中は昨日と変わらずだった。もちろん中には誰も居ない、ユウたちが昨晩来てから誰かが入った様子も無かった。
「それで、話ってなんだよ。勿体ぶってないで早く言えよ。さっきからこそこそしやがって。そんなに怖いのか、噂ごときに」
「なぁ、ニューキー」
「なんだ」
「協力してくれないか?」
「嫌だね。俺はモルグみてぇなお人好しじゃねえ」
「そう言うと思った。じゃあ取引ならどうだ?」
「取引?あ~なら良いか。まあとりあえず何だよ、その取引ってのは?」
「俺がお前にヒエラルの居場所を教える。その代わり俺がニーアに会う手伝いをする。どうだ不安か?不安なら少ないかもしれないが金も払う。もし、それでもだめなら、俺にできることがあれば言ってくれ。どうだ?」
ユウが続ける。その提案にニューキーは黙ったままだった。予想外の反応の悪さにユウは内心焦った。
「なあ、田舎者。お前の言う大切な人ってのはそこまでするほどの人間なのか?」
ニューキーがいつに無く真剣そうな面立ちで言った。
「それは、わからない。俺はニーアとの付き合いも長くないし、彼女が本当は俺の事をどう思ってるかなんてこともわからない。――ただ、彼女は自分という、ちいさな世界の中で一人ぼっちで居た。俺はその世界に踏み込むのが怖くて、気づかないふりをしてたんだ。もしその時、俺に自分を変える勇気があったならきっと違ったはずなんだ。だから、俺がやりたいからやってるんだ」
「長い」
「それはすまない」
「だが、理由は悪くない」
「それなら、応じてくれるのか?」
「断る」
「と、言うつもりだったんだがな。なぜだか、お前の話を聞いてると昔のことを思い出す。俺がまだ軍に居た時の話だ」
「軍人だったのか。それは知らなかった」
「当たり前だろ、言うものじゃねえ。――俺は脱走兵だ」
「脱走兵って言うと?」
「そのままの意味だ、脱走した兵士。逃げてきたんだ、俺は」
「それは、意外だな」
ユウは思ったままにそう言った。
今ユウの目の前にいるニューキーという男は戦いから逃げるような人間ではなく、むしろ好戦的で争いごとに自ら首を突っ込むようなタイプの人間だとユウは思っていたのだ。
そうでなければ殺人鬼に会おうとなんてしないだろう。
「だろうな。――元々俺はこの町の孤児だった。しかし、それを拾って兵士に仕立て上げた物好きなクソ野郎が居たんだ」
「それが嫌で脱走したってことか?」
「違うな、そういうわけじゃねえ。あの時は訓練はきついし、飯は不味かったが、飢え死にすることはないし寝床にも困らなかった分だいぶましだ。それに――俺は生まれて初めて大切だと思える仲間ができた。まあ、仲間つっても貧民街の孤児の寄せ集め部隊だ。初めの頃は喧嘩はしょっちゅうだったし仲間だなんて誰も思ってなかった。が、厳しい訓練の中で俺たちは唯一無二の仲間になっていった」
ニューキーが昔を思い出して言う。
その表情から、文字通り昨日のことのように思い出すことができるのだろうとユウは推察できた。
「それでその後どうなったんだ?」
「わからん。――仲間だと、大切だと思えた奴らを見捨てて俺は逃げたんだ、必死に。逃げて、逃げて、逃げて、逃げ続けて、またこの町に戻って来た。……しゃべりすぎたな、下らねえこと」
後悔。仲間を捨てて逃げかえった自分への悔い。
そしてそれは絶対に清算されることは無いと、ニューキーはそう思っていた。
ではなぜ、ユウを見てその後悔が思い起こされたのか。ニューキーにはわからなかった。
「下らなくなんかないさ」
ユウは言葉に詰まった。どのように言葉を掛ければいいかわからなかったのだ。
「下らないさ、俺にはお前がなぜそこまで言えるのかがわからない」
「それは、ニーアが俺にとって大切だからだ」
「俺の仲間も俺にとっては大切だった」
ユウがニーアを大切に思うことのように、いや、或いはそれ以上にニューキーは仲間を大切に思っていたはずだ。
「と、とにかく。取引に応じるんだよな?」
ユウにはわからなかった。わかるはずが無かった。自分の事で今は精一杯なのだ、他人のことなどわかるはずが無い。
「そうだな、応じてやるよ。お前をそのニーア?だったかに会わせてやるよ。それで、ヒエラルの居場所はどこなんだよ?」
「それは――」
ユウが話そうとしたとき、部屋の外から慌ただしいく階段を駆け上がる足音が聞こえた。
足音はユウ達の居る部屋の前で止まり。扉が勢いよく開いた。
その人物はユウが待っていたモルグだった。
しかしそこに居たモルグは自身の右手を押さえて、さらに服には血がついていた。
「おい、どうしたんだ。それ、大丈夫なのか?」
「平気だ。もう血は止まっている。君の探しているニーア・トリーアの居場所を調べようと、奴らの資料室に入ったんだ。少ししくじって怪我はしたが、調べは付いた」
「資料室?いや、まあいい。それでニーアは今どこにいるんだ?」
「彼女は今、貧民街のとある施設にいるようだ」
「施設?」
「ああ。表向きは普通の診療所。だが裏では違法な薬物の製造所。彼女は今そこで働いているらしい」
「違法な薬物の製造所。というと、確か――」
「ああ、お察しの通り。一か月前俺が仲間と踏み込んだのと同じ場所だ。……どうした、ユウ。何かあったか?」
「いや、何でもない。少し納得しただけだ」
納得した。というよりかは理解したという方が正解だった。
ユウはこの町に来る前から今まではっきりしなかったことがある。
ニーアがこの町に来たことに関してのことだ。
母親を頼ってニーアがこの町に来たのはまず間違いないだろう。
それは今ユウたちが居るニーアの母、ジーグの部屋にニーアの痕跡があったこと。
そしてニーアが手紙を受け取ったこと。
手紙を出すには住所がわからなければいけないが。実の母であれば住所を知っているのはむしろ当然のことだ。それにもし受け取った手紙にその名が添えられていればニーアは行かざるを得なかっただろう。
このことからニーアがこの町に来た理由は十分だった。
ではなぜジーグはニーアを呼んだのだろうか?
ニーアの母はその昔出て行ったきり音信不通だという。それが今になってなぜ連絡をよこしたのだろうか。
その答えは部屋に散乱する空の麻薬の袋の数と、とてもそれほど豊かではなさそうな生活状況、そして最後にニーアが怪しい麻薬工場で働かされていることで説明ができた。
つまり、ニーアは実の母に麻薬のために売られたということだ。




