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望まぬ君を望む世界  作者: 波積 形り
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第三話:愚鈍/混交・3

長くなった(配分どうなってんだ?)けどこの話はこれで終わり。

 夕暮れ時、カプツィナのような大きな町にも当たり前のように夜には日が落ちて、朝にはまた日が昇る。

 どこかでニーアも見ているのだろうか。

 夕日が照らす道のりを進みながらユウはそんなことを考えていた。


「着いた。ここだ」


 モルグがさびれた建物の前で足を止める。それは2階建てのアパートのような建物だった。


「ここは昔労働者の住居として建てられたんだそうだ。だが、何かの事情で今は持ち主もわからずそのまま残されているんだ。要するに廃屋ということだな。まあ、この地区には他にも似たような建物は少なくないがな。このアパート二階の奥から二番目の部屋に彼女は住んでいたらしい」


 モルグの説明を聞いてユウは確かにと納得をした。それはここに案内される道中でもこの建物とまるっきり同じような建物が幾つかあったからだ。


「ありがとう。こんなの一人じゃ見つけられっこなかった」 


 ユウが頭を下げて礼を言う。


「感謝される言われはない。じゃあな。もう俺に会うことが無いようにな。君が見つけられるように願っておくよ」


 モルグは帰って行った。

 ここからはユウの問題だ。廃屋の錆で軋む階段を一段一段上る。


「なぁ」


 目的は奥から二番目の部屋。廊下を進み扉の前へと進んだ。


「おい、聞いてんのか」


 ユウは扉をノックした。部屋の中からの反応はない。


「何しに来たんだよ」


 意を決して、ドアノブに手を掛ける。


「おい、説明しろよ」


「なんでついて来るんだよ。もうヒエラルの話は済んだだろ」


 ニューキー。

 なんだかんだあって、牢を出てからずっとユウと行動を共にしているこの町の男。この町の事については詳しいようだが、ユウはあまり関わりたくはなかった。

 ヒエラルについてしつこくユウに聞いてきていったが、結局それがなぜなのかはあまりはっきりしない。

 そして昨晩もあの殺人現場の路地の近くに居た人物でもある。 


「お前、そのドア開いてるぞ。入らないのか?」


「え、ああ」


 ユウは思った。昨晩、自分を殴りつけた人物は本当にヒエラルだったのだろうかと。

 もしそれが別人なら、近くにいた人間にしかそれは可能ではないのだ。

 そしてあの夜にあの近くに居た人間は多くないはずだった。

 なぜなら、この町の住人でないユウは知らなかったが、この町の住人であれば誰もが夜の貧民街は危険だと知っている。

 だからあの時あの場所に居るのはニューキーのような荒くれ者かヒエラルのような人間ぐらいだろう。

 ただ、わからないのはその理由だ。

 例えば、ヒエラルの仲間だったとか。それならばその犯行を誤魔化す為に目撃者に攻撃を仕掛けても不思議はない。


「ん。どうしたんだ、入らないのか?」


 ニューキーがユウに言う。


「いや、何でもない」(そんなはずはないか)


 しばらく考えて、ユウはその可能性は無いと結論づけた。

 ユウにはニューキーが良い人間というようには思えなかったが、それでも人を騙せるような人間には思えなかった。つまりは単純な奴だと、そう認識していた。




 扉を開ける。部屋にはやはり誰も居ないようだった。 

 部屋は狭く、そして何より――


「何だこれ、ゴミ屋敷か」


 部屋一面に酒瓶と、そして何かの薬の袋のようなものが散乱していた。

 ありていに言えばその様はまさにゴミ屋敷といったところだった。


「こんなところで、本当に人が住んでたのか」


「何だこれ、すげえ。こいつは宝の山じゃねえか」


「え?」


「ん、どうしたんだ。これを探しに来たんじゃないのか?それなら全部俺が貰っていくぜ。いやー来て良かったぜ」


 ニューキーが嬉しそうに、部屋の隅へと移動する。目的は部屋の紙の袋の用だった。


「なあ、それはそんなに価値がある物なのか。それは一体?」


「はあ、そんなことも知らねえのか。まあ、良い特別に教えてやる。これは最近この町で流行ってる麻薬だ。これだけあれば相当の値が付く……何だこりゃ、全部空じゃねえか。くそ、期待して損した」


 ニューキーが袋の山をあさりながら、ため息をついて残念がっている。


「ん、なんだこれ。鍋か」


 ニューキーは空の袋の山の隅に落ちていた鍋を拾い上げた。

 その鍋の外見は何の変哲もない金属製の鍋で、中には何か入っているようだ。


「ちょっと待ってくれ。その鍋。こっちに渡してくれないか」


「あ、まあいいが。どうかしたか」


 その鍋の見た目にユウに既視感があった。

 そして、ニューキーがユウに鍋を手渡した。中には煮物のような料理が入っていた。作られてからどれだけ立ったのだろう。其れすらもわからない、が。


「おい、正気か?いくら腹減っててもこんな部屋で拾ったもん食うか普通」


 ニューキーが手に取った鍋の中身を口にしたユウを見て驚きの言葉を贈った。

 しかし、ユウにはそんな言葉は耳に入らなかった。


「辛い。苦い。すごく、すごく不味い」


 それはユウの人生で一度しか感じたことのないような味だった。


「おいおい、そりゃそうだろ。……ってお前、どうした。泣いてんのか?」 


 気づかぬうちにユウは両の目から涙がこぼれていた。流石にいきなり泣き出したユウにニューキーも驚きを隠せないようだった。


「泣くほど不味かったのか?」


「違う、そんなことじゃない。ただ、ここに来てたんだ。ニーアがこの部屋に」


 ユウがこの世界に来て初めて口にした料理、ニーアが作った料理。その強烈な味は間違えるはずなどなかった。

  ユウの脳裏に自作の料理を持って、久しぶりに会う家族と食事をしようとここで待っているニーアの姿が浮かんだ。


「そうか、ここで待ってたんだ。ずっと、ずっと帰って来るのを」


 しかし、待っていても帰ることがなかったことをユウはよく知っていた。


「もし、俺があの時ヒエラルからあの女を助けられたら、ニーアは今も家族と一緒に」


 ユウの中で怒りが沸き上がって来る。ニーアの家族を奪ったヒエラルに、そしてそれを守れなかった自分とに。


「許せねえ」


「おい、さっきからどうしたんだ?不味過ぎてどうかしちまったのか?」 


「そうじゃない。俺は、俺の目的はただニーアの様子を見に来ただけだ。だからそんなこと関係ない」


 ユウは自分に言い聞かせるように言った。自分には関係ないと、必死に否定した。否定したかった。そうしなければ自分の中の世界がが崩れていく気がしたのだ。 


「変な奴。まあいい、俺は帰る。結局金になりそうなもんもなさそうだしな。てか、そもそも俺はなんでこんなとこに来たんだっけか?ま、良いか。あばよ田舎者」


 ニューキーは部屋の中央で座り込んでいるユウを置いて部屋を後にした。

 そして、それから少しして。ユウは立ち上がった。


「とにかく、今日は宿に戻ろう。どうするかはまた明日決めよう」


 ユウは次の行動を決めた。 

 ユウにはこれからどうするか幾つか考えが浮かんでいた。

 その中の一つはここで待つということだ。ニーアに会うにはそれが一番手っ取り早そうだった。

 しかしユウにはそうすることができなかった。今のユウにニーアと会う勇気が持て無かったのだ。

 そこでユウは帰ることを決めた。そして明日元居た村に帰ろうと暗にそう考えての事だった。

 居場所はわかった。なぜ来たのかもわかった。これならもういいんじゃないかとユウは考えを浮かべて宿へと帰路に就いた。




 夕暮れは一層濃くなっていた。日が沈み、あたりが暗く成ればまた、昨晩と同じようなことに成るかもしれない、ユウは急いで宿へと戻った。

 結局、宿に着いた頃にはすっかり空は暗くなっていた。

 ユウがこの町に来てからすでに5日もかかっていた。

 いつまでも居られるわけではないのだ、それどころかこの町に居られる時間は資金的に見てほとんど残されていない。


「今帰りました」


 いつもよりも遠出した結果、すこし遅い時間になっていたがユウは宿屋にいつもの通り帰ってきた。


「おー帰ったか、今日は遅かったのぉ~、食事は部屋に置いておるぞ」


 宿屋の主人が変わらぬ調子でユウを出迎えた。


「ありがとうございます。その、今朝は何も言わず」


 この宿は朝と夜の一日二回の食事がついていた。けれどもユウは昨晩の出来事のせいで取れずにいたのだ。


「ホッホッホ、別に気にしちゃおらんよ。ただ、昼頃サンジェル家の御子息が尋ねて来ての、お主がここに留まっているのかと聞いて来た。あれはいったい何だったんじゃ?」


「サンジェル?ああ、モルグの事ですか。それはご迷惑をおかけしました」


「何かあったのかい?」


「いいえ大したことではないんです。何と言いますか冤罪で捕まっていただけで」


「なるほど、それは災難だったのう。だが警察(やつら)には十分気を着けた方が良い、碌な奴らじゃな

いからの」


「えっと、それはどういう意味ですか?」


「言葉通りの意味じゃよ。それより儂はもう寝るから食器はいつものように適当に置いておいてくれ」


 そう言うと、宿屋の爺さんは大きく欠伸をして。カウンターの奥へと帰ってしまった。


「はい、わかりました」


 ユウはさっきの言葉が気になりつつも、自分を待って今まで起きていたのだとすると、これ以上の時間を取らせるのは悪いと思った。

 それにもうすぐこの町を去るユウには関係ない事でもあった。




 食事を食べ終えて、部屋の窓から外を眺めているとユウはあることを思い出した。

 昼頃。ニューキーが殴り掛かって来た時のこと。気が付けば手に握られていたナイフ。


「あの時、確かにこのナイフはこの部屋にあったはずだ、それが、なぜ。……いや、そんなはずは――」


 ユウの中で降ってわいた考え。それは――


神様(アドミニー)からの贈り物か」


 ユウをこの世界へと送った存在。神様(アドミニー)。それは確かに言っていた、この(ナイフ)は贈り物だと。


「しかし念じれば手に握られるナイフなんて、そんなのありえるのか?」


 ありえない。本来ならばユウもそう言うだろう。けれどもユウは神様(アドミニー)の力をこの目で見ていたのだ、それに比べたら今更ありえないことなどではないと思えた。


「せっかくだし試してみるか」


 ユウは手に持ったナイフを部屋の隅の一角に置いた。そして、右手に力を込めて念じた。


「来い、俺の手に。……ダメか」


 何も起こらなかった。部屋の隅のナイフは一切動いていない。もちろんユウの手にもナイフは無い。なにもおかしくないそれは当たり前のことだ。おかしくない、おかしくは無いが――


「何か、条件があるのか?距離?時間?それとも別の何かか」


 考えても答えは出そうになかった。


「まあ、別にそんなのどうでもいいか」


 ユウは部屋のベットに寝転がった。するとポケットに入れたままにしていた教書が腹に刺さって来た。

 ユウはポケットからそれを取り出して手に取り。目を閉じた。

 夜の街は静かだった。目を瞑っていると余計にそれがわかった。

 部屋の中には階段が軋む音だけが響いている。


「階段が軋む音?誰か、来る」


 ユウが寝転がっていたベットから立ち上がった。その瞬間カギのかかっていたドアが強引に破られた。

 そこに居たのは昨晩出会った背の高い男だった。


「ヒエラル!」


 間違えるはずもない。ただヒエラルは昨晩と違う点が一つだけあった。

 その手には巨大な銀色の鞭のようなものを持っていたのだ。

 逃げなければ死ぬとユウの防衛本能がそう訴えていた。

 しかし入口をヒエラルに塞がれたユウには逃げ道は一つしか残されていなかった。

 ユウが窓に向かって走る。しかしヒエラルもそれはわかっていた、すぐさまユウの顔面目掛けて鞭を振るった。

 ユウも鞭を防ぐため腕で頭を守るが直撃は避けられなかった。

 鞭の勢いで押し出されるように窓が割れて二階から転落する。

 しかし咄嗟に頭をかばったことで手に持っていた教書に鞭があたり、その勢いは教書を吹き飛ばすことで少なくなっていた。

窓から落ち、ユウは体を強く打った。しかしそれでもまだぎりぎりで走れるぐらいの力は残されていた。

 ユウは急いでその場を後にした。


「逃がしたか。まあいい。あとは新人に任せるとしよう。あの男を殺してこい」


 殺害する対象を逃したヒエラルだったがそれで慌てることも無く落ち着いた様子で振り返り。

 背後の人物に指示を出した。





「はぁ、はぁ、はぁ。クソ!どうしてここが?」


 ユウは皆目見当がつかなかった。ニューキーとモルグの様子から後をつけられていることはないだろうと安心していたのだ。

 しかし考えてみれば不思議ではないのだ。なぜならユウは昨晩の事件で犠牲になった被害者の家から一人で宿まで帰って来たのだ。もしそれをヒエラルが見ていたら、ユウが泊っている宿を見つけることなど容易い事なのだ。


「とにかく逃げないと。そうだ、今日ニューキー達通った裏道を使おう。そうすれば逃げ切れるかもしれない」


 そうと決まれば、ユウはすぐさま路地へと入った。

 そしてどこに向かうというわけでもなく必死に走った。が、当然昼通った道、つまりは拘置所から宿までの道を逆に進むしかなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ、どうだ、ここまで来たら大丈夫か」


 息も切れ切れに、ユウは路地の壁に手を着いた。

 しかし、ユウに安息の時間は与えらられなかった。暗闇の先で一人の人物の姿月明かりに照らされている。

 そこに居たのは間違いなくニューキーだった。あたりを見回して誰かを探している様子だったが、幸いにもユウには気づいていないようだった。

 なぜそこにニューキーが居るのか、ユウには心当たりが一つしかなかった。

 それは、ニューキーがヒエラルの仲間だということだった。

 もしニューキーがヒエラルの仲間なら、必要にユウの跡をついて来たことに説明がついた。

 とにかく暗闇の中ニューキーより先にユウが相手の存在に築いたことは幸運だった。

 ユウは振り返り、来た道を引き返した。今ユウが居る道は一本道だが、少し来た道を戻れば横道に逸れることができる。横道に逸れた後どうするかなど今は考えている暇はなかった。


 


 それからどれほど走っただろう。脇道に逸れた後、必死に軌道修正し何とか元の道に戻れた。そして――


「着いた、拘置所。ここまで来れば」


 拘置所の壁を背にして、ユウはこの場で朝を待つことにした。

 ユウが居るのは比較的大きな三叉路であったので、もし誰かが地下づいて来ても別の道へ逃げることができ、更に壁を背にしているため後ろから近づかれる心配も無い。


「ここで、朝まで待つ。そして朝になったら。村に戻ろう」


 ユウは壁にもたれ掛かって言った。ここまで走ってかなり疲れがたまっていたのだ。


「誰だ?そこにいるのは」


 ユウの右耳に声が届く。よく知った声。その声の主は――


「モルグ。良かった、さっきヒエラルが宿まで来て。ここまで何とか逃げてきたんだ」


「そうか、それは災難だったな」


「災難なんてもんじゃない。本当にさっきは死ぬかと思った」 


「そうか、わかるよ。人は自分が死にそうだってなると、必死に生きようとあがくんだ。傍から見たらまるで違って見えるんだ。それを俺はよく知ってる」


「あ、ああそうか」


「だが、お前は違う」


 モルグは後ろ手に隠し持っていた金属パイプをユウ目掛けて振り下ろした。その一撃はしっかりと威力を持って、ユウの頭を狙っていた。

 しかしその一撃は偶然にもユウが驚いて足を滑らせたために間一髪で回避した。


「あの時、こうしておけば」


 モルグが叫ぶ。それと同時に倒れ込んだユウに覆いかぶさるように再び金属パイプを振り下ろした。

 ユウは咄嗟に防御した。その手で、その手に握られた――(ナイフ)で。

 ユウがモルグのがら空きの腹を蹴り飛ばした。そして、すぐに体勢を立て直し元来た道を逆走するように裏道へと走り出した。

 その手にニーアが残したナイフを持って。 


「待て!」


 モルグがそれに続く。




「お前か、昨日俺を後ろから殴ったのは?」


「そうだ、俺があの時殺していれば、お前は今もこうして苦しまずに済んだんだ。だから逃げるな、逃げたって無駄だ」


「勝手なこと言いやがって」


 ユウは走る。しかし、もう足は限界に近かった。だが限界があるのは足だけではない。


「行き止まり」


 ユウが進む道は無秩序で入り組んだ裏道。行き止まりも珍しくはない。


「面倒掛けやがって。だが、この道はもう前には進めない。逃げられない袋小路だ、観念しろ」


「ああ、そうだなもう逃げられない。降参だ」


「物分かりが良いじゃないか。諦めてくれて助かる。」


「ああ、俺は残念なことに無理してまで生きるなんてこと望んでないんだ。――ただ最後に聞いていいか?」


「ここまで逃げてきたやつがよく言うな。まあいいだろう。まず武器を捨てろと言いたいところだが、さっきやったように何もないところからナイフを出される方が困る。とりあえず俺に良く見えるように持っていろ」


「わかった。それで聞きたいんだ――」


 スゥーっとユウが息を吸い込んだ。そして――

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 ユウが静かな夜に似つかわしくない大声で叫んだ。

 いきなりの大声でモルグは驚きを隠せなかった。

 そして――


「ここかー、ヒエラル。何だユウとモルグじゃねえか、何やってんだ?」


 ニューキーが路地の陰から姿を現した。

 これによりユウとニューキーは丁度モルグを挟み撃ちにし、逆にモルグは逃げ道を失った。


「ニューキー。モルグを捕まえてくれ、そいつはヒエラルの仲間だ」


「はぁ。どういうことだ?まあいいか」


 ニューキーがモルグに向かって躊躇なくラリアットをお見舞いした。

 



 何事もなくいつものように訪れた一日の始まりを祝福するような照らして、ユウたちは朝を迎えた。 

 ユウとニューキーは昨晩の路地からモルグを運び出した。

 しかしユウは宿に帰れないので、現在は貧民街の一角にあるニューキーの家(最も廃屋の一室であるが)へと行き、そこで一晩をしのいだ。 

 夜が明けて現在、モルグを縄で縛りユウは尋問を開始した。


「モルグ。答えてくれ。警察官のお前がなぜ、こんなことを?」


「俺は元々こういう奴だったんだよ。悪人なんだよ根っからの」


「違うな。いや、少なくとも俺にはそうは思えない。何か事情があるんだろ?」


 考えるより先にユウは言葉にしていた。

 自分を何度も助けた人間が、悪人なはずが無いと。

 その言葉にモルグはしばらくの間黙ったままだった。しかし、ほんのわずかな表情の変化が心境の変化を現していた。


「別にもう話してもいいか。結局俺はもうしくじったんだ」


 それから、モルグは話し出した。

 自分は生まれた時から立派な警官となることを周囲から期待されてきた、そして自分自身も期待に応えようと努力してきたのだと。

 それが当たり前なのだと言い聞かせて生きてきたのだと。

 しかしある男との出会いからすべてが変わってしまったのだと。

 ヒエラル。皆がそう呼んでいるからモルグもそう呼んでいた。それが本名なのか或いは偽名なのかそれすらもわからない。

 その出会いは一か月ほど前に遡る。

 当時モルグは仲間の若い警官三人と近頃どこからともなくカプツィナの町に流れ始めた違法な麻薬の出所を確かめるべく捜査をしていた。

 当初は捜査は難航するかと思われていたが、面白いほど意外にもあっさりと捜査は進み、ついにモルグたちは出所の建物を特定し、証拠を押さえるためにその建物へ踏み込むまでに至った。

 しかしそれがヒエラルの罠だったのだ。モルグ以外の三人の警官は一瞬のうちに殺され、モルグ自身も自身の命と引き換えにヒエラルの軍門に下ることになった。

 ヒエラルの仲間となったモルグに課せられた最初の仕事、それは共に麻薬事件を捜査していた三人の警官の死体の処理であった。

 結果として一連の事件は警官三人の失踪ということで幕を下ろした。

 事件後、モルグはヒエラルの指示により死体を処理する係となった。

 その仕事に拘置所内で遺体の管理を任されて居たモルグは適任だった。

 その抜擢が偶然なのか必然なのかはモルグにはわからない。

 しかしそのおかげでここまで噂にこそなれど、事件は発覚を免れていた。

 そう、ユウに見つかるまでは。


「目撃者がお前だけなら問題じゃなかったんだ。だからお前を気絶させても殺す必要はなかった。だがニューキーが来て話がややこしくなって、そして――」 


「事件が明るみになった」


「そうだ。それで昨日の夜ヒエラルは俺にお前を殺すよう言ったんだ。まあ、失敗したが。――考えてみれば当然だよな。お前を殺そうとしたとき俺は相当ビビってたからな、そんなんじゃ成功するはずない。ところで一つ聞いてもいいか、なぜあの時お前はニューキーを呼んだんだ。お前らそんなに仲良かったか?」


「そんなんじゃない。お前がずっと一人で追って来るから他に仲間が居ないと思ったんだ、それでニューキーは敵ではないだろうと思って、近くまで誘導したんだ」


「そうか、まったく。あいつには迷惑を掛けられまくりだな。――それより、早くこの町から出た方が良い。ヒエラルはお前を殺しに来ると思うぜ」


 モルグがユウに忠告した。

 それは昨日のユウ自身もその予定で、今頃にはこの町を出て村に帰っていたはずだった。

 だが、それは今のユウの意見ではなかった。


「俺は帰らない」


「はぁ。お前、まさか自分は殺されないとでも思ってるのか。あいつは、ヒエラルは間違いなくお前を殺しに来る、昨日だってそうだっただろう」


「だが、ニーアはどうなる」


 ニーア。

 この町に居るらしいユウの尋ね人であり殺されたジーグ・トリーアの肉親でもある。

 それだけでもこの町に一人残しておくには危険すぎるとユウには感じられた。


「お前が探していた女か。どんな関係なのか知らないがそんなの放っておけば良いじゃないか。そんなに大切なのか?」


 同じような問いかけをユウはこの町に来る前にされた覚えがあった。

 その時のユウはその問いかけに答えることができなかった。

 しかし――


「大切だ」


 今はそう言えた。

 ユウにとってニーアは大切な存在だ。少なくとも見捨てることができないぐらいには。

 これまでユウはそれを認められなかった。認めることで自分という世界が壊れてしまう予感があったからだ。

 しかし、今になってユウは気づくことができた。自分は変化を恐れていたのだと、恐れて逃げていたのだと。

 だが、もう逃げない。


「俺は戦う。大切なものを守るために。そして――」


 自分の世界を変えるために。

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