第三話:愚鈍/混交・2
勝ち取りたいものも無い無力な馬鹿にはなれない、のか?
ユウが目を覚ました場所は細い路地でも街の宿屋でもニーアの家でも勿論元の世界でも無かった。しかし、ユウには見覚えのある場所だった。
「お目覚めかな?ユウ」
この声と、目の前の少女?の姿と、それ以外のすべてを暗闇が覆いつくす空間。
ユウを元居た世界とは違う世界へと送った張本人。
「またここに来ちまうとはな。今度は何の用だ?俺はまた死んだのか」
「ずいぶん物分かりが良くなったじゃないか。ユウ君。だが今回は君は死んでいないよ」
今回は。ユウは元居た世界で死んで、死んだことにすら気づかずにこの場所で蘇ったという。
それは不思議なことだった。もし死んでいるのなら、死んだ人間を生き返らせることなどできるのだろうか?
(そもそも、生き返ったとしても本人の意識に違いが無いとしても、同一人物だと言えるのだろうか?)
そんなことは考えても仕方がない事だった。大切なのは自分が自分であるということなのだ、それ以外何を望むだろうか?
「何の用だ?こんなところに俺を連れてきたんだ、何か用があるんだろ?」
「わたしからの用は無いさ。むしろ用があるのは君の方じゃないかい?」
「聞きたいことがある、教えてくれないか?」
「どうぞ、わたしは今機嫌が良いからな、何でも聞くといい」
「わかった、じゃあ先ず聞きたい。俺は本当に死んだんだよな?」
「また、それか。何度も言うが君は死んだ、それをわたしが蘇らせたんだ。君たち人間にはできないこと
だから信じられないのも無理はないがね。それで、聞きたいことはそれだけかい」
「もう一つ聞きたい。俺が探している――」
「ダメだね」
「まだ何も言ってない」
「言わなくてもわかる、君が今捜している女がどこにいるかを聞こうとしているんだろう?そんなことにわたしが協力する必要はないね」
「なんでも聞けと言ったじゃないか」
「答えるとは言っていない。それにお前だってその女を探す必要もないだろう?いやむしろ探す理由が無
い。好きなように好きな場所で生きていけるというのにな。まあ、君がそうしたいのであれば止めはしないがね」
「そうか、わかった。俺は勝手に探せばいいんだろ、見つけてやるさ、きっと」
「君がそんなことを言うとは、予想外だよ。別人にでもなったみたいだね。ま、無力な君のためにわたしからのプレゼントを贈ろう。君の右の手を見てみろ」
「右手?」
そう言われて、ユウは自分の右手に目をやった。
その手には小さなナイフが握られていた。突然にナイフを持たされたわけではなかった、まるでずっと手に持っていたような感覚だった。
そして、そのナイフはユウには見覚えがあった。なぜならそれはニーアが残したナイフと見た目がまるっきり同じだったのだ。
「これが、贈り物?」
「そうだ、それはお前が世界を壊すための力だ。お前が一度死ぬ前に本当に望んでいたものだよ」
「俺が、望んでいたもの?」
ユウには覚えが無かった。何せ望んでいるものなどなかったのだ。当然、手にしたナイフなど望んだことは無いはずだった。
「不思議か?」
「不思議も何もこんなの俺は知らない。それに、それを俺に渡してどうしろって言うんだ?」
「さあな、意味を考えるのは君たち人間の仕事だよ。それにそのナイフは今の君も望んでいるんじゃないのかな」
「俺が望むもの……」
ユウの今の目的はニーアを探すことだった。それに関してだけ言えば今手に持っているナイフは必要になることは無いはずだった。
しかし、直近の記憶が蘇る。死に絶えた光の無い瞳。さっきまで確かに生きていた人間の瞳、その人物の事をユウは何一つ知りはしなかった。これまでどのように生きてきたのか?家族はいるのか?名前は?
何一つとして知りはしない、ただそれが示す危険と自分自身に降りかかった危険を考えれば身を守る武器が必要ではあった。
「まあ、わかった。受け取って置くことにするよ。ところでもう良いか、戻っても?」
「君にしては物分かりが良いじゃないか、別人にでもなったみたいだ。そうだな、何時までも無駄話をしても仕方ないからな」
その一声で、暗闇の空間の底に穴が開き、一瞬のうちに視界が光で満たされた。
ユウが目覚めてまず目に入ったのは見知らぬ汚れた天井だった。初めは狭い路地の中のどこかかとも思ったがすぐにそれが間違いだということに気づいた。ユウの手には頑丈な枷がはめられていたのだ。
「やっと起きたのかよ、人殺し」
目を覚ましたユウの耳に男の声が響いた。
「ここは?」
身を起こし、疲れた声でユウは男に尋ねた。
「ここか?ここはサツの拘置所だ。奴ら近々戦勝パレードがあるからってやけに力入れてやがる。いい迷惑だぜ」
男は苛立った様子でユウに言った。
そこは部屋はユウとその男しかいないようだったが、二人はいるにしても狭く、まさに牢屋であるという具合に出入口には鉄格子がはめられていた。
「お前のせいだからな、お前が人殺しなんかしやがるから俺までこんなとこに入れられたんだからな。奴
ら俺は関係ねえつってんのによ。くそっ」
半分独り言のように男はぼやいている。
相当不服に思っていることはユウにもよく伝わった、しかしユウにはその不機嫌な男の言葉の中に聞き捨てならないものがあった。
「俺が人殺し?」
「はぁ?お前が殺ったせいで俺までこんなとこに入れられてんだぞ?お前以外居ねえだろ」
今にも殴り掛かりそうな勢いで男がユウを睨みつける。
「違う、俺じゃない。俺がそんなことするわけないだろ」
「はぁーじゃあ誰が殺ったっていうんだよ?」
「それは――」
ユウは昨晩のことを思い返した。
ユウを後ろから殴った人物、それが何か関係があるのは間違いなかった。
問題はそれが誰だったのか、ユウは顔すら見ていないのだ。
「とにかく俺じゃないことは確かだ」
「そんなの誰が信じるんだよ」
「確かに……そうだ、あの晩殺された女と一緒にいた男が居た。そいつが怪しい」
ユウ自身でもそうとしか思えなかった。しかし実際にはどうかわからない。現場を見たわけでもないのだから当然だった。実際には別のだ誰かに殺されていて、今頃その死を悲しんでいるなんてこともあるかもしれないのだ。
「へ~。で、そいつはなんて奴なんだ?名前ぐらい考えてねえといい訳には使えないぜ」
「いい訳じゃない。確か、ヒエラルとか言っていたような――どうかしたのか?」
「いや、何でもない。お前今ヒエラルったか?」
「ああ、確かにそう言っていたはずだが」
「ひょっとしてそいつは首から何かでかいものを下げてたか?」
「え、ああ。確かにでかいペンダント?みたいなものをしていたと思うが。知ってるのか?」
「知ってるも何も最近よく聞く噂。お前は知らないのか?」
「噂?」
「路地裏の殺人鬼。この町の貧民街で一か月前から無差別に人を殺しまわってる奴が居るって話だ。見たやつの話では首からでかい装飾ナイフを掛けた背の高い男だって話だ」
「そいつがヒエラル。なら俺が見た男と同じだ。もしそいつが殺人鬼ならあの女を殺したのもそいつで間違いないだろ?――でも見た目や名前がわかってんのになんでヒエラルは捕まってないんだ?」
「そんなの俺が知るか。まあ、それが噂ってものじゃねえか」
「噂か」
もし、その噂の路地裏の殺人鬼が捕まっていたとしたら。その存在は噂という不確かな存在ではなく、そういう奴が存在するということを人々は認識し、噂にはならないだろう。逆に、その存在が噂となっているのはその存在が人々に不確かにしか認識されていないということだ。
しかし、ユウは違う。実際にその噂の存在と会話し、存在を確かに認識していた。
だからこその確信がユウにはあった。昨晩の殺人の犯人が間違いなくその殺人犯であると。
しかし、それはその存在を認識したユウだからこそのものであり、そうでない人間には無いものなのだ。
「とにかく、俺はやってない。それに俺にはするべきことがあるんだ。ここから出るにはどうすればい
い?」
「ここから出る?さあな、聞いてみたらいいんじゃねえか。ここの大将に」
そう言って男は狭い牢の戸を指さした。
ユウが男の指さす先に目をやると、そこにはまるで警察のような制服を着た男が二人立って居た。
その二人の男は牢の扉を開けた。
ユウたちはその男たちに先導されて、長い廊下を歩いた。廊下は右も左も壁いっぱいの扉で埋められていた。扉の先はユウたちが居た牢と同じく少々過剰に人が詰め込まれているようだった。
長い廊下を進み扉を超えて階段を上り、廊下を少し進んだ先の一つのとりわけ大きな扉の前で男たちは止まった。その大きな扉の中にユウと同じ部屋にいた男が部屋に入れられた。ユウは扉の前でユウたちを連れてきた制服の男の一人と待たされた。
「なあ、これから何が始まるんだ?」
ユウの問いかけにその男は何一つとして反応しなかった。
しばらくして、ユウの手番が回ってきたようだ。同室の男が出て行くのに変わって、ユウも大きな扉の部屋の中へと入れられた。
その部屋は豪勢な調度品に飾られた部屋であった。
「君が昨晩の殺しの犯人か」
その部屋の中心の立派な椅子に腰かけた中年の男がユウに声をかけた。見たところ彼がさっき聞いたここの大将に間違いないだろう。
「俺はやってません」
「そうか、じゃあなぜ君は昨晩死体と同じ場所に居たんだね?」
「あの時は偶々通りがかっただけです。それに、あの晩会ったんです。ヒエラルに」
「ヒエラル?」
「所長。最近貧民街で噂になっている殺人鬼がそんな名だったと思います」
ユウを連れてきた制服の男が所長と呼ばれた男に対して言った。
「そうか、そうだったな。だが噂は噂だ。今回の……えー誰だったか」
「所長。本件で亡くなったのはジーグ・トリーア氏です」
「おお。そうだったな。流石は第一発見者だ。いや遺体を調べたからか。まあ、とにかくジーグ・トリーアの殺人の件にはその噂の人物が関係あるとは言えん」
「ジーグ・トリーア」
ふと耳に入った殺された女性の名前。ユウはその人物について何も知らないのは確かだった。しかし、その名にはトリーアという名には聞き覚えがあった。それはユウがこの町に来た目的である。
ユウの目的。ニーア・トリーアの捜索。
「あの。その名は間違いないですか?殺された女の名前はジーグ・トリーアで間違いないんですか?」
ユウが所長と呼ばれた男に向かって尋ねた。
「何だいきなり、血相変えて。だが質問はそちらからは受け付けていない。この場で質問していいのは私だけだ」
所長は苛立った様子でそう言った。その苛立ちようはその場の規則や規範といったものというよりも彼にとって何か個人的な理由があるようですらあった。
この状況ではユウにはとても自らの無実を証明することなどできそうもなかった。そしてこの状況をユウは解決できないことを自分自身で理解した。
ここまでか。とユウが諦めかけたその時だった。ユウの思わぬところから助け舟が出された。
「所長。彼の件は私に任せてもらってもよろしいですか?」
そう言ったのはユウを連れてきた制服の男だった。
「ん、君が。しかしどうするというのだ。殺人犯だぞ」
「所長。お言葉ですが所長は彼がこの件の犯人だと見ているのでしょうか。私は彼がそのようなことをした人間には見えません。それに私は昨夜の遺体を確認しましたが、遺体には大きな傷がありました。それを作るような凶器を彼は所持していませんでした。それにもし犯人なら、その場で倒れているようなこと
はないでしょう」
「う、うむ。そうか、確かにそれもそうだな」
「ここは念のために現住所を確認し釈放でどうでしょうか?」
「いや、しかし住所を確認すると言っても本当のこと言うとは……」
「私が直接行って確認してきましょう。其れなら大丈夫でしょう?」
「わかった。君には負けたよ、そこまで言うなら好きにすると良い。だがもし何かあれば責任はすべて君にある、わかっているな?」
「はい。もちろんです」
「ふっ、その正義感はどこから来るのか。これも親の影響かね」
「いえ、そんなのじゃないです。とにかくこれから確認のために出ます」
その制服の男の押しに折れたように所長はその提案をを了承した。
そのやり取りからまもなくして、ユウの手枷は外され自由の身となった。
「ところで、名を名乗るのが遅れたな、俺の名はモルグ・サンジェル。モルグと呼べばいい、俺もお前をユウと呼ぶ」
拘置所を出てすぐ制服の男、モルグがユウに言った。
さっきの話ではこれからユウの現住所、といってもユウが泊っている宿屋に案内することに成っていた。しかしそれよりも先にユウにはモルグに聞いておきたいことがあった。
殺害されたジーグ・トリーアが何者なのかだ。もしニーアの親族であるなら彼女が今どこにいるかの手がかりが掴めるかもしれない。回りくどい方法ではあるが本人を探して三日以上も何の手がかりも得られていないのだ、それならむしろこの線で探すことは間違いではないはずだった。
「なあ、さっきの話なんだけど……」
「おう、遅かったじゃねえか。待ってたぜお前ら」
ユウが話出そうとしたとき、ちょうど拘置所の外壁にもたれ掛かっていたユウと同室だった男がユウを見るや否や声をかけてきた。どうやら、ユウたちが出てくるのを待っていたようだ。
「ニューキー。なんでお前が。釈放されたならさっさと帰れ」
ユウが言う前にモルグが言った。二人の様子から察するに二人は顔見知りの用であった。
「よお、サンジェルのお坊ちゃんじゃねえか。残念だが今はお前に用はねえ。俺が用があるのはそこの田舎者の方だ」
ニューキーと呼ばれたその男はモルグを軽くあしらいユウの方へと向かってきた。
「俺に何か用か?さっきも言ったが捕まったのは俺の所為じゃないからな。そ、それにもう釈放されただろ」
「おい、ニューキーよりにもよってこんなところで喧嘩は止めろよ、これ以上面倒は――」
「違えよ、喧嘩じゃねえ。おい」
「な、なんだよ」
「お前、会ったんだよな。ヒエラルに。聞かせろよ、そいつが今どこにいるか。知ってんだろ?」
「知らない。そんなこと知るわけないだろ。でもなんでそんなこと聞くんだ?」
ユウには理由がわからなかった。何人もの人間を殺して回ったという男について尋ねるのだろうか。それもどこにいるかだなんて。
「ニューキー。お前まさかまた喧嘩する気か。お前はいつもいつもやめろと言っているのに」
モルグが横から注意を入れた。
何か不機嫌な様子ではあるが、それは過去に幾度も繰り返して来た様なやり取りにもユウには思えた。
「うるせえなあ。何をしようがお前には関係ねえだろ。それに俺はこれまで一度たりとも喧嘩に負けたことはねえ」
「そんな問題じゃない。それに相手ぐらいは選べ」
「しつけえなぁ。喧嘩は止めてぇ~ってか。流石は温室育ちの警察のお坊ちゃんはいうことが違うな」
「なんだと、俺はお前に忠告してやってるだけだ家の事は関係ない。ユウ行くぞ、こんな奴は放って置け」
「え、ああ」
モルグがユウを急かしたてるように拘置所を後にし、ユウもそれに続いた。
モルグとユウはユウの泊っている宿を目指して町へと向かっていた。それはモルグが言うには所在地を確認するためだった。
二人の間に会話は無かった。最も昼間の大通りである所為か人通りが多く早足で進むモルグとその後ろからついていくユウとの間で会話をするには難しかったが。
「路地に入るぞ、右に曲がれユウ」
モルグが大通りから一つ逸れた脇道へと入った。その足取りはより早く歩くというよりも走るようになっていた。
「おい、何をそんなに急いでるんだよ」
走り出したモルグを追って、ユウも同じ路地へと入った。
その直後。物陰から腕が伸び、ユウの腕を掴み物陰に引っ張り込んだ。
「なんなんだよ一体」
「しっ、静かに。お前は気づいてないのか。後ろから付いてきてる」
「つけられてたのか。いったい誰が」
いったい誰が、とユウは言った。しかしそう言ったのと同時に悪い予感が頭をよぎった。
昨晩の事件で自分を殴りつけたのは誰だったんだろう?
考えてみればわからない話だった。もし、その犯人が昨晩の殺人と同一人物であったならなぜユウは生きているんだろうか?
もしも殺人鬼ヒエラルであったならユウを殺さずにいるのではなく、何らかの理由で殺せなかったのなら?
昨晩からユウはついさっきまで拘置所に収容されていた。逆に言えばその間は拘置所の壁に守られていたのだ。しかし今はその守りは無い。
殺人鬼は今もどこかで昨晩の続きを始めようとしているのかもしれないのだ。
「撒けたのか?」
ユウがモルグに尋ねた。
「わからん。だがとりあえず後ろからは来てないみたいだな」
モルグは物陰から出て、通って来た道を注意深く警戒している。
ユウもまたモルグの視線の先を見つめた。
暗い路地からは日の指す大通りはより明るく、活気づいて映った。
「ユウ、お前この町の人間じゃないことを察してはいたが、警戒が薄すぎる。それと何というか……雰囲気がある、騙されやすそうな雰囲気が。そういう雰囲気がニューキー見たいなろくでもないのを引き寄せるんだ」
モルグがユウに言った。その口調は刺々しいものだったが、そこには彼なりに他人を思いやるような、ある種の正義感のようなものがユウには感じられた。
「なあ、モルグ。なんでモルグは俺を助けてくれたんだ?今の追っても、所長と話した時だってそうだ」
「何故……か。さあな。他者の助けとなる人間になれと。俺は子どもの時からそう教えられて育ったからかもな」
言葉を濁して。どこか自嘲気味にモルグが言う。
「俺の家は何代も続く警察一家だ、父もその父もそのまた父も皆警察官だ。その血筋だとよく言われる」
「そうか、でも俺は血筋なんかじゃなく、あんた自身のものだと思うよ。言い忘れてたけど、ありがとう」
「感謝するようなことじゃない。行くぞ。俺は俺の目の前で誰かが殺されたら寝覚めが悪くなるんだ」
モルグとユウが来た道に背を向けて、路地の奥へと足を向けた。
その路地は左右の壁が日光を遮り、昼間だというのに薄暗かった。
そしてその奥にさっきまで誰一人の気配もない路地の奥に人が一人立っていた。
そこに居たのは――
「ニューキー。やっぱりお前か」
ニューキー。ユウと同じく昨晩の殺人の冤罪で捕まっていたであろう青年であり、ユウと同じ牢に入れられていた。
「貧民街育ちの俺から逃げられると思ってたのか。馬鹿な奴らめ。これからどこ行くんだよ?」
「お前には関係ない事だ帰れ」
「それあれだろ、規則ってやつだろ。流石はお坊ちゃんだ、規則が一番大事だもんな」
「何だお前挑発してるつもりか。――いや、まあそうだな。ユウ、お前には悪いが我慢してくれ。言っても聞くやつじゃないのは確かだ。それに後ろからつけられるよりかはましだ」
「ああ、まあ。そうだな。俺はそれでいいよ」
「決まりだな。行くぞ」
意気揚々とニューキーが路地の奥へと進みだした。
「行くぞって、お前今からどこに行こうとしてるかわかってるのか?」
「は。今からヒエラルのところに行くんじゃないのか?」
「なんでそうなるんだ」
ユウとモルグ、それとニューキーの三人はユウが泊っていた宿へと向かった。
ユウ本人の感覚が正確なのかはユウにはわからなかったが、ほかの二人の様子から誰かにつけられているということは無いようだった。
それどころか道中でニューキーが裏道の案内をしたおかげであっという間に何か危険も無く宿に到着した。
「この宿だな。俺はこの宿の主人に確認をとって来る。ユウはここで待ってろ。ニューキーお前もだ」
「ああ、わかった」
宿の中へと入って行ったモルグを見送り、ユウとニューキーは二人宿の外で残された。
気まずい空気が二人の中に漂う。
ユウはこのニューキーという男の事をまったく知りはしなかったが、モルグ曰くろくでもない奴という。実際のユウの印象もまさしくといった具合だった。そのせいもあってユウから会話を始めることは無かった。
なので会話が始まるなら必然的にニューキーの方からということになる。
「なあ、田舎者。お前本当にヒエラルの居場所知らねえのか?」
「何度も言うが俺は知らない。俺が知ってるのは奴が昨晩の殺人現場の近くに居て。そこで殺された女と一緒にいたことだけだ」
「そうか、そりゃ残念だな。ま、そんなもんか所詮は噂だしな」
「なあ、お前……ニューキーはこの町について詳しいんだよな?さっきも裏道の事よく知ってたし」
「ああ、まあそうだな。それで?」
「俺は少し前にこの町に来た女の子を探している。何か知らないか?」
「知らんな。知ってても俺がお前に教える義理はねえ。てかお前が俺に質問とは俺もなめられたもんだな。お前のせいで俺が牢に入れられたことは変わらねえ、ヒエラルについて何か知ってると思って下手に出たらいい気になりやがって。むかつくぜ」
そう言ったニューキーの表情は思い出したかのように怒りをあらわにしたものへと変わった。
「喧嘩しようぜ。田舎者」
その言葉を合図にニューキーはユウに殴り掛かった。
ユウは咄嗟に身を引くことでかろうじて初撃を回避することができた。
「わかった。気を悪くしたなら謝る。だから落ち着いてくれ」
「落ち着く?俺はいつも冷静だぜ。それよりお前は武器でも探したらどうだ。喧嘩に規則なんてないんだからよ」
「武器……」
身の回りで武器になりそうなものを探した。
そもそもユウがこの町に来た時点でユウが持ってきた物の中に武器になりそうなものはニーアが残したナイフだけだった。そしてそれは今、宿の中に置いてあるのだ。
ごく近いところにその宿はある。ただ、取りに行くにはもちろん遠い。
焦りから。考えを巡らせ。そしてその一周の隙をニューキーは見逃すことは無かった。
ニューキーの拳がユウの顎を勝ちあげるように射抜いた。
一瞬ユウの体が宙に浮き、後方に倒れこんだ。
ユウは地に片膝を着き、ニューキー方を見た。
喧嘩などしたことなど無い、ただ無力に見つめる。それだけだった。
もし立ち向かえたなら。立ち向かう力があったなら。何か変わるのだろうか?
「何見てんだお前……下らねえ」
立ち向かうでもなく、逃げるのでもなくただ見つめるユウにニューキーは言った。
下らないと。
戦わなくては変わらない。勝たなければ変えられない。望まなければ変われない。
この町でも、この国でも、この世界でもそれが事実で、そうしないことは下らないことだと。
世界に溢れるあらゆるものがそうだ。
ユウは知っていた、それらをこの手でつかみ取るには力が要ると。
そして、もう一つ知っていた。その力が自分には無かったのだと。
「ん。お前いつの間にそんなもの出したんだ?」
ニューキーがユウの手に握られたあるものを見て言う。
そのものとは一本のナイフだった。それもただのナイフじゃない。それはユウにとって大切なニーアが残したナイフだったのだ。
「おい。お前らこんなところで喧嘩は止せ。全く、俺が目を離すとすぐに面倒を起こす。せめて俺が返ってからにしてくれ」
ニューキーとナイフを手にしたユウが向き合っている横からモルグが割って入って来た。必要な話は終えたようだった。
ユウは喧嘩(といっても一方的に殴られただけであったが)の仲裁を感謝したかったが、それよりもまず自らの手に持ったナイフをしまった。
「は。冗談。俺がこんな腰抜けと喧嘩するかよ」
ニューキーが恨み言を言っている、しかしもう喧嘩する気はないらしい。
とりあえずユウはその場を切り抜けたと安心した。
「じゃあ用も済んだし。俺は帰ることにする。俺は忙しいんだ。忙しすぎて寝る暇も無いぐらいにな。ユウ。とにかく今回は巻き込まれただけだったが。巻き込まれるような場所にいたお前も悪い。これからは夜中に貧民街なんて入るなよ」
モルグがユウに別れを連れて帰ろうとする。しかし、ユウには聞きたいことがあった。
ここを逃す手はない。ほかならぬニーアを見つけるという目的のために。
「待って欲しい。その、昨晩殺された女性……ジーグ・トリーアについて聞きたい」
「聞きたい、なんて?」
「その人に家族とか居たのかなって」
「家族……すまないが俺は聞かれても答えられない。規則だからな。ただなぜそんなことを?」
「そうか、そうだよな。俺、人を探してるんだ。名前はニーア。ニーア・トリーア、昨晩の女性の名前を聞いて何か関係があるかもって思ったんだ。けどそう言うなら仕方がない、俺はこれまでのように地道に探すことに――」
「待て」
「え?」
「規則では事件の捜査情報を口外してはならない。それは確かだ。だから俺はお前に言えることは何もない。ただ、俺は今から被害者の住所によって帰ろうと思う」
「それって、つまり」
「さあな、俺はお前が何処に行こうが知ったことじゃないからな」
「ありがとう。本当に」
「気にするな、それにお前が牢に入れられたのは一番最初に現場に来た俺の責任でもある」
「それでもこの恩は忘れない。いつかどこかで返させて欲しい」
「ふっ、そうか。まっ、行くぞ日が暮れないうちに」
「ああ」
「お、おい。お前らどこ行くんだ?俺を置いていこうとするなよ」
モルグが進む。それに続いてユウも行く。僅かに見えた手がかりのために。
良く分からずについて来る一人もいたが。
第三話の2でした。
どうなんですかね。
ヒエラルって何者?
昨晩のユウを襲ったのは誰?
ニーアがこの町に来た理由は?
そもそも今どこニーアはにいるの?
ニーアの母はなぜ殺された?
ユウの持つ力とは?
読んでる人はいるのか?
未だ全ては謎。さて頑張るぞい。




