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望まぬ君を望む世界  作者: 波積 形り
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第四話:希望/絶望・4

ニューキーとユウとモルグの戦いはついに最終局面へ、果たして打ち勝つことができるのか。


 このカプツィナという町は実に歪な街だ。

 あるところは城下町として発展してきた歴史ある荘厳な街。またあるところは工場と農作物の集積所が立ち並ぶ商工業地帯。

 そしてその町の一角、複雑に入り組んだ路地が形成されている貧民街。ここで生きる人々に決して光は当たらない。

 しかし、その中でまるで貧民街に似つかわしくない身なりのいい男が居た。

 この貧民街において、ただそこを通りがかったというだけで襲われるのは何もおかしなことではない。通行人の身ぐるみを剥ぎ、最悪の場合は殺され、町を流れる川に捨てられる。

 しかしその非道を誰も責めはしない。なぜならそれは注意を怠ったものに問題があるのだ。弱ければ死に強ければ生きる。弱肉強食の掟がここにはあった。


「それでよ~、何とか言ったらどうなんだよ。ここいらはこの俺、ハネスの島なんだぜ。通り抜けたきゃ通行料払うのが筋ってもんだろうがよ」


 二人組の男が身なりのいい男に絡んでいる。その男は何も言わず、二人組の男はその態度に腹を立てていた。


「へへ、こいつブルって声も出せねえのか。大人しく金目の物全部置いときゃ命までは取らないって。お優しいハネスさんが言ってくださってるんだぜ」


 いくら言おうとも身なりのいい男は何も言わなかった。


「聞いてんのか。おい、強情張るもんじゃねえぜ、さもないと――」


「おいおい。やめてやれよ」


「ハネスさん」


「こいつは痛い目見なきゃわからねえんだろうぜ」


 ハネスが懐から小さなナイフを取り出した。


「お前、もう後悔しても遅いぜ、ハネスさんは戦争で敵兵を100人殺したんだぜ、そんな人になめた態度取ったんだからよ。ハネスさんやっちゃってください」


「どうした、逃げることもできねえのかこの玉無し野郎」


 ハネスがその男の首にナイフを突き立てる。その瞬間――

 ぐちゃ。


「へ?」 


 ハネスの手にしたナイフがその腕ごと宙を舞った。

 あまりに早い一撃に自らの腕が吹き飛んだことに気づくのが一瞬遅れ。


「グ、グアァァアァァーーーーーー。腕が俺の腕が。痛え、痛えぇよぉーウアァ……ア……」 


 あまりの痛みに絶叫し、それと同時にハネスの首から上も宙に舞った。地面一面が赤い血に染まり。ゆっくりとハネスだったものが地面に転がる。


「ヒィ、ヒィー、ハ、ハ、ハネスさん」


 二人組のもう一人の男はあまりの出来事に腰を抜かし、赤く染まった地面に座って動けなくなった。


「それで、君に聞きたいんだが。この辺りを二人組の男が通らなかったか。一人はガタイのいい男で、もう一人は17,8の子どもだ。もし答えなければ」


 この弱肉強食の掟、弱ければ死に強ければ生きる。

 この暴力が支配する街に置いて、ヒエラルはまさに強者だった。


「わ、わかりました、こ、答えます。で、ですがわ、私はそ、そんな二人など見ていません。どうか、どうか命だけはお助けを」


 ヒエラルの問いかけに腰を抜かした男が必死に答えた。

 驚きと恐怖。男の中はそれでいっぱいだった。


「本当か?」


「本当でございます。そのようなものなど、一切、一切見ていません。だからご、ご無礼をお許しください、お願いします。この通りです」


 男は嘘など着ける余裕など無かった。ただ必死に、本能のままに死にたくないと泣き叫んで血にまみれた地面をなめるように頭を下げた。


「そうか、知らないか」


「ご、御免なさい。知らなくて御免なさい。わ、私でよければ今から探します。いえ、探させてください」


 男は質問に答えたにもかかわらず一向にヒエラルの態度が変わらないことに恐怖心が増大し、縋りつくように頭を上げて懇願した。


「おいおい、すり寄らないでくれ。靴が汚れてしまったじゃないか」


「磨かせてください」


 男は懐から布を取り出し、血がべっとりと着いた靴を拭おうとした。しかし、簡単には取れない。男の手は震え、満足に動かなかったのだ。それどころかより一層血を広げてしまう始末だった。


「もういい」


「お、お待ちを、まだ、まだ()()()()()()います」


「そうだな、汚れが()()()()()()。ところで、今さっきバラバラになった男はお前の仲間か?」


「い、いえ違います。あのような大法螺吹きの屑なんて、しかし私は違います。私は嘘などつきません、必ずやあなた様のお役に……」


「はあ、ついやってしまった。仕事以外では殺しはしない主義だというのに。冷静にならなければな」

 ヒエラルは二人分の死体が転がるその赤い路地を抜けた。

 



  しばらくして、ヒエラルの目にあるものが留まった。血痕。地面に落ちた数的の血が等間隔に並んでいた。

 その地の目印に従い進む。するとその先に少し大きな跡を見つけた。それ以降の間隔は広がっていた。


「なるほど、ここで止血を試みたが、完全には出来なかったといったところか。見たところまだ新しい。そう遠くには行っていないな。この先に行けば――いや、待てよ。モルグの姿が見えない。情報だけ売って逃げたか、いや、違う。ここは一度戻るべきだ。危ない危ない、冷静で居れてよかった」


 ヒエラルは血痕の跡を逆戻り、自らのアジトへと向かった。




 ヒエラルが曲がりくねった道を戻り、ついに最後の角へとたどり着いた。この角を曲がればすぐにアジトへ戻れる。

 最後の曲がり角を曲がる。その時だった。

 壁の影からナイフがヒエラル目掛けて投擲された。


「やはり、ここに居たか」


 しかし全く意に介さず、ヒエラルはそれを無形剣で叩き落とした。

 ユウはここで待ち伏せていたのだ。この最後の曲がり角で奇襲を仕掛けるために。だがそれは事前にヒエラルは看破していた。


「隠れている意味は無いみたいだな」


 ユウが姿を現す。ユウ以外他には誰も居ない。狭い路地の正真正銘の一騎打ち。


「ふ、下手だな。奇襲を仕掛けるならここではなく、診療所に入るときを狙う。逆に、ここで待ち伏せているということはその目的に見当がつく。よっぽどこの道を通したくないようだな」


 ユウの目的はこの道の先で囚われているニーアを助け出すこと。しかし、それにはまだ時間が掛かる。ヒエラルを一歩たりとも中に入れるわけにはいかない。

 仮に予定通り診療所の出入り口で待ち伏せるならば、ニューキーが戦えない以上ユウ一人で行くしかない。それでもし失敗すれば、全員助からない。だからこそここで止めるしかユウにはないのだ。 


「それより、あんた。落し物してたぜ、大切な物だろ」


 ユウがヒエラルが落としたペンダントを取り出した。それはこの国では兵士への贈答品として大切な意味を持つ。

 そのようなものを身に着け得て持つことには何か意味があるのだろうとユウは考えたのだ。

 無論ただの親切で落し物を届けることはない。


「やはりお前だったか……」


 それ以上ヒエラルはもはや何も言わない。

 それはプライドだった。

 この国のナイフを贈る風習はで渡されたそれは元々は兵士が携帯するものだった。しかし、時代が進み身に着けることはなくなった。このナイフは敵兵にとっては良い戦利品だったのだ。

 多くの兵士が敵に奪われることを恐れ、身に着けることは無くなった。

 ヒエラルがそれを身に着けることは消して負けないという自信を示していた。

 しかし今それは彼の元には無い。プライドその物とも言うべきナイフを奪われた屈辱。それは耐え難いものだった。もう、ユウと話をするほどの余裕も驕りも無い。

 ヒエラルがユウとの距離を詰める。

 8メートル、7メートル、6メートル。

 一瞬のうちでヒエラルの無形剣の射程距離である5メートルまであとわずか、そんなときにヒエラルが予想していなかった行動をユウがした。

 ヒエラルの落としたペンダントを投げた。それは投げつけるのではなく、ゆっくりと投げ渡すように放物線を描いてヒエラルの頭上を通る。


「それは返す、それと()()()もつけてやるよ」 


 ユウはヒエラルが一瞬視線を頭上に移した瞬間、それに合わせて本命の一撃を投擲した。

 しかし、投擲はヒエラルにとって予想内の事だ。よく見ずとも無形剣の速度であれば切り裂ける。

 一瞬で大鎌を出現させその投擲物を薙ぎ払った。が――

 その瞬間夜の闇を打ち消す閃光が金属音と共に広がった。

 ユウはモルグから借りた明かりの中の白い魔火石を投げていたのだ。

 強い衝撃によって目がくらむような光が起こったのだ。

 光によってヒエラルの視界を奪った。

 その隙をつき、逆にユウが距離を詰める。

 ユウはこの時素手だった。しかし、確信があった。強く望めばついさっき出合い頭に投げたナイフが手元に握られると。そう信じて疑わなかった。

 ユウの拳がヒエラルの首を掠った。しかし、その直後にヒエラルが左手でユウを殴る、間髪入れずにユウの鳩尾を蹴り飛ばした。

 ユウが地面に倒れこむ、確実に無形剣の射程範囲内。ユウは転がる様にヒエラルから距離を取り態勢を立て直した。


(なぜだ、なんで俺の手元に来ない。何か条件が)


 ユウは殴られた際に頭を打った所為か思考がまとまらない。

 それよりも早くユウは走り出していた。


「もう一度だ、もう一度。俺は変えて見せる」


 もう一度、いや何度でも、その手に打ち勝つ力(ナイフ)を望んだ。

 左手をユウはヒエラルに伸ばす。

 そして一瞬、ユウの左手は宙を舞った。ヒエラルの視界はまだ不確かだった。それでもその剣は確実にユウの手を切り裂いた。

 だが、左手を失ってもユウは怯まない。否、仮にこの身をすべて失おうと手を伸ばしただろう。

 自らを変える覚悟が、信じた仲間がユウにそうさせたのだ。そしてそれに応じたのだろうか、ユウの右手にはいつの間にかナイフが握られていた。 


「ぐっっ」


 ヒエラルがユウの右手首を掴んだ。それによってほんの数センチのところでユウのナイフの刃先は届かない。

 ユウは力いっぱいにナイフを刺したが、ユウの手を掴む手は解けない。

 僅かな差だった。しかしそのわずかな差が決定的で望み(ナイフ)は届きはしない。 


(届け、届けよ)


 届きはしない――痛みが思い出したかのようにユウを襲い始める。

 僅かに、ほんの僅かに手を伸ばせば届く程度の距離でユウとヒエラルは向かい合っている。

 しかしユウにとって状況は最悪だった。

 ヒエラルは時期に視界が戻り、そうなれば無形剣の射程も復活する。

 対してユウはその右手のナイフは僅かに届かない。それどころかユウにはもう伸ばす手すら残っていない。


――ナイフ(これ)は君が本当に望んでいたものだよ――  


 ユウの頭にふと言葉が湧いた。

 確かにユウはここに来るまでは本当に望んでいたのかもしれない。世界に穴を開けることのできる漠然とした(ナイフ)を。

 しかしそれは過去の話だ。

 今はそれだけでは足りない。過去だけでは未来は掴めない。

 未来を掴む手が必要なのだ。それをユウは()()()

 願うのではない。

 今ユウは自らの手を未来へと伸ばした。

 



 ユウはその手いっぱいに力を込めてヒエラル殴った。その拳はヒエラルの顎に当たり、勢いそのままにヒエラルは壁にぶつかり、倒れ伏した。

 ユウが近づき、ヒエラルの様子を窺う。気を失っているようだった。


「はぁ、はぁ、お、俺は勝ったのか」


 ユウはヒエラルの様子に真底安堵した。

 暗い路地も明るくなり始めていた。日が昇り始めていたのだ。

 ニューキーと別れてからどれほど経ったか、ユウは正確にはわからなかった。しかし朝になれば合流しているであろうニューキーとモルグがここに来るはずだった。

 疲れ切ったユウは糸が切れたように座り込んだ。もう一歩たりとも動けないほどには疲労していたのだ。それでもユウの中には喜びで溢れていた。

 敵を打倒したこと。そして、自らの世界を自らの望みによって変えることができた。

戦いは終わり。ユウは自身を変えて、未来を切り開くことができた。

そして物語はエンディングへ――

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