第五話:再会/再会1
戦いは終わり。勝利を手にしたユウ。
そして勝利は何をもたらすのか、そして世界は何を望むのか。
ユウが目を覚ますとそこは見慣れない広い部屋だった。見知らぬ白い天井、背中に伝わる柔らかい感覚。
ベットで寝かされているらしいと、意識がはっきりしてユウは理解した。
「ここは」
ベットから上半身を起こすと、頭がずきずきと痛んだ。かなり長い時間寝ていたのかもしれなかった。
頭を押さえながらあたりを見渡すとそこにはモルグが居た。
「目覚めたか。ここは町の診療所だ、お前がヒエラルと戦いに行った後ニューキーから話を聞いて。探してみたらお前を見つけて、ここに運んだ」
「ん、診療所って言うと」
ユウが知っているこの町にある診療所に、心当たりは一つしかなかった。
それはヒエラルが根城にしていた、地下には麻薬の製造所がある診療所。
「とりあえずここが一番近かったから連れてきた」
「ちょっと待てよ、それ大丈夫なのか?」
「心配するな、今は警察の管理下にある。ここは安全だ」
「そ、そうか。なら安心した。ところで聞きたいんだが」
「ヒエラルの事か?」
「あ、ああ俺が居た場所に居なかったか?」
「ああ、お手柄だったな。相打ちとはいえまさか奴を倒すなんて。奴は今警察に捕まってる。あとはその罪を立証するだけだ」
「そうか、良かった。それならすぐだろう」
ユウはヒエラルが捕まったことにひとまず安心した。それにその罪を暴くのなら簡単なことだ、診療所の地下の麻薬の製造所という動かぬ証拠がある。
「それが、そう簡単にはいかないんだ――麻薬の製造所があると俺はお前に言っただろ?」
「あ、ああ。言ってたな。それがどうかしたのか?」
「無いんだ。あの夜地下に入って今だって捜査したが、製造所があった痕跡が一切」
「それは、どうして……」
「あ、すまない。別に気にすることはないんだ。少し時間が掛かるかもしれないが、必ず罪は暴かれるさ」
「そうだな、良かった。ところでニューキーはどうした、あいつもここにいるのか?」
「いや、あいつはここには居ない。大丈夫、無事だ。それどころか今朝にはもう元気に走り回ってたよ」
「そうか、ところで俺はどれぐらい寝てたんだ?なんだかすごく長い間寝てた気がするんだが」
ユウが窓の外に視線を移した。そこには相変わらずの高い煙突と赤い夕空があった。
「俺が見つけたのが早朝だから、今で丁度半日くらいだな」
「半日か」
ユウが寝て半日ということはユウとモルグとニューキーで作戦を考えてから約一日ということだ。
作戦そのものは計画通りいかなかったが。それでもヒエラルを倒すという目的は果たされたのだ。
そして残されたユウの目的はあと一つ。最も重要な目的だけだ。
「モルグ。ニーアは無事なんだよな、ニーアは今どこにいるんだ?」
「彼女なら、この部屋の右隣の部屋に居るが――」
「ありがとう。行ってくる」
ユウがベットから立ち上がり。隣の部屋に向かった。起き抜けで体が少しふらついていたがニーアが居るのなら、その眼で見るために行かざるを得なかった。
ユウにはニーアに言わなければいけないことがたくさんあった。
自分の所為で人質にされたことを謝りたかった。
まだ言えていない感謝。
そして、もしそれが許されるなら、伝えたかった。
ユウは気づいてしまったのだ。彼女を探し戦ううちに彼女が自分にとって大切だったのだと。
恋や愛や同情、どれとも少し違う、ただ自分の居る世界に居てほしい。それだけが、それこそがユウの見つけた望みだった。
その部屋はユウが寝ていた部屋と同じ白壁に白天井にベットが6個並んだ部屋だった。
6個の内人が居るベットの一つ窓際の、外がよく見えるベットにニーアが居た。
窓の外を見つめているニーアの視線の先では夕暮れの空に煙突が黙々と煙を吐き続けている。
まだ、ユウには気づいていない。
なぜ、こんなところにニーアがいるのか、ユウにはそんなこと気にもしなかった。
ただ、伝えなければ――
「ニーア、ごめん。俺は君を連れ戻しに来たんだ。その……デジデリーさんと俺とで話して、急に居なくなっちゃったから……それで……」
ユウは自分がなぜここに来たのかを話した。
なぜいきなりニーアが村を出て行ったのか。この町に来たのはニーアの母が居たからだろう、だが出て行った理由は?
確かなことはユウにはわからない。ただ、なんとなく理解していた。自分はもっと何かできたはずだと。
ユウはニーアに言ったのだ、恩を返したいと。だがその言葉は身勝手で相手のことを何も考えていなかった。
それは今のユウにとっては大きな悔いだった。ただ、悔いも間違えも今のユウなら受け入れられる。
もう二度と悔いを残さないように自分を変えることができるのだから。
ユウはまだ伝えていない。本当にユウが言いたいことを、それは……
「……俺は、君のことが好きなんだと思う。何を言ってるかわからないかもしれない、でも俺のこの気持ちはきっと本当だから」
ユウの言葉にニーアは答えなかった。いまだまるで聞こえていないように窓の外を見つめている。
もし、拒絶されたとしてもユウにとってはそれでよかった。
もしかしたら怒っているのかもしれないとユウは思った。だから返事をしてくれないのだろうか。
ユウはゆっくりと一歩一歩踏み込んでいく。どんどんと距離を詰め、ユウがニーアの後ろに立った。
まだニーアは振り向いてくれない。ユウはふと窓ガラスを見た。夕日の空と、反射したニーアの顔が映っている。ニーアの顔は怒ってはいなかった。というよりはむしろ……どこか悲しそうだった。
ガラス越しにユウとニーアの目が合った。ニーアは今やっとユウが居ることに気づいたかのように驚いて、ユウの方に振り返った。
「……ユウ君。どうして、ここに」
「君を助けに来たんだ。その、君のことが好きだから」
ユウは面と向かって好きだというのは気恥ずかしかった。
けれどもそんなことを気にも留めないほどにユウの伝えたいという気持ちは本当だった。
ユウはじっとニーアの反応を伺った。
その表情はなぜだか悲しそうなままで、そして沈黙が続くにつれて、今にも泣き崩れそうなほどまでになった。
「その、良ければ一緒に村に帰らない?デジデリーさんすごく心配してたし」
「……あの、ユウ君、わたし……」
何かを言いかけたニーアだったが言葉は続かなかった。
再び二人の間に沈黙が鎮座する。
「おい、ユウ。大丈夫か?」
ユウは声に反応して振り返った。そこにいたのはモルグだった。モルグは部屋の出入り口の傍で二人を見守る様に立っている。
「俺の事ならこの通り心配ない。良く寝たからか昨日よりも調子がいいくらいだよ」
「違うんだ、その――そこにいる彼女のことだ」
「ニーアがどうかしたのか?あ、ああそうだ。ありがとうなモルグが見つけてくれたんだろ?」
「……俺はそこの彼女は地下に囚われていると思っていた。だが、蓋を開けてみればそこには何もなかった。麻薬の製造所も人質も何も」
「……それは一体、いったいどういうことなんだよ。いなかったならなんでニーアはここに居るんだよ?」
「彼女が、ニーア・トリーアがここに来たのは四日ほど前らしい。聞いた話では運ばれた直接の原因は薬物の過剰摂取だそうだ」
「な、なんで。まさか」
薬物の過剰摂取。ユウにはそれに心当たりがあった。
ジーグの家に大量にあった薬袋。それ以外見当がつかなかった。
「そうだ、俺もまさかと思ったがジーグの家にあったものが原因だろう」
「なんで、そんなことを……」
まさかとユウは思った。実の娘に対してここまでの仕打ちができる人間が居るのだろうか。
麻薬のために、金のためにニーアを売り、そして結果として得た薬でニーアを傷つけた。
肉親を頼って来たニーアの気持ちすらも利用して……
「ん、ちょっと待てよ、お前今直接のって言ったよな。その言い方だとまるで直接じゃない原因があるみたいじゃないか」
「彼女は通称カプツィナ病と呼ばれるものに罹っている。名の通りこの辺で最近になって言われるようになったものだ」
「それで、それに罹るとどうなるんだ?」
「俺も医者じゃないから詳しいことは言えないが。聞いた話だと体の様々な機能が麻痺したり、失ったりするんそうだ」
「そ、それでニーアはどうしたんだよ?」
「今の彼女は聴力のほとんどが失っている。だから、いくら声をかけても聞こえていないんだ」
ついにニーアとの再会を果たしたユウ。しかしそこに居たのニーアは聴力を失っていた。
ユウの言葉は届かない。どれだけ手を伸ばしてもニーアに手が届くことはない。彼女の世界は再び閉ざされ、永遠に踏み入ることができないのだろうか。
そして、ユウは――




